2007.04.08 Sunday

平等と特別。

多数の犬たちに関わることの中で平等と言うものがある。それとは別に特別って言うのもある。

うちでは犬たちは生活する中の殆どを平等にして生きている。
愛される権利はこの子が一番可愛いとかいう理由で順番が合ったりする事はない。なんの役に立っていないように見える子だって我家ではかけがえのない子たちである。

活躍してくれるからとか子犬を産んでくれるから他の犬よりも大切にしているなどと言う事はない。でも一般的にはソウ見る人もいることも知っている。
連れて出歩く子は大切で、ソウじゃない子だから家に置いていくんだろうといわれた事がある。ソウミエテイルノカ・・・

どんなに平等を唱えても、彼らの年齢の違いとか理解している物事の違いとか、生まれ持った体つきの違いとか、体質とか性別とかそういうもので平等にしたくてもできないことは多い。

ご飯の回数や教えられる物事の違いや方法の違い、体を洗う回数の違いや抱かれる回数や外に出られる回数の違いや食べられるものの種類は全てがまったく同じにできるはずはない。

私はこのどうしても同じにはできないことを平等の中の特別と言っている。

ジェニーが毎日打たれている皮下点滴も特別のひとつだ(笑)おいしそうって元気な子はもらえないマリンの治療食も特別だし、一生懸命勉強してできるようになったアジリティーの為にお休みの日に遠出に連れて行ってもらえるサンダーも特別だ。


多頭数と暮らすとき、この平等の中の特別がない間柄は一番不幸だと思っている。どの子も同じように生きている。
同じ朝日を見て日の光を浴び、気温を感じ食事をして遊び寝て飼い主の心を和ませ、愛されている。

生まれたばかりの子犬もいれば、いつ死んでしまうのかわからない重病の犬とも暮らし、年を取ってボケてしまった老犬とも暮らし、若く輝く時期を満喫していけるように多くの物事を教え競技会場に足を運ぶ犬たちもいる。

どの子もみな同じ時間を同じように暮らせるのかといったら暮らせるはずはない。何かを学ぶ子もいればストレスを回避しなければならない子もいる。褒められる子もいれば叱られる子もいる。

そのなかで1頭1頭と向き合って、その犬が持つものをどうやって引き出していくのか?その子が光り輝く為に自分は何を出来るのか?どうやって少しでも褒めてあげられるように仕向けていくのか?その子が痛みや苦しみにさいなまれないように何を努力・工夫したらいいのか?人と暮らす中で何を教え何を伝えなければならないのか?・・・

ソウ言う事はみな平等である。

競技会に行きたくても具合が悪くて自分が傍にいないと犬が不安がるのなら私は傍にいるほうを選ぶ。
何事もなく家族に頼んでも問題が起きないのなら輝けるはずの犬を輝かしてやりたいから出かけていく。

こういうことは特別にはいるんだろう。

何もかもを平等にできる事はありえない。犬にも人にも出来ることと出来ないことはあるんだからそのなかでできることを最大限に引き出して生きていたいと思う。

平等って言う言葉や差別って言う言葉は意味の深い言葉だ。
性の違い、年齢の違い、性格や性質の違い、体質の違い、種類の違い・・・何でも違いがある。
その違いを受け入れた中で何が一番必要なのか見つけ出すことと差がないようにしてあげることは難しいのかもしれない。
でも・・・そのことを踏まえて相手を見れるようになり、差を作ることはきっといい結果に繋がるだろう。

だから我家はいつでも平等の中に特別を作っている。それでこの15年・・・結果は悪くはでてはいない。。。多頭飼いの秘訣って奴かもしれない(笑)
にほんブログ村 犬ブログ シェルティーへ 人気blogランキングへ ブログランキング参加中 ぽちっとよろしく♪
1/1