2008.08.17 Sunday

夏休み終了。

なんだかんだいって長い夏休みもあっという間に終わっちゃった。
私的にはただただ暑くて、玉にプールなんかで遊んだりバーベキューとかやったくらいで、いつもとそうは変わらない休日の繰り返しって感じだった。

ただ一つ…巷ではオリンピックとかなわけで、ひたすらテレビはオリンピック。凄〜いと思うような結果を見るときはまぁまぁ楽しんでいるんだけど、朝から晩までじゃねぇ〜。。。夜中にパパが眠さに負けてつぶれた後になってようやく好きな番組を見たり、もらったDVDを見ることができたりで、異様に寝不足。

さて今回はチョコが初めてのプールでとっても楽しそうだったので写真だけアップしておこうかな。

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濡れた体をゴザで拭きまくるチョコちゃん。

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そして・・・ゴザに空いた穴を発見し本能のままに顔を突っ込むチョコちゃん。
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耳、ひっくり返っていますけど、満足そうですねぇ…(笑)
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2008.08.17 Sunday

いろいろ考えてしまうこと。

ミクシーとかあちこちWEBサーフィンしていると興味のひくようなものがヒットする。

少し前、犬や猫の虐待者とか遺棄者とかを「飼育制限法」を作れれば多少はましになるのにねと意見を述べてさてそろそろ動くかなと思っていたんだけど、現代社会は実際「生ませて売る側に問題がある」と考えられてることが大多数を占めている。

もちろん仰せのとおりっていう事実をたくさん知っている身としては反論する気にもなれないんだけどね・・・。

あるサイトでは「飼育頭数規制法」つぅ〜のを動かそうと頑張っているんだけど、これが発動されたらうちみたいなブリーダーは消えるしかないなぁって思う。

だって他の所みたいに産めなくなった子とか交配できなくなった子とか追い出したりしないからさ…。問題のある子が生まれればうちの子にするしかないし、そういう子は血統は絶えるわけだし。良い犬でお嫁に行ったとしても、万が一飼い主さんに何かあったら帰ってこさせればいいって思っている以上、頭数制限ができたらブリーダーは無理だよ。

もともと、ブリーダーって純血種の意味を知っていてその存続に力を入れている人たちの集団だから、ミックスを生ませて売ったり、繁殖屋といわれる人たちとは違う観念で動く人たちだって思うんだけど、ごっちゃになっているというか、繁殖屋まがいが多いのがまずいんだとは思う。

自分もかかわってくれた人の多くに、犬を入れ替えろとか、いらないものは出せとかよく言われるけど、感性が違うから無理ですぅ〜で笑ってごまかしてきている。

犬は我が子同様だから、いい時ばっかりもてはやして、用事が無くなったらお払い箱って考えは毛頭ないしね。
年寄りが増えて、年月の経過で天使になっていく。これって人の家族と同じでしょ…。責任もって世話をしてあげられない頭数になるまで増やさないって言うのは常識中の常識でさ…。

だから我が家はなかなか若い子を残せやしない。仕方がないと思うけど、でも素晴らしい子を作り、常識ある人に飼ってもらい、犬の社会的地位を高めてもらうということを絶やしたくはないから細々と続けているわけで。

まぁ確かに責任を持たずに多頭(10頭とかの話だけど)飼育してしまう一般の人が対象ですと言うのなら「飼育頭数規制法」も、わからなくはないけれど、考えちゃうよな。

だいたい処分する施設に犬や猫を持ち込む大多数の人間は多頭飼いじゃないことが多いのにね。もっとリサーチして提案してほしいなと思ってしまうけど、ブリーダー崩壊とかニュースになって目につく繁殖屋まがいの問題が多いから仕方がないのかもしれない。

だからさ…。安易に捨てたり、処分に持ち込んだ人や、虐待する人は二度と犬や猫を飼ってはいけない法律を作ったほうが早いんだと思うんだよね。。。
所有者の確定にもっと厳格な決めごとがあってもいいのかもしれないから、マイクロチップの義務化とかやったほうがいいかもしれない。

次の子からはチップ入れて渡すようにしようかな…。

で…例の場所に手始めにとメールで意見述べさせてもらいました(*^_^*)
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2008.08.16 Saturday

祝4歳!サンダーの誕生日。

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裕貴とかけっこして追いつけなかったサンダーも、今じゃりっぱなDICDOGになった。病気になって、うちの子に決定して、でっかいなぁ、コリーみたいになるんだろうなぁって思っていたのにいやいや胴は長いけれど高さのないなんとかダッシュと同じような大きさで収まった。

父親の子犬時代よりは数段ものわかりよく、穏やかな性質は幼いころにずっと抱っこしてスキンシップが十分だったからかなぁと思う。毎日車に乗って抱っこされたまま通院したっけ。

あのサンダーが最近ちゃんとお兄ちゃんやっている。気がつけばうざったいレナとロックはいつまでもいなくならずに、いつしか付きまとわれて、面倒を見る羽目になったサンダー。我慢強くなって大人になったなぁって思う。

犬も人も多くの経験を積んだものの方がストレスにも強くなるし、生きる術を身につけるという。ダッシュが老犬組に入り、二階のチームはいささか羽を伸ばし気味だから少しはサンダーがリードしてくれればいいなぁと願っている。

やっぱり女よりは男のほうがリーダーはいいんじゃないかなって思うんだよ。
がんばれ4歳のサンダー!お誕生日おめでとう!
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2008.08.15 Friday

Category: お知らせ

動物議連

あちこちネットサーフィンをしていてようやくたどり着いたサイト。

動物愛護法とかって誰がどうやって決めてるんだろうって、政治に興味がなかったら調べることもなく過ぎてしまうものだっただけに、今回ヒットしておぉ〜とかなり感激(*^_^*)

意見も出せるようになっているじゃん。

ただしこういう言う場所が知られていないからまずいんだよなって思う。

以前、無知は一つの罪だと書いたことがある。どこかの誰かのためになったらいいなとサイトも開いた。情報発信を個人ができる唯一の方法がインターネットを通じた意見の交流ができるサイトだと今も思っている。

先日もある人からお礼のメールをいただいた。毎日のように書き続ける日記の中に、知っておいてもらいたいと思って作り続けているサイトの中に、あったこともない人が「書いてあってくれたから知ることができました」と喜んでくれることは、お金を払って場所を借りてまで情報を発信し、長い年月続けていることへのご褒美だと思う。

だから今回も知りたかった人のために、このサイトをリンクしておきます。
くれぐれも前向きに「動物たちの環境を良い方向へ整えるため」に役立ててほしいと願って・・・。ちなみに自民党のまわし者じゃございません(苦笑)

自民党動物議連のサイトはこちら。
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2008.08.12 Tuesday

こんな物作ってみました(*^_^*)




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Super★Sheltie by MAGICさん

カンタンCM作成サイト コマーシャライザー




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2008.08.12 Tuesday

杉並犬猫病院改め…。

ずいぶん久しぶりに杉並犬猫病院へ行ってきた。
少し前に新しくなったお知らせをいただいていたんだけど、老犬を抱える身の上で高度医療を積極的に取り入れる方針ではない我が家にとってなかなか足が向かないでいた。

数年前にも、キャンディーが亡くなった後他の病院へ行っていて随分とご無沙汰した時期があった。何かパターンが似てるかな?(^^ゞ

新しくなった病院は明るくて広々していて診察室もたくさんあって、相談室とかもあるらしい。白と青が基調のすっきりとした病院に生まれ変わっていた。
前に病院だったところはトリミング専門の場所になったらしい。表面だけ拝見してきた。

開口一番広くなったねぇ〜と先生に言うと「でしょ〜!」とうれしそうだった。前は本当に狭くて先生たちが大変そうだったからいい感じだなぁって思う。ちょうど海外の病院に似てる感じ?テレビで見ただけだけどね。

今回は登録していなかった新しい子の狂犬病のワクチンを打ってもらいに行ってきた。初めての先生だったのでいろいろ質問されることを「問題ないはずだから連れてきたの。心音くらいは見てほしいけど、体調良好です。発熱も下痢もなし!でも耳は掃除してこなかったからたぶん汚れてる。でも何もしなくていいからね。」

初めての先生だから…あんまり言わないようにと思いつつ、初めて犬を買った人に対してのように親切丁寧に打つ注射について説明してくれたりするので、ありがたいけど省略してもらうことにした。

体重を計った時に9・5キロの子を見てシェルティーってこのくらいが標準ですか?と聞かれたので体系によってですよと笑った。

小さい子は3キロくらいの子もいるし、大きな子は20キロにもなるような子もいるそうですよ。標準って体型も含めて言ってあげないと、大きな子なのにがりがりでも平気な人もいるし、小さいのにパツパツに太らせている人もいるからねぇ…。

そ・そんなに差があります?と聞かれ、あります!ときっぱり答えていたら今まで良く担当してもらっていた先生が顔を出した。

「お久しぶりです!」・・・う〜。。。ごめんね、今あっちに行ってるのよ(笑)知ってますよ。よく聞いてます(笑)

通っていたころは新米だった先生も今じゃ立派になったなぁって思う。てきぱきと仕事をこなしている様子は頼もしいなと感じた。

おとなしく注射されて、ピカピカの待合室でちょっとだけ動揺しつつ会計を済ませて家路についた。

なんか大きくなっちゃって、なれない感じだわとつぶやくと久し振りだからでしょとパパが言った。

また何かとお世話になることもあるかもしれない。今は色々愚痴こぼしから聞く耳を持ってくれるシンバ先生におんぶにだっこだけれど、最初は院長先生に同じようにいっぱい助けてもらった。

失ったかもしれない命を救ってもらったことも何回もある。
今は次々と独立していく先生たちに「いなくならないでよ〜!」と言ってはみるが巣立っていかなければ新しい人は育たない。

今度はCTもあるそうだし、いちいち大学病院へ行くとかほかの病院へまわらないとということもなくなったようなので安心感は強い。ましてや患者さんに限っては夜中もちゃんと見てもらえるそうだから、つながりはちゃんと持っておくほうがいい。

犬は子供とおんなじで夜中に急変したとか、突然事故にあったとかもないとは言えないし、かかりつけでは手に負えないっていうこともないとは限らない。

大きな病院にカルテを置くことはよいことだと思う。うちはたまたま杉並出身の先生がかかりつけになっているおかげで何かあればすぐに連絡しあってもらえるので大助かりである。犬も人も病院は大事だからねぇ…。

名称も変わり「東京動物医療センター」になりました。癌の免疫療法を石井先生が担当されています。
他にも、歯科・眼科・腫瘍科などなど専門医療も受けられます。確か心臓内科とか整形外科も加わったような???

てな訳で、行ってきました報告でした。
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2008.08.10 Sunday

究極を考えると?

動物愛護を考え始めると究極は肉食はどうよ?ってことにまで行ってしまう。
もっと先まで突っ込むまら、生き物すべてを想定することになって、植物すら生きているとなってしまい、人は食べることができなくなってしまう。

植物ですら空気と水だけで生きているわけじゃなくて土中に存在する栄養分を吸収して育つわけだから、この地球に生まれた以上ある程度はやむを得ないわけだ。

で話を元に戻して、植物はOKだけど、肉はねという考え方。多くは畜産の現状に問題があるとは思うけれど、単に食べるということについて考えると、これはもう進化の過程で学習してきた遺伝子を持っているのだからどうしようもないというのが答えじゃないかって思う。

人間も究極まで血をさかのぼるとアフリカの1女性にまでたどり着くのだそうだ。つまり、アダムとイブを探すとちゃんといるってことだ。
でもその祖先の前にはもっと分岐した多くの種族がいて、今の人類の祖先は彼女が生き残ったからだという部分で終わってしまう。

その先をさかのぼるとなると、結局は自分たちの子孫がチンパンジー等の類人猿と分岐するところまで行くだろう。

で…そのチンパンジーとのDNAの一致度は98%というのが現代人である。
チンパンジーと言えばバナナとかリンゴっていうイメージで肉食とはほど遠く感じられる。草食だと認識している人も少なくはないだろう。

でも事実は違う。チンパンジーは雑食性で、実は人の子供を食べちゃったっていう例も数多くはないが存在している。
彼らは果物をよく食べてはいるが、実はその生育地域に存在する小型のサルを捕食しているのだ。サルをね…小型だけどね…。もちろんサルだけじゃなく捉えられるものはとらえて食べちゃうのね。肉を…。

この事実がチンパンジーの観察から発見され世界に発表されたのはまだそんなに昔のことじゃないので知らない人も多いかもしれない。

でも…。大昔から受け継がれた肉食の遺伝子は人間の中にも受け継がれてきている。これって逆らってもどうしようもないことじゃないかって思う。

草食獣を家畜化し、堵殺し食する。これは大脳が発達し考える力が生み出したもの。この方法をどうするのが人間らしいのかは変えられることができるけど、肉を食べないのは難しいと思う。

誰の言葉だったか思い出せないけど、「いただきます」という言葉の意味は「あなたの命を私の命に代えさせていただきます」という感謝の言葉なのだそうだ。
だから出されたものはちゃんと残さず食べなくては罰が当たるのだと昔親によく言われたのはそのせいなんだろう。
植物の場合にも、ご飯が食べきれないでもたもたしていると母親に「ご飯一粒も残しちゃだめよ。お汗水流してこのお米を作ってくれるお百姓さんに感謝しなさい!残したら申し訳ないでしょう!」と叱られたことを思い出す。

飽食の時代になって、大金持ちのどなたかは超高級ステーキを焼き真ん中のごく一部分だけ食べるのだとテレビでやっていた。それをあたかもうらやましがったりする今の風潮にはついていけない。

お金があればそんな無駄なことをし、殺された命に申し訳ないことをしてもいいのかと腹が立つ。それは紳士じゃない。

鳥インフルエンザになって焼却処分のなった鶏も、狂牛病になって処分された牛たちも、保健所に飼い主によって持ち込まれ殺されていく飼い犬たちも、みんな人間がやっていることだ。

究極を考えれば自分が何をできるかわからないけど、せめて愛らしい瞳で見つめてくれる犬たちのことで何かできないかと動いてもいいんだと思っている。
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2008.08.10 Sunday

シェリーと陽

元気いっぱいのお茶目なシェリーと、腕白坊主の陽がお嫁に行った。

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どちらも結構図太い子たちなので新しいドッグライフが始まるだろう。

シェリーのおうちでは天使になった子との子犬の時期の違いの話もあり、生後40日で飼い主さんのお宅に出してしまうブリーダーの存在も知りあきれ果てるばかりだ。何もかもが怖くて育てるのが難しかったとおっしゃっていたその横に、のうのうと寝ているシェリーがいる。

子犬を育てる時の簡単な注意事項をお話しするときにたびたび天使の子の話が出るのはカルチャーショックがあるということだ。

陽のおうちには1歳半になる先住犬がいるけど、いろいろ話をうかがっていると???という状況だ。陽と一緒にやり直したらいいものがいっぱいありそうなのでまだ若いから一緒に教えなおせばいいと言っておいた。

子供さんがまだ小学生の子がいたのでくれぐれも犬をからかわないようにと諭した。自分の大切な子になって欲しいなら騙しちゃダメだよってね。

犬はある意味では人よりも繊細な生き物だから、だました相手を好きにはなってくれない。幼い子供のころに相手に対してまじめな態度で接することの重要性を感じることができるようになり、それに見合った行動を身につけられるのは、犬や猫や幼い弟や妹の存在があってこそだ。

今は少子化のせいで、人間の弟や妹はなかなか得られないから、犬や猫の存在は貴重になる。

からかったり騙したり無理強いをしないこと。子供とはその約束をする。子犬を育てる作業はすべて親の責任だ。子どもが世話をすることを覚えてくれたらと願う親も多いけど、実際には子供は親のすることをまねて育つ。

だから子供にやらせようと思うなら親がやらなきゃ自発的にやるようにはならない。そして犬の扱い方や触り方やすべてのことは親が子供に教えなければならないのだ。

我が家の子犬を希望する人は大人側が子犬が欲しいから迎える家族ばかりである。子供が欲しがるからというのはご期待に添えないと断ることが多いからかもしれないけど(苦笑)

今回も陽君のパパは身を乗り出すようにして私の話を聞いてくれていたし、ママさんは今いる子の扱い方がまずかったのねと大いに反省し、今度は頑張るって言っていた。シェリーちゃんのパパもママも天使になった子への思いをはせながら元気なシェリーをまっすぐに育てていこうとちゃんとお話を聞いてくれていたし、さかのぼればるみ子ちゃんのパパとママも、ナナコとジェニーのご家族も、モエちゃんのご家族も、みんな大人が一生懸命でいてくれている。

犬は人の子と違って一生巣立つことはない。いつまでも幼い子供のまま一生を終える。だから、その犬の飼育に関するすべてのことは子供には託せないものなのだ。それを解ってもらえればと思って話し続ける。

でも実際は・・・注射が終わってお外に出る前に一杯やらなきゃいけないことがあるよと、こういうときはこうするのよとマシンガントークで話すけど、きっと今は子犬が目の前にいて覚えきれないんだろうなぁと思う。

おうちに行って少し落ち着いたら色なことで悩んだりこれってどうよ?と思うことに遭遇するだろう。その時に頼ってくれればそれでことは解決していく。
アンマリ難しくならないうちにとは願っているけど…。

簡単な小冊子には書ききれない子犬の最初の馴致を含めた育て方…。それは子犬たちが我が家を巣立ってから始まる楽しい暮らしの中にあるもので、いつの日かサイト自体をきちんとした形で残していけるようにと思っているけど、今はまだ皆さんに読んでいただかないと他には手がないんですよね(*^_^*)

にぎやかな二人がいなくなりすっかり静かになるかと思ったサンちゃんは前にもまして人が大好きな子になってしまいました。そのサンちゃんも明日にはお迎えです。さみしくなっちゃうなぁ…。
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2008.08.09 Saturday

いろいろ考えれば…

昨日の続き。

いろいろ考えてみるに、ドッグランの時もそうだったけど、区議会議員あたりに相談を持ちかけたって進展なんかたかが知れている。

何をどうしたら速く動くか。

適任の人を見つけちゃったりして。。。
たくさんの人がダイレクトにコメントを入れて現状はこうであると早急に手を打てと進言すれば変わるかもしれない?

さて反応があるのかどうか自分で試してみなきゃね。カッコばかりでやらない人だったら意味ないし…。

結果はいかに???
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2008.08.08 Friday

犬や猫に厳しい社会をかえたい。

昔、道路で轢かれて死んだ猫や犬を見て「かわいそうに…」というと、一緒にいた親に「そういうことは言っちゃいけないんだよ、かわいそうだと思うなら何で助けてくれないんだって化けて出てくるんだって」と言われたことがある。

幼かった自分にはその意味は理解できないまま、怖いという感情だけくすぶり続けていた。

時を経て、大人になってかわいそうな犬や猫に遭遇する時が多い。死体になってしまったものもあるだろうし、捨てられているものに出会ってしまうこともある。今ほど犬たちにかかわる以前はずいぶん猫も保護したし、迷子の犬を飼い主が現れるまで預かったりもした。

そのころ、おさない子猫の飼い主探しをした関係で、たくさんの猫の保護をしている団体と知り合った。代表の方はその当時でも随分なお年で、私ができなくなったらこの会は終わってしまうわねとほほ笑む上品なおばさまだった。渋谷のすぐ横の高級住宅街で綺麗に整頓された部屋に数頭の猫たちが侍っていた。

大阪から送られてくる目のない猫を羽田まで迎えに行ってもらえたら助かると言われ、パパと二人で受け取りに行った。そして連れ帰りお渡しすると「無事にここまでこれたのだからもう大丈夫よ、きっとあなたは幸せになれるわ」といって見た目にはとても顔をすりつけられないようなその白い猫を愛撫された。

その時なんとなく母から言われたあの怖い言葉の意味をこの人なら教えてくれるのではないかと問いかけた。その人は「お母さまはね、自分がその猫ちゃんの体をお墓に入れてあげる気がないのだから、できないことで相手が期待してしまうような言葉はかけちゃいけないって言いたかったんだと思うわ」と言われた。

あぁそうか・・・。可哀そうにって思うのなら行動しろっていうことなんだ。
直接行動できないのなら、かわいそうに思う子が現れないように他のことでいいからやらなきゃいけないっていう意味なんだ。

妙に納得した。大人になってから勉強になったと思うことだった。

レスキュー団体の方はつづけて言う。

「こういうことってね、とっても難しいのよ。人はだれかが代わりにやってくれるのならそれにすがってしまうのよね。自分では飼えないけれどなんとかしてくださいと持ち込む人はたくさんいるわ。情にほだされてみんなかわいそうだと受け入れてしまったら結局は助けられる子まで助けられない状況に追い込まれるのよ。あなたもこれからもこういうことを目にすることがあると思うけれど、今回限りでおやめなさいね。こういう不幸な子が減っていかないのは助ける人がいないのではなくて無責任な人がお金を出せば簡単に買えてしまったり、かわいそうという気持ちだけで家に連れて帰ってしまったあと、結局手放すことが多いからなのよ。捨て猫でも野良犬でも命はみんな同じでしょ?飼育するってことはその責任が果たせる人の特権でなくてはならないわ。そうでないとこの先もずっとずっと不幸せな生涯を送る子がいなくならないのだからね。」

白髪の老夫人の言葉は私のバイブルになっている。

だから今でもレスキューには慎重だ。自分ができる範囲をちゃんと把握しておかなきゃならない。相談されることの中には「なんとかして助けてあげたいけどできなかった」というものもあるし、「助けちゃったんだけどどうしよう」というものもある。助けられなかったことへの後悔をずっと思い続ける人もいる。

そんなとき私は意外に冷たい発言をする。

「そんなにかわいそうだと思うならその子の生涯を背負ってやればいいじゃないって…。保護しようと思えばどんな手段だってとれるのよ。どうしても連れてくることができなかったっていうのは背負えないってわかっているからなんだからそんなに悲しまないほうがいい。それよりもそんな状況にした人がいることを、その人が犬を買える今の社会を変えなくちゃって思ってほしい。」

「助けだす気があれば相手の要求する金額を払ってでも連れもどせばいいだけ。相手を罰することは法がすることで救出とは全く別に考えたほうがいい」

自分ながら冷たいよなって思う。でも自分がレスキューしてきた経緯の子たちはそうして受け入れた子が多い。今は生ませた子たちがたくさんいるからもし万が一災害とかあった時にはその子たちが一時的にでも戻るかもしれないので心を揺さぶられるようなことにつき当らない限りかかわり合いのない犬や猫をレスキューすることはないだろう。

日本の法律では犬や猫は拾った人に所有権が発生する。つまり、誰が捨てたかわからない犬や猫を抱きあげたとたんに最初の所有者になってしまい、やっぱり連れて帰れないなと地面に置いたときには最初に捨てた人になってしまうのだ。日本の法律は最初に捨てた人に罰が与えられる。そういうことを知っている人は少ない。

放棄されたり、虐待を受けていたり、施設に保護されていたりする犬や猫を自分のもとに救い出したいならその子の一生を背負わなくてはレスキューは完成しないのだと思う。そしてそれは今現在そんな状況に置かれた犬猫の数からはすべての日本人が一頭ずつ引き取ってもまだ余りある数だろう。そして一向に減っていかないに違いない。それほど生き物は無責任に買われ無責任に放棄されるちっぽけな存在なのだから。

どうして今の日本には飼育制限をかける法律はないんだろう。私はモモを救い出してきた時、この人たちには二度と犬や猫を飼えないようにしてほしいと思った。でも今、そんな法律はどこにもない。

繁殖する側をいくら制限したところで、買う側を制限しなければ不幸が減るはずはないのに、何か大きな反対されるような問題があるんだろうか?
もしも厳しくすることで放棄犬や捨て猫が増えるというのが理由なら、動物専門の警察のような組織を作って取り締まって罰金をレスキューした犬や猫の飼育費用に充てればいい。放棄犬が減るまでには相応の罰金が集まるだろう。
そして殺すためにではなく生きさせるためになら多くの寄付も集まるだろうし、そういう施設への寄付をした人たちに減税してくれればもっといい。


こんなことは毛皮と同じだ。毛皮にかかわる多くの情報が公開され、海外からの発信ではあったけどそれでも、こんなことしてまで毛皮が人間に必要なのかってことだ。その有無がはっきりしたとき毛皮の販売は激減した。買う人が減ってしまったからだ。だからその業者も一掃されたじゃないか。

犬や猫も同じだと思う。かわいがって大切に子供のように育める人もたくさんいる。反面そうじゃない人ももっとたくさんいる。

値段ではなく高いとか安いとかで買える買えないが決まるのではなく、雑種であろうと純血種であろうと価値が高かろうと低かろうと、命の重さは同じだ。最初から犬や猫の生涯をちゃんと最後まで背負えるかどうかわかるはずはない。安易に飼ってしまってしつけもできずに人に迷惑をかける(吠え続けるとか噛傷事件を起こしたとか)ようになって保健所に持ち込むことがあったり、いらないからと捨てたりわざと逃がしてしまったり・・・。

だから、どんな理由にせよ、生涯を背負えない人物にはその理由に応じて相応年数かもしくは一生愛玩動物を飼育できない法律が立法施行されれば良いだけだ。もし破られれば相応の懲役なり罰金を与え、手元にいる生き物を取り上げればいい。

そうすれば引っ越したから飼える環境で無くなった等の安易な保健所で処分されるような犬や猫はいなくなるし、みだりに繁殖し放置するような輩も減ってくるだろう。みんなが払う税金を使って犬や猫を殺さなくて済むのだ。

私のように繁殖にかかわる側の人間は生ませた命に責任を持たなければならないとするべきだ。万が一にもこの人なら大丈夫と渡した相手が飼育困難な状況になった時に引き取って面倒をみなければならないことにすればいい。

そうすれば犬や猫はボールペンやハンドバックや車や電化製品や人が使う品物のように使い捨てをされることもなくなるだろうし、飽きたから変えられる何ってこともなくなるだろう。

今は繁殖する側の各個人にゆだねられたものでも、意図的に命を生み出すのなら、自分の手から離れればいいという考えの下の繁殖を制限すればおのずと問題は軽減する。

厳しい話だけど、売れるから産ませるという公式は、誰でも安易に犬を買うことができるという公式は、生ませる側の作るものではない現実を早く認識する時代になれば、書いた意味もある。

今は自分ができることをやり遂げていくしか不幸を避ける対応方法はない。
私にできることはやっぱり自分の産ませた子を幸せにしてくれる飼い主さんたちを探し当てることだけで、約束を実行してもらうように働きかけるだけしかない。自分の関係のない犬や猫たちには本当に申し訳ないけれど何もしてあげられない。誰かに何かを頼んでやってもらう主義ではないから自分の身で行動を起こす。

でもこうした意見を述べて自分の産ませた犬たちを守ろうとしているだけで、関係のないところまで首を突っ込んでいると誤解されることが多いのは悔しいことの一つだ。

でもいくら誤解されても、自分のポリシーは変わらない。老婦人から頂いた有意義なバイブルになるあの言葉の意味は心の中に深く深く浸透しているから。

犬や猫を虐待する人がいると聞こえてくることとか、道路上で轢き殺される愛玩動物を見ることとか、捨てられて悲しげな声をあげる子猫の姿を見ることがなくなるように…。

自分に関わっていないことには直接は何もできないし、やらない。
かわいそうな子たちに救いの手が述べられるように、祈ることしかできない。

そしてそれがもし万が一私の産ませた子であったならどんなことをしたって助け出しに行く。それが私の産ませた命に対しての責任の取り方だから。
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