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2009.01.15 Thursday

マオちゃんの二回目の予防注射。

遅れて打ったので遅くなってしまったマオの二回目の予防注射を打ってきた。
今回は一人なのでジャンパーの中に抱っこして車で病院へ向かう。

キースと違って前回吐きはしなかったけど、車のドアを閉めるたびにびくびくしていたからいやなイメージ残ってるんだろうなぁと思いつつエンジンをかけたら、やっぱり暴れ出した。「大丈夫、抱っこしてるからね」となだめて車を動かすとバタバタしていたのをやめて今度はブルブルが始まった。


犬は・・・なぜ車が動くのか、変な音やにおいがするのか、目の前の景色が速い速度で流れるのか、周りに大きな鉄の塊が動き回っているのか、その物体が大きな音を出しくさい臭いを振りまいてくるのか・・・そのそばに自分がさらされている必要がある意味が理解できない。

だから怖がるのは当然のことだ。怖がらないほうが危機意識が足りなくて問題なんじゃないかって思ったりする。人が育てるには最初から怖がらないほうがずっと楽だろうけど、結局一緒に暮らすうちに怖がる必要がないと理解させてしまえばこのタイプのほうが覚えも早いし、頭の回転が良く、素晴らしい犬になる。

日に当たり体もポカポカし始めて、環状七号線を曲がる頃には心拍数も普通になった。おうちの中で元気いっぱいに過ごしながら、私に抱かれるという経験を何回も続け、最初こそいやだいやだと暴れていても条件によっては下してもらえずに拘束されることもあることを学びながら育ててきたからこそ、「大丈夫!」の意味を理解し、暴れなくても安心することを知って育った結果だ。


そうじゃなかったら心拍数は上がる一方で、パニックになってしまい言葉なんか聞こえることもなくなり、動けない恐怖は増大し、言葉の意味なんかもっと理解できないだろう。大暴れするのがおちである。

仔犬が人間を信頼するように育てられるかどうかは、ひとえに毎日の暮らしの中でしか教えることはできない。毎日の生活の中にある自然体の繰り返しだからこそ、無理がかからずすんなりとゆっくりとではあっても受け入れられるのだろうと思う。

その時間をとらなかったら仔犬のうちから理解を求めることはとても難しいし、会話が通じる犬を育てることは最も難しい作業にしかならないと思う。持って生まれた性質や経験から学んでしまった多くの事柄を人と暮すことで良い方向に向きを変えるのは育てる人間にしかできないことだ。

今、我が家の仔犬たちは人と暮すためのルールを少しづつ学びながら育っている。ただの暴徒だった仔犬たちが少しづつでも頭に光がさし、人にとって良いパートナーに変化していく様を楽しみのが好きな人にのみ与えられる喜びを今日もまた感じている。

病院で順番を待つ間に床に下ろすと亀のようにへばりついた。「マオちゃん、こわいね、じゃぁ抱っこしてあげるよ。」またジャンパーの中にマオを入れ、カンガルーの親子のような体裁で診察室に入る。体重を測るために入ったばかりの安全地帯から出され、体重測定。3・3キロ。あと1週間で3カ月だから、ちょうどいいかなと先生と話す。

なんか骨量少ない気がするからあんまり大きくならないんじゃないかなって思うのよねと言いながらスタンディングポーズに立たせて「マオちゃんカッコイイ〜」と褒めつつ、注射するときには肩に抱いてずっと話しかけながら気をそらして注射完了。ぴくりともせず痛みに気を取られなかったので自分に合格をだした。

私は仔犬に注射等をする際に痛みを感じさせないようにできるだけ気をそらさせて対応するようにしてきた。それはこれからもお世話になるだろう獣医さんにいやなイメージをつけないための対策であり、自分ができることの一つだ。仔犬が暴れたり怖がり過ぎたりしてしまったらその時は不合格。あくまでも自分の行動について評価する。

仔犬は注射される意味も必要性もわからないのだから不安だし怖いにきまっているのだ。だからその気持ちを回避してやれる自分にできることがあるのにそれがうまくできなかったら不合格をつける。そしてそのつけてしまった気持ちを解消してやることをその後考えてまた次の行動に移していく。

一見何でもない予防注射を打ちに行くだけの行為だって仔犬にとってその後に関わる重要なポイントゾーンであることを知っているからだ。だからうちの犬たちは獣医さんで手に負えない状態になったことがない。大好きですとは言わないけれど、私が一緒にいれば粛々と静かにしていられるのはこんなつまらない作業の繰り返しによって重ねてきた「信頼」に他ならないと思う。

いつだったか、JAHDに提出するレントゲンを撮る際にも、麻酔なしで動かずに「待て」で撮影できることを褒めていただけた。シェルティーは怖がって動くのでなかなかうまくいかないことが多いそうだ。レントゲン撮影の際は飼い主はほぼ一緒にそのそばにいることはできない。つまりは離れる前に言って聞かせておくことで犬が理解してくれなければ難しい作業になる。ただとればいいものとは違い正確に写さなければならないものだからこそだ。

イヌにとって良い印象のあるはずのない獣医さんがいくらコマンドを使っても、恐怖ですくんでしまう犬以外は聞く意思を持たないことが多い。無理やり押さえつけたってじっとはしないわけで撮影は大変なことになる。最悪はまともにとれない(苦笑)

動かなければできるものが動くことで麻酔をかけなければならないリスクを避けるためにイヌに教えることは自分にとってではなく犬のために必要なことだと思っている。

たかが予防注射1本打ちに行くだけでも、仔犬が学ぶことはたくさんある。そしてその手助けを自分が何ができるのかを楽しめればその数が限りなく増えるだろう。

マオちゃんはいい子に注射が打てたし、怖い車にもまた乗るんだからってご褒美にサンドイッチのかけらをもらえた。車にエンジンをかけた後ひとかけずつ食べさせる。家から乗った時とは違い落ち着きが出る。食べてみようかなって、前回は食べられなかったのに成長したね。

その後またカンガルーになって家路に戻る中、マオは私の腕に顔を載せて眠りについた。ごくろうさまマオちゃん。
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