2007.12.06 Thursday

野犬じゃなくて土佐犬!

先日85歳のご夫人が野犬に襲われて亡くなったというニュースがあった。

おりしもミクシーの中で通常野犬とか捨て犬とかはこちらが攻撃しようとさえしなければ人を襲うようには出来ていない生き物なのだと散々ぶちかました後だっただけに、そんなことあるもんかとすごく不思議だった。

今日、今頃になって犯人ならぬ犯犬が捕まった。ほらみろ!野犬じゃなかったじゃん!

土佐犬・・・この犬種は正しく育成されれば素晴らしい犬種なんだけど、人が闘争心をすばやく引き起こし戦いには勝つ様に精鋭して作り続けてきているいわば格闘技向きの犬種である。

つまり飼育管理方法、トレーニング方法、を正しく出来ないような人が飼ったら笑える問題行動じゃすまなくなるようなことが起き易い訳だ。
言ってみれば闘犬等、格闘技の専門向きの犬ということになる。

まだ2歳にもならないこの若犬は、相手が人であろうと他の生き物であろうと見境をつけないで良くなるような飼育管理だったに違いない。

いくら闘犬でも見境なく人を襲うことはないからだ。

だいたい檻が壊れているのにも気がつかないような管理で、近所の人の仔犬などにも噛み付いていたというのだから、そういう事を問題だとも思わずに強い犬でかっこいいとでも思っていたんだろう。

マジ犬が迷惑!

土佐犬のイメージが悪くならないとよいなぁ・・・アメリカでもピットブルなどの飼育が一時禁止されたりしたことがあると聞いた。
人の都合で勝手に血統を固めて目的にあわせて作り変えていったのに、正しく飼いもしないですべてはやった犬のせいか・・・人間はあまりに利己的だ。

今回重い罪を課せられても仕方がない事件だと思う。

犬を飼う以上、人様に迷惑がかかるような行為(人を噛んだり、人が連れている犬や猫やその他小動物に襲い掛かるなど)をさせるようでは飼う資格はありません!ときっちり決っちゃえば良いのに・・・。

あ・・・真面目に反省して勉強しちゃんとやり直せると判断される人ならば犬を飼っても良いけどね・・・。
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2007.12.06 Thursday

犬と話そう!

犬は人の言葉が使えない。ダカラ何かを言いたそうにしているようだけど言っているとしてもよくわからない。

そんなことを良く聞く。

私にとっては不思議だなぁって思うことだけど、確かに自分だって犬から伝わってくる言葉に置き換えられる物事は日本語を使って話しているわけじゃないし、テレパシーみたいに言葉になって頭の中で囁いてくるわけでもない。

観察力の賜物というのか、要するにまだ話の出来ない赤ちゃんの母親と同じ感覚で、相手の表現、あるいはこちらの対応で反応した答えでコウいう事を伝えたがっているのだなと気がつくというものに過ぎない。

乳飲み子を抱えた母親やまだ言葉のおぼつかない幼児を抱えた母親に通訳されたことのある経験をもつ人は少なくないはずだ。
でも、そんな幼い子供と共に暮らし24時間の時間を濃密に過ごしているものならそれはたとえ母親でなくても子供たちの言葉は聞こえている。

人は赤ちゃんが泣いている時に【どうして泣くのかワカラナイ】とホッポリ出すことはしない。おなかがすいたんじゃないか?オムツが汚れていないか?暑いのか寒いのか?どこかが痒いのか?げっぷが出そうで苦しいのか?抱いて欲しいのか?眠りたいのに上手く寝いる事ができないのか?熱があるのか?

様々なことを考えてそのことに対しての対応を行動してみるだろう。

ミルクを上げてみたり、おしめを変えてみたり、温度を確認して着せているものの中に手を入れて体温を感じてみたり汗の量を触って見るだろう。
ある程度考えられることをこなすと、答えが合っていれば赤ん坊は泣き止んでくれる。その繰り返しの中でだんだん試す必要がなくなり赤ん坊の要求を泣き声の微妙な変化で察知できるようになるわけだ。

犬との付き合い方も同じである。
最初から歩み寄る姿勢もなく、相手から言葉がでてこないことを良いことに彼らの気持ちを踏みにじるような行為が続けば【信じて欲しい】【信頼されたい】【大好き!】といわれたいと願っても、まだ犬だから飼い主の寄生して生きているので仕方なく付き合ってくれるけれど、相手がひとり立ちしている人だったら一巻の終わりだ。(苦笑)

犬から出される信号(表現)をコウ言う事かな?というあてずっぽうから始めたっていい。
彼らの意図が私たち人間に通じれば彼らは喜ぶ(肯定)表現で伝えてくれる。

解らない解らないと決め付けないで自分だったらこの状況ならこういう意味を言うんじゃないかなって言う感覚で理解してみると良い。
違っていれば違ってるのにっていう態度をされるから答えがわかってくる。それに負けないでじゃぁコウいう事?と聴いていけば良い。

そのうち的に当たって犬からソウよ、ソウなのよと伝わって来る時がやってくるから。

そしてだんだん犬と話せるようになってくる(^_-)-☆
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2007.12.06 Thursday

伝え方と捉え方

<学習到達度調査>日本人の学力さらに低下?

こんなニュースが走った。去年も順位が下がってどうのこうのって言ってたなぁと思いながら、このニュースに関して偶々車でラジオを聴いた。

ニュースを読むと学んでいない事を要求されているのだから下がっても仕方が無いと書かれているけど、ラジオでは違う見解だった。

日本人は元々勤勉で努力家な種族なのだそうだ。でもココ数十年の飛躍的な社会変化で対応するべき部分が欠落するような変化がおきていると言っていた。

例えば数学などはゲーム感覚で数字を並べながら問題を解けてしまったりする事が非常に多く見えるのだそうだが、証明しなければならないような問題が解けなくなったりすると言っていた。何でも原因と結果の間にあるものを見つけられないとか言っていたような・・・?
また問題文自体の読解力がない場合には解けない様に作られている問題が苦手なのだそうだ。

それは・・・従来には極普通にあった人と人とのコミュニケーションから学ぶチャンスの少なさに原因があると解説者は語っていた。そして現代社会に蔓延っている便利になったもの達の利用によって大きく得るものがある変りに失っていくものがあるんだとも話していた。

確かにそうだなぁと思う。
読み書きそろばんと昔は良く言い、活字になった本を知識の吸収の為に読み漁ったと思うし、わからない単語は辞書を引いた。こうしてキーボードを叩いて書かれる文章ではなく自身の手で言葉を選び他に読む者に通じるように配慮し文章を考えて構成して自身の手で文字にして残してきた。言葉にして出てくるままに文章に変えて行くという作業も文字にして書くという作業が伴ってこそなのだそうだ。確かに・・・!

実際キーボードを叩いて書き残したものの記憶はあまり残らないけれど、ペンを使って紙に書いたものはどんなに時間が立っていても内容の大まかなことを覚えているものだ。。。
脳にインプットされる経緯が違うのか、記憶に残る作業は体を動かした方が伝わると言う事なのかと思う。体を動かすと言ってもキーボードを打つような単調な作業ではなく文字をペンで書くという難しい作業だからこそなんだろうなぁ。

相手の話している事を確実に聞き取り、解釈する能力はラジオの時代のほうが高かったかもしれない。

今は。。。便利な世の中になって人と人との付き合い方にも大きな変化が出てきた。あんまり考えなくても生きていけてしまう時代っていう感じである。

インターネット上で書き込みしあう間柄だったりしたらすぐに知り合いだと思い込むし、ざっくばらんにある程度を語り合えたらすぐに友達に昇格する。
私の思う知り合いって相手のことをある程度いろんな部分において知っている事を言う。でも・・・自分をさらけ出して無防備に付き合えない間柄っていう感じだと思っていた。
友達って言う以上はそこそこ長い付き合いがあってお互いに相手を尊重できて思いやりを持って対応できる間柄にまでなった相手を指している。

どちらの場合も実際に面識があるわけで会った事もない人を知り合いとか友人とか早々いえないんじゃないかって思うんだけどね。

言葉の意味が希薄になってきたし、そういう状況だから出会い系とか言うものでトラブルのおきやすくなるのかなぁとも考える。思い込みって言うか勘違いって言うか・・・

時代は確かに変っている。どんどん便利になって外に出なくても買い物はできるし、人と実際に声を交わして話さなくてもコミュニケーションが取れているような気にさえなっていく。そんな状況の中で勘違いが勘違いを産んで行くのは必然かもしれないなって思うのだ。

言葉の読解力・・・難しいけれど母国語で書かれているものならば理解できる様でありたいと願う。そして伝えたことが伝えたままその先に伝わって欲しい。それは文章だけではなく会話でも同じことだ。そう願うのは今の時代にはふさわしくないのだろうか?

改めて日本語を見直すいい機会だなぁって感じたニュースだった。
どんなに難しい物事でも、まずは伝えられている意味が理解できていなかったら解決は出来ない。文章になったものを読みこなす力や話している内容を理解する能力をもっと高くしていきたいなぁと痛感させてもらえて結構感謝しちゃったりね。(^^ゞ
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