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2007.04.11 Wednesday

点と線

いつごろからしつけやトレーニングを始めると良いですかと聞かれることは多い。

自慢じゃないがサイトの中でもたびたび書いているけどうちは大人になるまで(約1歳半から2歳)世間で言われる犬に教える形的(トレーニング)なことは教えないで暮らしている。

こういう子に育てたいという願いを込めてけじめをつけながらいつか太〜い、切っても切れない見えないリードで繋がる為に子犬に負担がかからない程度にじわりじわりと彼らの脳にポイントとして点を打つ作業は怠らないが・・・




何度も書いてしまって苦笑いしか出てこないが、何かをしようという目的の為に教える作業の種まきを子犬時代に培うだけであって、マァ言ってみれば1歳半から2歳くらいまでにはようやく芽がでてきたかなぁって言う時期じゃないかって思っている。つまり・・・畑で言うなら耕して肥やしを撒いて良い土壌を作ってようやく種まきをする場所に穴を開けるくらいが半年あたりまでの子犬じゃないかって思う。
この半年を過ぎて1歳半から2歳くらいまでに撒いた種が元気良く芽を出すように水遣りを忘れずに雑草を引き抜き、さんさんとした日の光にあて、嵐や竜巻に畑ごと壊されないように守り通すのだと考えている。

可愛い可愛いおりこうさんだねと育てていく。それは母親から離れたとしても極わずかな時間の流れの間だ。2ヶ月から6ヶ月くらいまでの間の立った4ヶ月間である。

『イイコだね』『やめなさい』の二つのけじめをつけて後はひたすら褒められるような状況を故意に作って飼い主が子犬にとってどれほど優しく温かく、また危険なことに対してははるかに厳しく毅然とした態度を持ち、、多くの他愛のない事柄には素晴らしく寛大で頼れる存在であるかを刷り込む時期だと思うからだ。

これさえ怠らなかったら、後は日々の生活の中でその時々にあわせて多くの事柄を子犬に申し伝えていく作業を続けて行っていれば、それは彼らの幼い脳の中に小さな点となって残っていく。
つまり半年くらいまでの子犬に適度な間隔を持った点を如何に多く散らばせられるかってことだろう。

半年を過ぎて体も心も発達が完了し大人になる頃には散らばせた点と点が飼い主からのたゆまぬ努力によって少しづつ繋がり始めていくのだ。
そしてそれはある日何かを伝えなければならなくなった時に、脳に忍ばせた点があることで一気に繋がり始めると思いもかけず理想に近づいてくる。

こうして欲しいんだよという事を犬が理解してくれることほど、育てた飼い主にとって誇らしいものはないだろう。

私は子犬の早期教育はあんまり推奨してはいない。但しけじめだけはつけておきなさいといっている。YESとNOの違いだけはっきりさせてあれば多くの問題だと思われる事柄は回避できるし、YESを増やせるように仕組んでやることによって飼い主は子犬の母親になりきれるだろう。

子犬の母親は極幼い子犬に獲物の取り方なんか教えたりはしないし、子犬が危険な目に会いそうになったら身を持って守ろうとする。恐い音やアクションはは母親自体が危険だと恐がって見せているし、なんでもないものは子犬が右往左往しようがおかまいなしに平然としている。
子犬は目を見開いてそれを自分の経験として取り込みながら育っていく。

人が関わるようにここでおしっこをしてしまったら外敵が着て食べられちゃうわと場所についてで怒ったりしないで無防備な時期にはひたすら臭いが残らないように舐め取ってしまう。備わった本能と母親から与えられる身をもったその時々にあわせた教育は子犬を正しく大人にしていくのだと思う。

母犬が子犬に残す点と線だけでは実は人と暮らすのにはかなり数が足りないのである。人と暮らす犬たちには多くの制限があり守れた子が良い子と評価されるからだ。

それぞれの過程でそれぞれに必要な点を子犬の脳に残す作業はおうちに行ってからの数ヶ月が一番簡単で楽に出来ることだろう。
点を打ちすぎて繋げ方がおかしくならないように伸びやかに育てながらのほうが実は大人になった時に楽なんですよという提案はまだ今の時代には受け入れられないのかもしれないが、そのうちに海外からの情報として(笑)犬と暮らすことに対しての先進国から伝わってくるだろうって信じている。

最近は犬の教育に熱心すぎて点をやたらに打ちすぎたり、最初からつながっている大きな点と太い線を幾つも入れてしまう事が多いよなぁと思っている。
これが邪魔をして他の点と点が綺麗に全て繋がらない犬も多い。

犬の一生は短いからこそ若いときの時間を有効に使い、理解できる時期になったら短時間で点と点をつなげる作業に移る事が飼い主には一番楽な方法なのになぁと考えているんだけどね・・・


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Comments

点と線…面白く読ませてもらいました(^−^)
雷とジェットと、少しずつちがう育て方(現在も進行形)をしてみて思うことですが、
線を引く作業……線を引いてる本人はそれが線だと信じて引いてるんだけど(苦笑)、地面がでこぼこだったりすると設計図どおりに線が引けないわけです。でも引いてる最中はそれがわからない。「できた」と思って少し離れてそれを見てみると、立方体を作ったつもりが、線がぶれてつながらなかったり……ああ、自作家具とかのほうがイメージに近いかな。棚が歪んだり、ふたの閉まらない箱とか、座れない椅子ができちゃう、みたいな?
定規を使って紙の上に線を引こうとしても曲がっちゃうことってあるじゃないですか(自分が不器用なだけ?)。
面倒くさがらずに点を等間隔とかで書き留めてから一気に線を引けばちゃんと書けるのにな……ってことありません?
今回の話はそんなかんじがしました。

点が集まって線になって、線がくるりと面を描く。。。そんな風にできたらいいなぁ。
わぁ〜い\(^o^)/ ミニ討論会?!

MAGICさんの伝えたいことは、私にはよ〜く解るのですが、多分空さんみたいな風に考える人もいるのでは?と思ったのです。

表現するという事は難しい事で、
私が理論と書いた表現の方法は。。。

例えば 「A因子が B因子に作用して 結果 C因子になりました(なります)」などと言う、学術論文的な表現のことを言ったのです。

それを、平たく言ったり、柔らかく言えば、MAGIC流っだったり、自分流です ってことかな?

理論を知って、それをどう解釈して、どう試していくか?
若しくは、こんなことをやってみて、こう理解していくと、こういう理論だった。

どちらが先か人それぞれ違うと思うけど、
犬を育てるのにはどうでも結果が良ければ良いじゃない〜と思ったりもすることもあるのです。ヾ(^_^; オイオイ…

次期子犬?
チョー欲しい!!
あ〜悩んでいます(爆
空さん、お久し振りです(^_-)-☆

『マジックさんの言う「トレーニングはしない」という言葉と、その言葉を額面通り受け取って野放図に好き勝手にさせて育てるという行為が全く異なることは、このブログだけでなくマジックさんとお話させて頂いてすぐに理解出来ます。』

ソウです。その通りです。ご理解感謝します<m(__)m>


私はここで書いた内容ではきっと皆さんが頑張っている子犬に向けての『トレーニング・しつけ』という言葉自体を『育てる』という言い方に置き換えているのかもしれませんね。子犬を迎え入れたその日から全ては始まっているわけですから・・・サイトの中にも書いていますし(笑)それ自体が変化してるわけではないんです。

家庭それぞれのルールを教える作業自体が点を打つ作業と同じだと捉えています。その殆どは我家ではYESとNOだけで教えられる簡単な作業ですが。。。癖で比喩的に書いてるかもしれません(^^ゞ

毎日の生活の中で学ぶ多くの事柄は犬の頭のなかに一つ一つのポイントとして残って行きますといいたかったんです。一度で覚えてしまうこともあるし、数回くり返さないと覚えにくいものもあるし、何回繰り返しても的がずれていれば思ったように覚えてくれないこともその子によっては現れてくるはずです。

そのポイントをたくさん作ってある事で、ある時期(我家の場合には1歳から2歳の間あたり)を越えたあたりに自分が起こすきっかけによって予想している以上においた点と点が一気に様々な方向に繋がっていく事がありますよと伝えたいわけです。自然と繋がるのではないんだけれど、つなげたつもりじゃない方向にも繋がっていくっていうのかしら?

なので小さいころにとってもおりこうさんに(例えば競技会に出るような科目ができるとか)仕立て上げようと頑張り過ぎなくてもポイントを抑えていれば大丈夫ですよって感じかな?(これだと余計に混乱しちゃう?後からつなげる事のほうが重要って言うのかなぁ?)

あくまでも理想論ですが、犬とは気持ちが通じ合える間柄になりたいと思っています。それは私の方からの一方的なものではなく相手からのものも理解できるようでありたいのです。

その理想はたぶん自分に取って犬は子供と変わりのないものなので、こちらの言う事を理解して貰いたいですが、何でも思ったとおりに動いてくれる器械(ロボット)のようなものを求めているのではないのだろうと思います。

都合のいい考え方かもしれませんが、私はときと場合によって変化を起こせるように自ら考えられる犬を理想と考えているんでしょう。

例えば『待て』という命令を完璧に理解した犬がいたとします。どんな誘惑にも負けずに確実にマテがこなせるように仕上げられたと仮定します。

その犬に『待て』の命令を出した後、自分が犬の目の前で暴漢に襲われた場合にその犬に何を求めるかと言う事です。

飼い主の緊急事態発生の時でもそれが命令を反故にさせようとする誘惑の一つであるから動かずにいるという理解しか出来ない犬よりも・・・

私の場合は出された命令を反故にしても飼い主を守ろうと本来なら許されない威嚇行動を暴漢に取ってくれたほうが、自分が出した命令を守っていないという現実があっても理想の犬だと思ってしまう人間だからかもしれません。

そういう犬と暮らしたいから、そういう犬を育てたいから日夜、犬達のやることをへぇ〜と観察して犬ってこんな風に考えているのかとかこういう解釈するんだねとか楽しんでいるんでしょう。
何せ理想像は『名犬ラッシー』の世代の人間ですし、ラッシーはフィクションですが、実際に匹敵するような犬達の実話も多いですしね・・・(^^ゞ

子犬が幼いうちに行くパピー教室もある程度の事柄を教える為に行くしつけ教室も犬を飼う人たちにはとっても必要なことだと思います。出来たら全ての人に学びにいって欲しいと思っています。
でも育児書と同じでマニュアルに従っていても思ったような結果が出ないことのほうが多いなというのが実感です。

ですので、形の教え方や犬の扱い方(動かし方、言う事の聞かせ方)を学ぶと言う事よりも、まず犬の気持ちの捉え方や行動学的なことを学べるのならそれは素晴らしいことで、最高だと思います!

それが出来たら犬たちはトレーニングという訓練を自ら望むでしょうし、間違っても命令を出されて尻尾が又の間に入ったまま行動するようなことにはならないはずだし、人の顔色を伺ったり、餌欲しさに何でもやるような犬にはならないはずだからです。

犬を楽しませて教えられてこそトレーニングの意味があるのではないかと考えています。How−Toがあるとかないとかよりもまず自分の犬が何をどんな風に考えているんだろうとか、こう言う事を要求しているのダナとか、こんな風に伝えれば理解できるんだなとかを観察しながら育てて行く時期が子犬の時期だと思いますよという意味ですね。犬を育てながら自分もまた成長していくわけですから。


犬は見た目よりも最初の一年はずっと頭の中身が幼いのでどうしても人は先走る傾向が強い気がしています。
最近はあまりやっていませんがオフ会が頻繁なときには成長途中の子犬たちを実際に外でいろんな表現をする時期に見せてもらう事が多かったです。

殆どの場合、渡してから一年以内の場合、我家に残した子犬たちの兄弟のほうがうちにいる子よりずっと物事の出来は良くおりこうさんです。おいでも出来るし、お座りとかふせとか脚側とかも出来ちゃう子がいっぱいいます。
でもその1年後・2年後に又同じ犬たちとであった時にあれ?っと思うんですよね。
たくさんの良くできる事があるのにまるで穴の開いたドーナツみたいな感じというんでしょうか?
それが何故そうなるのか?長い間不思議だなぁと思っていたことだったんです。

それで自分は子犬の時期にはこういう風にして点を打つ作業をしてるんだなと書いたわけです。
早期教育をして失敗した子もいますし(苦笑)野放図に育てていた子のほうがずっと後から楽に思ったような仔になって行くことの方が多いのはこう言う事を教えようともがく時期にも関係があるのかもしれないから、書き残しておこうかなっていう感じです。

MAGIC流といわれればソウでしょうし、一概に良い方法論だとはいえないとも思います。
こんな犬に成長しましたという答えがその家のやり方それぞれで正解であり、あくまでも私はこうしているよと言う事なのですね(^_-)-☆こうするべきだとかこうしなければならないとかじゃないんです。

私の場合何頭育てても毎回初心者で、その仔その仔がみな違うので日々悪戦苦闘しています。
数年後にその犬たちが返してくれる答えが楽しみでこの子とはこんな風にやっていこうと頑張っている次第です。

犬の育て方は千差万別。方法論も星の数ほどあるわけです。その中で自分がやりやすく理解しやすい方法を選ぶ事が一番だと思います。教室に通うことも通わないことも、アドバイスを出してくれる人に助言を求めることも、共感した方法論を会得していくことも犬を飼った人が選択肢を持っているわけですから、共感していないものを受け入れる必要はないとおもいますし、選択したものが後から間違っていたかもしれないと思うことも有りだと思います(笑)私なんか間違えちゃったぁって言う事のほうがずっと多いですから(笑)

犬飼い人のそれぞれが理想と思う形態は違うのですからどの方法論が正しいと決める事はできません。掲げた理想が似た者同士が同じような方法論を好むという傾向はあると思いますが(笑)
私のやっている方法で頑張っている人もいます。結果が出始めれば小難しく言ってるけど、こう言う事かぁ〜なぁ〜んだって笑っちゃう事が多いようです。

何より自分と暮らす犬が自分の理想に近づいてくれる事が一番の楽しみで喜びだと思うのでそれぞれに選んだ方法論は違ってもお互い頑張りましょう!と応援しあいたいものです。
長くなってしまいました(笑)
上手く伝えられるかな。自信ないのですが。

マジックさんの言う「トレーニングはしない」という言葉と、その言葉を額面通り受け取って野放図に好き勝手にさせて育てるという行為が全く異なることは、このブログだけでなくマジックさんとお話させて頂いてすぐに理解出来ます。
そのことを踏まえた上で。。。

いつからしつけやトレーニングを始めたら?って事なのですが。。。
自分は、わが家へワンちゃんがわが家に来た時からだと思うのです。
先ず、この家にはルールがあるって事を覚えてもらうことから始めて、トイレの場所を覚えてもらったり、これは「電気コード」ッてモノで噛んだら大変だよっていうことを覚えてもらって、お散歩の時に、好き勝手に歩くと自動車ッてモノに大変な目に合わされるぞとか。。

そして、そういうことを「伝える」行為、その伝えられた情報をワンが「受け止める」そういうコミュニケーションそのものも「トレーニング」ナノではないかなと思うのです。

マジックさんの言う「脳にポイントを打つ作業」と、世間一般で言う「トレーニング」という言葉というか内容には大きな乖離があるのかもしれません。なので、「いつからトレーニング」という質問が出てくるのだと思うのです。でも、本質的な部分は同じなんじゃないでしょうか?

一生かけてもほんの数匹しか一緒に暮らす経験しか出来ないごく普通の飼い主の場合、ワンに、飼い主の気持ちや願い要求などの「伝え方」を、「飼い主が覚える行為」が、ワンコトレーニングのかなり重要な部分だと思うのです。

で、その行為はワンが来た時から始ると自分は思うのです。
そして、ワンが来たその日からはじまる「ワンとのコミュニケーション」こそ、マジックさんのおっしゃる「釘を打つ行為」と繋がるのではないかと思うのですが如何でしょ。。

で、そういうワンとのコミュニケーションのスキルを「飼い主」が覚える場所としての機能も躾け教室にはあるように思います。
マジックさんのようにそういうスキルを身に付けた方には不必要な「飼い主が覚える」場所としての躾け教室利用は、ワンコの割と幼い時期からでもアリなんじゃないかなと思うのですが。。。
む・むずかしい???(アッハッハ(^O^)/)長々書きながら自分でもわかるかなぁとか思いつつ(笑)
論じると本当は簡単なことなんだろうけど小難しくなっちゃうのかもね(笑)

でも書いておく作業は今の時点では犬達から学んだことのひとつとして残しておきたいなって言う事だったりして(笑)

ただ一言でとにかく飼い主さんが大好きな子に育てましょうよ!と言っていてもなかなか伝わっていかないのが現状といえば、現状だと思うんだわ。

良い仔にしたいばかりに子犬をおおらかに育て、考える子にさせない傾向がちょっと悲しいなと思うんだ。

人も犬も子供時代を伸びやかに楽しいことをたくさん知って育っていくと曲がらないんじゃないかなぁって思うんだ。
その上にけじめがあれば最初こそそのストレスは克服していかなければならないだろうけど徐々にストレス自体に強い子に育っていくと思うのよ。

子犬のときはあんまり窮屈にしないでのびのびさせてねっていいたのかもしれないわ(笑)それがどうしてなのかって書きたかったんだけどさ・・・。

理論は後からついてくるもの・・・ソウだよね・・・私もいろんなことを言っているけどどこかで教えられたこととか調べたことじゃないものって多いと思う。

それって犬たちが表現し犬たちから教えられたものだからなのかもしれない。
いつかきちんとした方法論に文章で伝えられるようになったら、それってすごいのにね(苦笑)
文才もないのでいつか自分の考え方や教え方とぴったりあった学者さんでも出現してくれたら嬉しいんだけど、まったく同じ条件で同じような頭数と暮らす人がいればの話だもの、難しいわネェ・・・

私も日々今の若者たちと自分なりの点と点をつなげ、それが全部繋がった時の感動を楽しみに日々精進しております(笑)
お互い頑張りましょう!で・・4頭目はいつ?(^_-)-☆
この文章を読んで、内容が解る人がいるのか?!
と、、ちょっとご意見させてもらいたくなりそうな、MAGIC流。。ですね。。o(^o^)o

ドックトレーニングが流行って、理論が横行する中。
本質を忘れそうになる今日この頃です。

。。。そんな日常の中、私の胸の奥で警鐘が鳴る時があります。。。

その警鐘は私の本能のようなもので、言葉で説明できない感覚的なものだけど、
今まであまり間違うこともなく(遠回りだという事はありましたが・・・)私を導いてきてくれているようです。

普通、理論(理屈)は、後から付けるもの。
でも、理論(理屈)に当てはまらないことがいかに多いかが、犬達と過ごすという事ではっきりしてきます。

わたしも、とっぷが大人になってきて解る事、3匹だから起こる変化ある毎日が、楽しくてしょうがありません。
私の子供が3匹になった時から、まるで新米飼い主のように楽しいのです。

MAGICさんの点の話から大分それましたが、犬達の点がつながるように、私の中の点も日々つながって行きます。

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