2007.08.12 Sunday

嬉しい報告

問題行動の修正を手伝っている飼い主さんから嬉しい報告が・・・

顔を合わすたびに毎回吠えあっていた相手の犬の飼い主さん親子から「何で吠えなくなったの?」と聞かれてしまうようになったとか、

ワンちゃんのいるお宅に遊びに行っていつもは緊張しまくりでヨダレダラダラでおやつも食べられなかったのが、落ち着いて傍にいることが出来、よだれを垂らす事もないので一緒にいる人たちに「すごく落ち着いたねぇ。瞳が優しくなったねぇ。おりこうさんになったねぇ。」と褒められたとか・・・

一緒に行くお散歩で顔を見上げながら歩いてくれるようになって感激していると、あちこちに気もそぞろで名前を呼んでも振り向かなかった子の変わりように満足してくれている。

犬は・・・よほどのことがない限り、飼い主の気持ちの持ちようと「何が犬にとって幸せなのか?」の答えを見出したいと願ったとき、飼い主が行動を変えられるので困っている行動が消えて行く。

つまり、飼い主が改めて自分自身がやってきたことを反省し、間違いがあったと納得して変化を起こそうと努力しない限り、行動は修正できても飼い主の前に出ると元に戻ってしまうのだ。飼い主はやっぱりリーダー(本物の親)でなければならない。

犬は本当に可愛い。ふわふわとした綿毛の塊のような子犬たちを見るたびにこの子の未来はどんなだろうと思う。
年齢に応じた教育をしなければ犬はいつまで立っても子犬のままの暴君だろう。

難しい部分は犬の姿が人の姿と違うからであってそのベールを剥がせれば、年相応に教育は可能だ。犬の母親は人の姿に当てはめないで育てられるからうまく行く(笑)でも人間はイヌじゃないからわからない気になってしまうだけだ。

2ヶ月から3ヶ月はただただ可愛い子ちゃんで育てて十分に良い子のままだろう。だって幼稚園の年少さんくらいでしかないから・・・。4ヶ月くらいになると意のままになる人間と、そうじゃない人間とを区別し始める。幼稚園の年長さんくらいの感じだね。
6ヶ月にもなったら人間で言えばギャングAGEだ。仲間の方がよくて親なんか知ったこっちゃない(笑)小学生の低学年はそんなもんだろう?
なんでも犬にうことを聞いてやっていたらあとでこんなはずじゃなかったって言う事になるスタートを作る時期でもある。

我家は確かに何も教えたりしないで育てると言ってるけど、6ヶ月くらいになる頃には体のどこを触られても平気にするし、名前を呼ばれたら自分のことだってわかるように育てている。勿論、呼んだら飛んでくる子が一番望ましい。やってはいけないこととか、禁止されたんだとかもわかるようになるし、褒められて嬉しくってハイパーにもなる。

持って生まれた性格とかもあるから、犬だって犬としての精神年齢って言うのもあるから、その仔に合わせた方法を使いながら育てるけれど、でも決して妥協はしない。なぜならその時期に正しく伝えてあげないと後から修正するほうが犬にとって大変だと知っているからだ。

でも人間は間違いを犯す。間違えたら正せば良い。ただそれだけで幸せは掴み取れるのだから・・・
優しさも愛情、厳しさも愛情だ。
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2007.07.30 Monday

問題行動修正の一例

犬と暮らす時に飼い主が困ったなぁと思う行動をココでは問題行動として捉えて書いてみようかなって思う。

タマタマ掲示板に質問が来ていることもあるし、現在進行中で電話対応で修正をかけているパターンもあるし、書き残すことは大切だしね(^^ゞ

さて・・・現在進行中の問題行動は「犬を見ると吠え掛かる」&「姿は見えなくても塀越しなどに吠えられると応戦してしまう」というもの。犬は3歳のオスである。
散歩の時間は充分取ってあり、家族からもよく愛されて、どちらかといえばちょっと過保護気味のお坊ちゃんである。

さて・・・実際に彼の行動パターンを読む為に幾つか質問をさせてもらった。


  • 飼い主が話しかけた時すぐに振り向いたり、近寄ってきたり等の反応はあるか?(その際に食べ物等を与えているか?)
  • 散歩時に飼い主のどこを歩いているか?(前か横か後ろか)
  • 問題行動を起こした時にどういう対応をしてきたか?(叱る(言葉をかける、叩く、引き綱を引く等)、立ち止まる、無視する、抱く、座らせて行き過ぎさせるなどなど)

    以上の3点だ。

    これを聞くことによって飼い主と犬との関係は大雑把だが見えてくる。
    この犬の場合、溺愛型の典型的なパターンで、飼い主から自分へのコンタクトに関して自分の都合の良いときしか反応しないでも暮らせてしまっているという事実が見えてきた。。。マァ多かれ少なかれ問題行動がある犬の典型的なパターンではあったけど、得てして難しくはなさそうである。(笑)

    こういう場合にはまず犬からの勝手な意思表示を受け入れないことがまず第一である。ココがうまく伝えられなければ飼い主側からのコンタクトは有効にはならず、呼べど叫べど犬からの反応は決して良いものは帰ってくることはない。

    飼い主には溺愛型の犬に対する極一般的で時間のかからない解決に向けての直結型の飼い主も犬もかなり気合を入れてやらなければならない方法と、飼い主の忍耐が必要で時間がかかりともすれば勘違いさせやすいが犬にとっても飼い主にとっても比較的楽な方法とのどちらか選択をしてもらうことにした。

    つまり問題行動を直すことができるのはあくまでも飼い主しかいないので、その飼い主が治るまで続けられない方法を無理強いしても意味がないからだ。

    人にはそれぞれ使える時間と行動を起こすための生まれ持ったセンスや理解力、判断力、決断力などが違う。
    飼い主のことをある程度把握できる環境でなくては電話対応などで修正をかけられないのは当たり前だが、幸い飼い主の犬に対する感情や決断力と行動力を知っていたし、犬自身が3歳のオスであるコトを考慮してので速攻型のほうが良いと思うと言う事だけ進言する。

    ある程度やり方を説明して出来るかどうかの確認をする。それは出来ないことを中途半端にやり、途中放棄してしまうことは犬にとっても飼い主にとっても不幸でしかないからだ。

    方法論を選ぶのは飼い主自身だけである。(^O^)/

    さて、こういう事をして欲しいと幾つかの犬に対しての飼い主の行動を変えてもらい、ある程度の実力行使も理解してもらいさっそく次の日の朝の散歩から実行開始である。
    数回繰り返しても反応がないのならすぐに連絡をするように言っておくと、真剣さが強く朝の散歩終了後に連絡が入る。
    一回目で効果があったらしめたものでやり方に間違いがないという証明みたいなものだけど、はたして結果は万々歳であった。
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    2007.06.27 Wednesday

    マーキングと排泄の話。

    子犬がそこそこ大きくなるとマーキングが始まってくる。

    勿論自分のおうちの中でマーキングするようじゃ既にそれだけの問題じゃなくなってるのでそこのところは割愛して・・・

    おうちではトイレも順調に粗相も無くなり、いい感じになってくると散歩の時など男の子は足を上げ始める。
    だいたい7・8ヶ月くらいからかなぁ・・・早い子はもっと早い子もいるけど(笑)

    頻繁におしっこをちょっとだけ出して臭い付けって言う奴を始めるわけだ。

    このマーキングって言う行為は一般的にはテリトリーの主張とか情報交換のためとか言われている。本能的なものの部分と言ってもいいかな。

    ところが情報は持っていても実際にマーキングなのか排泄なのかわからないまま時を過ごし『ココではやらないで』という時にやめさせられないといった現象がおきることもある。
    これってかなりまずいよねぇ・・・うちにも男の子がいっぱいいるので大事な問題である。
    ちなみにマーキングは男の子だけではなく女の子もやりますので!(笑)

    マーキングしているのに、まだおしっこ出るの?とトイレに押し込んでいる風景は勘違い直しましょうといいたくなる(苦笑)
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    2007.06.25 Monday

    シーザーミラン

    予約注文していたシーザーミランのDVDが到着した。

    彼の言う、犬のリハビリと飼い主へのトレーニングは自分も身をもって感じる部分なのでそのシュチエーションごとの解決方法は楽しさがある。いろんな犬といろんな飼い主が登場して面白い。

    犬の表情などからイマイチまだリラックスしていないよねと言う部分も垣間見えるが犬たちが伝えられなかった意図をわずか数分で伝えて行く彼はやっぱりカリスマトレーナーだ。(*^^)v

    自分だったらどのくらい時間がかかるかなとか考えながら、自分だったらどういう方法を持ち込む?とか犬に対しての部分はお気楽に見ているけど、色んな飼い主さんたちが登場する中で一番参考になるのは自分に足りないと思う部分。自分だったらウッと詰まる部分で、ソウだよねぇ〜そこはそう行くんだよねぇ〜・・・と共感することしばしば(笑)

    問題行動を起こす犬について的確な情報を得るためにはやはり実際に自分の目で見て確認しないと直せない。自己申告を信用することほど恐いものはないからだ。(苦笑)土台自己申告が正しく伝えられるくらいなら、犬を正しく観察出来るだろうし、勘違いは起こらないわけで・・・問題行動は起き得ない。

    攻撃行動があるような子はなおさらだし、何よりもどんな問題行動でも彼らのテリトリー内で見て見ないと本当の姿は見えないしね。飼い主によっては可愛いあまりに目をつぶっちゃって攻撃行動自体が何かの理由を付けて正当化しちゃったりすることもある。

    実際・・・問題行動は飼い主自身がそれを受け入れて問題なのだと認識することが一番重要で、それが把握できていなければ最終的には直せないんだろうなと思うことが多い。

    それとどのみち、飼い主自身が犬を扱えるようにしなくてはならないのが一番の問題だろう。1日目の成果には目を見張るものがあるけれどその後の継続によっての結果と飼い主との生活がどれほど変ったかとかの数ヵ月後、数年後の結果を見たいなって思う。アドバイスされたことを続けていれば結果は完璧のはずだから(笑)

    飼い主のスタイルとか年齢なども考慮しながら何をどう変えるのが大切なのか、はたして出したアドバイスが続けられることなのか、いまやカリスマとなった彼には聞いてくれない、やってくれない飼い主はいないだろうから成果は素晴らしいものになるはず。羨ましい限りだ(~_~;)

    彼の方法論の中で誰もが使える技は『散歩』だ。毎回のように口をすっぱくして唱えている事。これってね・・・つまりは散歩するとき数十分だけ毎回必ず飼い主の指示に従わせ続けるって言うのがポイントなんで・・・。
    ただ闇雲にお散歩してるから大丈夫って言うわけじゃないのよね。

    うちのようなフリー散歩はまったく効果には繋がらない。(苦笑)当たり前です。スタイルの違いだからしかたがない部分だけど、要するに『けじめ』をシーザーミランは散歩で作れと言ってるんだろう・・・違ってたらすいません(苦笑)
    散歩でけじめを付ける方法は誰でも簡単に使える技だから大いに利用するべきだと思う。

    いつか行けるものなら彼の経営するドッグサイコロジーセンターに行って見たいなぁって思う。ロスにあんなに広い場所を維持できるって一体一回の講習料っていくら貰うんだろうなぁ・・・なんっていやらしい想像?

    彼のやり方だったら1頭一日って感じだからそれ相応なんだろうけど、レスキューしてきた犬たちをあんなにたくさん所有しているんだからまったく頭が下がる。医療費とか年をとった子達ばかりになった時大変だろうなぁとしみじみ思ったり・・・。

    たくさんの犬たちと暮らす人間は似たり寄ったりでそれなりに苦労してるから、カリスマトレーナーのシーザーに是非一度会って見たいと思いながらDVD鑑賞した本日でした(*^^)v
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    2007.04.08 Sunday

    平等と特別。

    多数の犬たちに関わることの中で平等と言うものがある。それとは別に特別って言うのもある。

    うちでは犬たちは生活する中の殆どを平等にして生きている。
    愛される権利はこの子が一番可愛いとかいう理由で順番が合ったりする事はない。なんの役に立っていないように見える子だって我家ではかけがえのない子たちである。

    活躍してくれるからとか子犬を産んでくれるから他の犬よりも大切にしているなどと言う事はない。でも一般的にはソウ見る人もいることも知っている。
    連れて出歩く子は大切で、ソウじゃない子だから家に置いていくんだろうといわれた事がある。ソウミエテイルノカ・・・

    どんなに平等を唱えても、彼らの年齢の違いとか理解している物事の違いとか、生まれ持った体つきの違いとか、体質とか性別とかそういうもので平等にしたくてもできないことは多い。

    ご飯の回数や教えられる物事の違いや方法の違い、体を洗う回数の違いや抱かれる回数や外に出られる回数の違いや食べられるものの種類は全てがまったく同じにできるはずはない。

    私はこのどうしても同じにはできないことを平等の中の特別と言っている。

    ジェニーが毎日打たれている皮下点滴も特別のひとつだ(笑)おいしそうって元気な子はもらえないマリンの治療食も特別だし、一生懸命勉強してできるようになったアジリティーの為にお休みの日に遠出に連れて行ってもらえるサンダーも特別だ。


    多頭数と暮らすとき、この平等の中の特別がない間柄は一番不幸だと思っている。どの子も同じように生きている。
    同じ朝日を見て日の光を浴び、気温を感じ食事をして遊び寝て飼い主の心を和ませ、愛されている。

    生まれたばかりの子犬もいれば、いつ死んでしまうのかわからない重病の犬とも暮らし、年を取ってボケてしまった老犬とも暮らし、若く輝く時期を満喫していけるように多くの物事を教え競技会場に足を運ぶ犬たちもいる。

    どの子もみな同じ時間を同じように暮らせるのかといったら暮らせるはずはない。何かを学ぶ子もいればストレスを回避しなければならない子もいる。褒められる子もいれば叱られる子もいる。

    そのなかで1頭1頭と向き合って、その犬が持つものをどうやって引き出していくのか?その子が光り輝く為に自分は何を出来るのか?どうやって少しでも褒めてあげられるように仕向けていくのか?その子が痛みや苦しみにさいなまれないように何を努力・工夫したらいいのか?人と暮らす中で何を教え何を伝えなければならないのか?・・・

    ソウ言う事はみな平等である。

    競技会に行きたくても具合が悪くて自分が傍にいないと犬が不安がるのなら私は傍にいるほうを選ぶ。
    何事もなく家族に頼んでも問題が起きないのなら輝けるはずの犬を輝かしてやりたいから出かけていく。

    こういうことは特別にはいるんだろう。

    何もかもを平等にできる事はありえない。犬にも人にも出来ることと出来ないことはあるんだからそのなかでできることを最大限に引き出して生きていたいと思う。

    平等って言う言葉や差別って言う言葉は意味の深い言葉だ。
    性の違い、年齢の違い、性格や性質の違い、体質の違い、種類の違い・・・何でも違いがある。
    その違いを受け入れた中で何が一番必要なのか見つけ出すことと差がないようにしてあげることは難しいのかもしれない。
    でも・・・そのことを踏まえて相手を見れるようになり、差を作ることはきっといい結果に繋がるだろう。

    だから我家はいつでも平等の中に特別を作っている。それでこの15年・・・結果は悪くはでてはいない。。。多頭飼いの秘訣って奴かもしれない(笑)
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