2008.08.08 Friday

犬や猫に厳しい社会をかえたい。

昔、道路で轢かれて死んだ猫や犬を見て「かわいそうに…」というと、一緒にいた親に「そういうことは言っちゃいけないんだよ、かわいそうだと思うなら何で助けてくれないんだって化けて出てくるんだって」と言われたことがある。

幼かった自分にはその意味は理解できないまま、怖いという感情だけくすぶり続けていた。

時を経て、大人になってかわいそうな犬や猫に遭遇する時が多い。死体になってしまったものもあるだろうし、捨てられているものに出会ってしまうこともある。今ほど犬たちにかかわる以前はずいぶん猫も保護したし、迷子の犬を飼い主が現れるまで預かったりもした。

そのころ、おさない子猫の飼い主探しをした関係で、たくさんの猫の保護をしている団体と知り合った。代表の方はその当時でも随分なお年で、私ができなくなったらこの会は終わってしまうわねとほほ笑む上品なおばさまだった。渋谷のすぐ横の高級住宅街で綺麗に整頓された部屋に数頭の猫たちが侍っていた。

大阪から送られてくる目のない猫を羽田まで迎えに行ってもらえたら助かると言われ、パパと二人で受け取りに行った。そして連れ帰りお渡しすると「無事にここまでこれたのだからもう大丈夫よ、きっとあなたは幸せになれるわ」といって見た目にはとても顔をすりつけられないようなその白い猫を愛撫された。

その時なんとなく母から言われたあの怖い言葉の意味をこの人なら教えてくれるのではないかと問いかけた。その人は「お母さまはね、自分がその猫ちゃんの体をお墓に入れてあげる気がないのだから、できないことで相手が期待してしまうような言葉はかけちゃいけないって言いたかったんだと思うわ」と言われた。

あぁそうか・・・。可哀そうにって思うのなら行動しろっていうことなんだ。
直接行動できないのなら、かわいそうに思う子が現れないように他のことでいいからやらなきゃいけないっていう意味なんだ。

妙に納得した。大人になってから勉強になったと思うことだった。

レスキュー団体の方はつづけて言う。

「こういうことってね、とっても難しいのよ。人はだれかが代わりにやってくれるのならそれにすがってしまうのよね。自分では飼えないけれどなんとかしてくださいと持ち込む人はたくさんいるわ。情にほだされてみんなかわいそうだと受け入れてしまったら結局は助けられる子まで助けられない状況に追い込まれるのよ。あなたもこれからもこういうことを目にすることがあると思うけれど、今回限りでおやめなさいね。こういう不幸な子が減っていかないのは助ける人がいないのではなくて無責任な人がお金を出せば簡単に買えてしまったり、かわいそうという気持ちだけで家に連れて帰ってしまったあと、結局手放すことが多いからなのよ。捨て猫でも野良犬でも命はみんな同じでしょ?飼育するってことはその責任が果たせる人の特権でなくてはならないわ。そうでないとこの先もずっとずっと不幸せな生涯を送る子がいなくならないのだからね。」

白髪の老夫人の言葉は私のバイブルになっている。

だから今でもレスキューには慎重だ。自分ができる範囲をちゃんと把握しておかなきゃならない。相談されることの中には「なんとかして助けてあげたいけどできなかった」というものもあるし、「助けちゃったんだけどどうしよう」というものもある。助けられなかったことへの後悔をずっと思い続ける人もいる。

そんなとき私は意外に冷たい発言をする。

「そんなにかわいそうだと思うならその子の生涯を背負ってやればいいじゃないって…。保護しようと思えばどんな手段だってとれるのよ。どうしても連れてくることができなかったっていうのは背負えないってわかっているからなんだからそんなに悲しまないほうがいい。それよりもそんな状況にした人がいることを、その人が犬を買える今の社会を変えなくちゃって思ってほしい。」

「助けだす気があれば相手の要求する金額を払ってでも連れもどせばいいだけ。相手を罰することは法がすることで救出とは全く別に考えたほうがいい」

自分ながら冷たいよなって思う。でも自分がレスキューしてきた経緯の子たちはそうして受け入れた子が多い。今は生ませた子たちがたくさんいるからもし万が一災害とかあった時にはその子たちが一時的にでも戻るかもしれないので心を揺さぶられるようなことにつき当らない限りかかわり合いのない犬や猫をレスキューすることはないだろう。

日本の法律では犬や猫は拾った人に所有権が発生する。つまり、誰が捨てたかわからない犬や猫を抱きあげたとたんに最初の所有者になってしまい、やっぱり連れて帰れないなと地面に置いたときには最初に捨てた人になってしまうのだ。日本の法律は最初に捨てた人に罰が与えられる。そういうことを知っている人は少ない。

放棄されたり、虐待を受けていたり、施設に保護されていたりする犬や猫を自分のもとに救い出したいならその子の一生を背負わなくてはレスキューは完成しないのだと思う。そしてそれは今現在そんな状況に置かれた犬猫の数からはすべての日本人が一頭ずつ引き取ってもまだ余りある数だろう。そして一向に減っていかないに違いない。それほど生き物は無責任に買われ無責任に放棄されるちっぽけな存在なのだから。

どうして今の日本には飼育制限をかける法律はないんだろう。私はモモを救い出してきた時、この人たちには二度と犬や猫を飼えないようにしてほしいと思った。でも今、そんな法律はどこにもない。

繁殖する側をいくら制限したところで、買う側を制限しなければ不幸が減るはずはないのに、何か大きな反対されるような問題があるんだろうか?
もしも厳しくすることで放棄犬や捨て猫が増えるというのが理由なら、動物専門の警察のような組織を作って取り締まって罰金をレスキューした犬や猫の飼育費用に充てればいい。放棄犬が減るまでには相応の罰金が集まるだろう。
そして殺すためにではなく生きさせるためになら多くの寄付も集まるだろうし、そういう施設への寄付をした人たちに減税してくれればもっといい。


こんなことは毛皮と同じだ。毛皮にかかわる多くの情報が公開され、海外からの発信ではあったけどそれでも、こんなことしてまで毛皮が人間に必要なのかってことだ。その有無がはっきりしたとき毛皮の販売は激減した。買う人が減ってしまったからだ。だからその業者も一掃されたじゃないか。

犬や猫も同じだと思う。かわいがって大切に子供のように育める人もたくさんいる。反面そうじゃない人ももっとたくさんいる。

値段ではなく高いとか安いとかで買える買えないが決まるのではなく、雑種であろうと純血種であろうと価値が高かろうと低かろうと、命の重さは同じだ。最初から犬や猫の生涯をちゃんと最後まで背負えるかどうかわかるはずはない。安易に飼ってしまってしつけもできずに人に迷惑をかける(吠え続けるとか噛傷事件を起こしたとか)ようになって保健所に持ち込むことがあったり、いらないからと捨てたりわざと逃がしてしまったり・・・。

だから、どんな理由にせよ、生涯を背負えない人物にはその理由に応じて相応年数かもしくは一生愛玩動物を飼育できない法律が立法施行されれば良いだけだ。もし破られれば相応の懲役なり罰金を与え、手元にいる生き物を取り上げればいい。

そうすれば引っ越したから飼える環境で無くなった等の安易な保健所で処分されるような犬や猫はいなくなるし、みだりに繁殖し放置するような輩も減ってくるだろう。みんなが払う税金を使って犬や猫を殺さなくて済むのだ。

私のように繁殖にかかわる側の人間は生ませた命に責任を持たなければならないとするべきだ。万が一にもこの人なら大丈夫と渡した相手が飼育困難な状況になった時に引き取って面倒をみなければならないことにすればいい。

そうすれば犬や猫はボールペンやハンドバックや車や電化製品や人が使う品物のように使い捨てをされることもなくなるだろうし、飽きたから変えられる何ってこともなくなるだろう。

今は繁殖する側の各個人にゆだねられたものでも、意図的に命を生み出すのなら、自分の手から離れればいいという考えの下の繁殖を制限すればおのずと問題は軽減する。

厳しい話だけど、売れるから産ませるという公式は、誰でも安易に犬を買うことができるという公式は、生ませる側の作るものではない現実を早く認識する時代になれば、書いた意味もある。

今は自分ができることをやり遂げていくしか不幸を避ける対応方法はない。
私にできることはやっぱり自分の産ませた子を幸せにしてくれる飼い主さんたちを探し当てることだけで、約束を実行してもらうように働きかけるだけしかない。自分の関係のない犬や猫たちには本当に申し訳ないけれど何もしてあげられない。誰かに何かを頼んでやってもらう主義ではないから自分の身で行動を起こす。

でもこうした意見を述べて自分の産ませた犬たちを守ろうとしているだけで、関係のないところまで首を突っ込んでいると誤解されることが多いのは悔しいことの一つだ。

でもいくら誤解されても、自分のポリシーは変わらない。老婦人から頂いた有意義なバイブルになるあの言葉の意味は心の中に深く深く浸透しているから。

犬や猫を虐待する人がいると聞こえてくることとか、道路上で轢き殺される愛玩動物を見ることとか、捨てられて悲しげな声をあげる子猫の姿を見ることがなくなるように…。

自分に関わっていないことには直接は何もできないし、やらない。
かわいそうな子たちに救いの手が述べられるように、祈ることしかできない。

そしてそれがもし万が一私の産ませた子であったならどんなことをしたって助け出しに行く。それが私の産ませた命に対しての責任の取り方だから。
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2008.08.08 Friday

ようやく・・・

恐ろしい数の写真の印刷がようやく終わりそうです。
ナナコ&ジェニーでたぶん1000枚くらいあったでしょうか?
どうにも使えないものを省き、インターネットの環境のないご一家にちび時代のデータは印刷してあるものをと頑張ってみました。

すでに喜びの声が聞こえてきそうですが(笑)

さて・・・これからアルバムにして送りましょう。写真を眺めていると生まれたときからのことが次々思い出されてちょっぴりセンチになります。
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