2008.07.22 Tuesday

野生のヒヒから学ぶこと。

面白いネタを一つ。

いまね、ある野生のヒヒの群れが野犬の群れから子犬を誘拐して育てて、その犬を仲間として暮らし、ほかの野犬の群れから襲われないような番犬として役立てているそうだ。

面白いことにその形態はまさに人と犬との関係そのものだ。
最初こそ嫌がる子犬だったけど、いつしかヒヒの群れの一員としてほかのヒヒと同じように毛づくろいされたり一緒にえさを捕食して行動を共にしていく。
その中で繁殖が行われ犬たちもヒヒと同じように数が増えるが、その犬たちは自分たちの役目をこなしヒヒはその恩恵を被る代わりに自分たちと遜色ない待遇を与えて共存しているというものだ。

この群れの中では現代の人間が犬に対しておこなうような「食べ物」や「遊び道具」を使って仕事をさせることはない。
彼らは協力して互いに位置関係を正しく認識しうまく暮らしている。

ヒヒと犬という全く別種の動物であるにもかかわらず、相手を思いどおりにしようというものではなくお互いの利益のために相手とどうかかわっていくのが最善なのかをちゃんと知っているようだ。

犬と暮らすためには多くの行動学を知る必要があるといわれてきて、私も随分勉強してきた。でも実際の犬たちの行動や一緒に暮らしていく中で学べたものは犬の行動学だけでは学べないものばかりだった。

最近は行動学も勉強し続けてはいるが最大の関心事は彼らの社会学だ。
子犬たちが何から何を学び、人はそれを使うことはできないのかを知るためには彼ら自身の社会学を知らなければならない。

ダーウィンの進化論では説明のつかない多くの謎は、またリチャード・ドーキンスによって解き明かされている部分もあるだろうと分厚い本をめくっている。

生物の行動学や社会学は日々進化している。今まで人が未知のものとして観察もせずに想像で語っていたものが多くの研究者によって解き明かされたものは多い。その中で特に目立つのは行動様式の研究よりも彼ら自身が仲間や周りのものとどうかかわって生きているのかを解き明かすもので、それを生き物の社会学と呼ぶ。

私は犬以外の生き物にも多くの興味があるので毎回カルチャーショックを受けつつ、今まで学んできて正しいと思っていたことが覆される喜びを感じている。それはまさしく目の前の犬たちが繰り広げていく毎日の生活の繰り返しの中に見えるものであり、心を真っ白にして見つめればたやすく学べる生き物としての基本だったのかというほっとした思いだ。

純血種を作るために淘汰してきた悲しい歴史も、多くの先人達がこれが正しいと言い伝えてきたことも、これから何がどう違ったのかが見えてくる時代になるだろう。今は社会学から使える犬たちへの自分の思いの伝え方で頭がいっぱいなアハ体験中に違いない(*^_^*)
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