2007.10.24 Wednesday

子犬の育て方の話その1

予防注射が終って、さてお外解禁。
念願だった愛犬とのお散歩デビュー!が・・・そう上手くは行かないんだなぁ・・・これが・・・(笑)

動かなくなる地蔵犬あり、挙動不審の最高潮っていう子犬もいる。ガタガタ震えちゃったり、地面に下ろしたら抱きついてきたり・・・犬を見たらとたんに吠えたっていう子も知っている。

ウ〜ンこんなはずじゃなかったんだよなぁ・・・って私だって最初の子犬育ての時はソウ思った。

なだめたりすかしたり、おだてたり、抱いたり、人によってはおやつは出るわ、おもちゃは出るわ(苦笑)ああだこうだと策を練ってようやく歩くことに成功する。勿論最初からイケイケゴ〜ゴ〜っていう子のほうがうちでは多いんだけど・・・固まられたことも何度もある。

ようやく歩いてくれるようになったその日から、我家はもう次のステップに入る。だって歩くんだから、もうその次に行っても良いはずでしょ?(^^ゞ

我家ではお散歩で歩くようになるとリードは引っ張らない(人間が)という約束を作る。
それは子犬の時からチョークを使う事で引っ張ったら首絞め状態にされてしまったり、そこまで行かなくても長い間圧力を掛けたままにしてしまうからだ。

引っ張られていること、首に圧力がかかっている事が平気になってしまうことは絶対に避けなければならない大きなテーマのひとつだ。

これは胴輪だともっとである。首が絞まらない分子犬の動きは自由に等しいからだ(^^ゞ

チョークリードの使い方がわかっていない人は合図を送ることが出来ずにぐいっと引き寄せてしまうからやっぱり首が絞まって、人の言葉なんか聞こえたりしなくなる。
合図はちょんちょんとするんだよと教えるととたんに引き寄せてしまうので、呼び戻すように言うんだけれど・・・。

胴輪の時は首が絞まらないんだから引っ張られても、自分の前になんか絶対に出させない。先に行ってしまうのなら立ち止まって呼び戻し、来たら歩く。来なけりゃ歩かないを決め込むことだ。

自分の横に来て歩くなら1歩だって10歩だって必ず上手だネェ〜って褒めて行く。横にいたら優しい声が聞こえ、先に行くと立ち止まられた上に呼ばれるのだから、子犬は徐々に横について歩くようになる。

ここら辺はかなり時間がかかっても良いことだ。だって一番肝心な事だから(笑)

リードを引っ張らないでお散歩させようって言うのは、犬を引き寄せないと言う事であって、犬が行きたい方向に紐が張ってしまうから付いていかなければならないと言う事ではない。

何もかもが新鮮で興味のある子犬に、「ねぇねぇ、こっちにおいでよ!』と呼び込んで自分の横に越させれば良いだけである。
来たら歩く、先に出てしまったら又呼んで横に来るまで子犬と見えない形で戦うわけだ。(^O^)/

この戦いに勝ってこそ(苦笑)飼い主の飼い主たる主導権を握れるのだが、大方はここら辺で言葉どおり、紐がピンとならないように子犬について歩いていくか、もしくは適度な張りの状態を続けてしまう事で、結局はお散歩係と子犬に決められてしまうんだろう。

3つ仔の魂百までというのは何も人間だけじゃなく、犬だって当てはまる。
1歳までに人の言葉を聞く意思を持ち、行動に移す犬におおよそなるとしたら、訓練の脚側行進などは出来ていなくても、飼い主のそばについて楽しいお散歩が出来る犬になっている。

他の犬や人に吠え掛かったり、知り合いの人が着たからと飛びついて行ったり、犬が行きたい方向にぐいぐいと引っ張って歩くとか、やたらめったらあちこちにマーキングなぞはしないでくれるわけだ。

ちいさな子犬の内には見えなかった問題が大きくなってくれば発覚するのは当然である。

子犬育ては1歳までが肝心。

毎日繰り返されるお散歩という決められて使われる時間の中に飼い主との関係を作る大切なものを、飼い主自身が気が着かない中でも繰り返されて習得させられているという現実である。これが間違っていればそれなりの答えを犬は返してくる。

『ねぇねぇココにおいでよ!』と声をかけたところで聞かない振りやら聞こえちゃいないってことになっているのはたぶん教える側に我慢が足りないんだろう(苦笑)
我家では人と一緒に歩くんだねと理解させるまでに何度家の門の前で行ったりきたりをくりかえしたか知れない子犬だっている。いつもの公園まで行くつくのにどれほどの時間を使ったか?
十数分付き合って家に入り、又しばらくして門の外に出て・・・暇人としかいえないような気長な時間をかけた子もいる。
でもそれが後から大きな答えになって帰ってくるのを知っているからあせったこともない。

大きくなって引っ張られているのに、良い感じに元気にお散歩してると錯覚したままでいたら、そのうちこちらがこうして欲しいという要望を出したところで、彼らからしたら毎日自分についてくるお散歩係の分際がなにやらしゃべっているようだが?くらいなものなんだろう。それじゃぁなぁ・・・私は犬と暮らしている楽しみが半減しちゃうなぁとおもう人間なのである。

犬に人サイドに都合よくしてもらうために必要な事柄は何も厳しく言いつけることとは限らない。如何に気分よく楽しく・・・それが意識的にではなくてもなぜかしら人間様の都合にあわさせられているって言うのが理想的なのだ。

子犬は可愛い、そしてとても単純である。
だからこそ、嬉しい思い、楽しい思いは大切なごほうびになる。基本的におやつを使わないでしつけている私はおやつの魔力に勝つ自信がないからだ。
我家のご褒美の代償行為はおやつ以外の彼らの望むことになっている。

撫ぜられる事が好きな仔(殆どがそうなのでかなり楽である)はイイコだネェ〜と言葉をかけながら撫ぜているし、時と場合によれば充分に遊んであげることも必要だろう。そのときにも物は使うことはない。
おやつもおもちゃも・・・

人を好きになって欲しい時期だから、あえて何かを教えている時におもちゃや食べ物を使わないで過ごすのだ。

あの小さな頭で語りかけられてくる自分たちの種族とは違った言語の意味を彼らは正しく伝えられればおおよその行動に繋げられるように理解できる。

でもそれはひとえに飼い主サイドの問題で、教えなければならない症候群に陥った人ほど上手くいかなくなるのかもしれないなぁと思う。

手っ取り早くおやつはおもちゃを使っていろんな事ができるおりこうさんに仕立てたつもりが、ゆっくりのんびりたくさん抱きしめてあえて代償を物や食べ物にしないまま仕立てた子のほうがずっと人が好きで注目し、集中力が持続する子になった。

犬育てにはコツって言う奴があるけれど、基本は犬に何を求めるのかと言う事に尽きる。
私の場合、犬に頼られる存在でいなければならないと思っているし、そうして上げる事で彼らの精神を安定させ、守られている実感を持たせ、信頼されている存在になれるのだと思う。
お手伝いさんやお散歩係やご飯の調達係に格下げされたくはない。

犬にリーダーは必要だ。でもその前に私は彼らの母親である。
だから彼らには私の子供であって欲しいと願う。
ある意味では親は子供のリーダーであるだろうしね(^^ゞ

ある一定の自由を与える為にルールを作り、それを守らせなければならないのだから、長い時間を幸せに暮らすためにも私の言葉を理解できる子に育てるのだ。
生まれてきたそのときから子育ては始まっている。命を託されたその日から立ち止まる時間はない。日々の成長に合わせてどんどん次のステップに正しく進ませなければいつまで立っても暴君の子犬のままだろう。

ゆっくりのんびり寛容な心で・・・でも確実に進歩させて行く。
子犬は毎日成長し学び続けていくのだから・・・
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