2008.09.01 Monday

変わった犬

ダッシュ&クリスの子、とっぷ君のブログに反応して(笑)

我が家で生まれた子犬たちを育てた人の反応を見ると、扱いが難しいという答えが帰ってくるのはほとんどが犬にことをよく勉強し、それなりの知識を持っている人が多く、すごくいい子で育てるのが楽ですと言われる人の多くは愛玩犬として飼うことが目的で、犬に関しての知識が少ない人に多い。

自分でも不思議だなぁって思っているが、たぶん血統とかそういうものじゃなくて生まれた時からの赤ちゃんの育て方の違いで、ごく一般的な犬として知られている生き物じゃなくなってるからかなぁって思ってみたりする。

いや、たぶん、犬という生き物の知識を固定観念に縛られていないほうが、たやすく幼い子供と同じなのだという感覚に浸れるのじゃないかと思う。犬は犬という感覚と、犬は幼い子供という感覚の違いが、話しかける言葉で反応出来てしまう変な犬と、コマンドで正しく行動する犬との違いに不思議さを感じさせるのかもしれないと思う。

本来ペットと言われる愛玩動物は人の暮らしに強制的に併せて飼えるものでなくてはならないらしいが、私は犬や猫くらいの知能がある生き物はそれはどうでしょう?と思っている。
常々、犬と暮らすのなら彼らは生涯人間の2・3歳時程度のままで一生を終えると理解し、その彼らと上手に付き合うためのハウツーをサイトの中に紹介してきている。

訓練は好きでも、お散歩で一心不乱に何にも興味を示さずただ飼い主の横にぴたりとついて、まるで行進でもしているかのように歩く犬に疑問を持ってしまい、決して良い犬だという認識がない私だからこその意見ばかりだろうけれど…。

犬を二歳時だと仮定して接触すると多くのことが解決できてきたという経験則は自分にとってどこで勉強してきたことよりのはるかに有意義な結果だからだ。

先日息子と大ゲンカをした。原因はもちろん犬たちにある。
息子は犬の勉強をして、以前に比べれば随分と知識は持つように成長してきている。私とは流派の違う部分に興味を持ち独自で勉強しているので、私でさえ知らないようなことを知っているようにもなった。

でもこの事件はその背景が出来上がったからこそ間違えた単純なミスから犬たちに思いもよらない答えを突き付けられたものなのだと思う。

息子が全員を2階の部屋に出したまま数時間下の部屋に降りていた日の事件。

二階に上がった息子がバタバタと歩き回りそれに伴って犬たちが同じように移動するのがわかったので、下の部屋にいた私は上がっていった。
ドアを開けると全員がひきつった顔をして私のほうに飛んできた。
「何があったの?」と聞いても仏頂面の息子は答えない。怖い顔で1頭の犬をにらんでいた。

周りを見て彼の持っているものを見ると、どうやら壊してはならない息子の大事なものを齧って壊したようだ。たぶん現場を発見されて叱られたのだろうが叱るのは構わないが尾を引きすぎだ。
この状況は叱られた犬以外にも恐怖が伝染していて、どの子も何がどうなっているかの理解はなくただひたすら「やばい!」って思っている。

私が動くと犬たちは私の後ろに全員まわり込み助けを求めてくるので、「もう大丈夫だからねぇ」と声をかけて抱っこをせがむ子は抱き上げ、ぴったり寄り添ってくる子たちをなぜて落ち着かせた。

さて、怒りまくった息子に話を聞けば予想した通りである。それも前日に同じことをやったばかりで、今日はもう許せないということだった。

壊したものがまずもう二度と手に入らない貴重なものなのか確認するとそうじゃないらしい。もちろんそんなに高額なものでもなく、材質が犬たちが好きそうな壊したくなるような適度なものだった。

息子に言わせればそんなことはどうでもいい、やってはいけないことを教えるのが何が悪いと開き直ってきた。
もちろん叩いたり殴ったりしたわけではないけれど、犬たちは繊細だから意志を持って睨んだりドスドスとむかつきながら歩いたりすれば瞬時に怖いと感じる。「いけない!」と言葉は理解して当然やっている行動は即時に中止しただろうが、あとの恐怖心のほうがはるかに大きく、それも、当事者以外にも伝染してしまっている今の状況が、息子が正しいとは決して言えるもんじゃない。

落ち着いて「だってしょうがないでしょ、手の届くところにそれが置いてあってやっちゃたんだから。悪いのは犬じゃなくてしまっておかなかった自分じゃないのよ」と応戦した。

「じゃぁ母さんは犬にはそういうことは教えられないって言うのかよ」
「教えられるわけないでしょ、頭の中みが2歳なのよ。人がいれば制御がかかってもいなくなって数時間も立っていたら誘惑に勝てるはずないでしょうが。ロボットじゃないんだから、人がいる時にできることがいないときにも完ぺきにできるのだって思う方がおかしいわ。2・3歳児だって言うのはそういう意味じゃないの」
「おれは小さい頃いたずらした時偉く怒られたよ、それでやらなくなったんじゃないか!」
「だからあれはもう幼稚園だか小学校だかに上がってた時でしょ、5歳とか6歳の時の話じゃないの。犬はそこまで成長できないって言ってんだよ!記憶が残ってるってことは2歳とか3歳とかじゃないもっと大きくなってた時のことってことでしょ!!」

親子ですから・・・罵声が飛び交うわけで…

言い争いの間中犬たちは私の後ろに全員避難。息子にしたら大事にしてる子にまで逆らわれたようでムカつくこと間違いなしだし・・・。

「じゃぁ閉じ込めておくのが犬のためだって言うのかよ!」

「人がいないときにやられたら困るものが出したままにしかできないならそれも仕方がないでしょ。」

「そんなの犬がかわいそうじゃないか!!」

「ちがうね、時と場合によってケージに入らなくてはならない時間があると教えていくのが本来だからね。それが苦痛にならないように教えておけば1・2時間位入っていられるのよ、災害があったり病院に入院しなきゃならないときにケージに入っていられませんっていう犬だったらどうにもならないんじゃないの?話がまったく別次元だわ!」

一言いえば10は帰ってくる私に息子がはむかうのは土台無理な話ですが(苦笑)

しばらくの沈黙の後、「シェルティーはこういうことはやらない。ダックスだけが何度も同じことやる。」とどうしても納得がいかないらしい。

ここで、ダックスは馬鹿なのよって言ったら私の負けですから(笑)というのは冗談ですが、

「あのね、犬には興味を持つ子と持たない子とがいるのね、興味がない子はやるはずないでしょ。興味があるから気になって気になってある程度までは我慢してるけど、結局は誰もいないし止められないのだから、誘惑に勝てなくなってやっちゃったわけじゃん。だからやりそうな子は先回りしてちょっとここで待っててねとケージに入れてくれば良かっただけでしょ。入れなかったあんたが悪いだけじゃん、八つ当たりするなよ!」

で本日のバトル終了です。

ここまで罵られたら、頭に上った血もだんだん収まってたぶん途中でそうだったと思いだしていたはずの息子。たぶん梅ちゃんが壊したであろう「ブツ」はゴミ箱に投げ捨てられたので手に取ってものを確認し、急いで同じものを手配した。
なんってことはないたった500円のものだった。

ずいぶん昔、彼は携帯電話を壊された。その時に「置いていた自分が悪かった」と殊勝なことを言い、いかにも犬のことを理解しているように思えたが、今になって考えれば親に買ってもらったものだったし、ちょうど買い換えたいと思っていた時期だったことが重なっていて、逆に壊されて変える理由ができ瞬時にラッキーだったからだったのかもナとその当時を思い出した。

今日のものは何やらメーカーに発注し送付してもらわなければならないものとかで、同じものはもうないかもしれないという危機感が犬たちへの大きなやつあたりにつながったんだろうと思う。

それとたぶん犬たちの態度が私を盾にまるであんたが悪いのよと言うようにも見えただろう。

そう、犬は怒り狂っている相手からは保護してくれる人がそばにいたなら盾にして隠れる生き物だ。それは生きるための本能に刷り込まれた作業で、もし今回の件も立場が逆だったら息子の陰に隠れるだろう。

そんな他愛のない単純な幼い知能しか持たない生き物なのだという概念さえ捨てなければ、かわいい彼らに怒り狂うこともなくなっていく。
犬は何歳になっても幼い子供と同じ感覚で付き合わなくてはならない。それが犬に対する飼育の義務であり責任の一つだと私は信じている。

もちろん、私の不詳の娘の梅ちゃんが息子の大切なものを理由はどうあれ壊したのですから、後日届いた品物を梅ちゃんに代わって弁償し謝罪いたしました(笑)

。。。本題とかなり逸れましたな。(^^ゞ
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