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2007.12.13 Thursday

楽しい食事

犬にご飯をあげるときの話。

我家は老犬たちが1階にいて、その子たちにはケージは置いていない。
人様が着ているときでもタマ〜に良く知った人だったときにはある程度の時間が過ぎた場合には「悪いんだけどご飯にしちゃってもよいかな?」と了解を得て犬達のご飯を食べさせる時がある。

現在7頭の子がいるわけだが、コタツの上で入れ物に分量を配り「はい○○ちゃん」と1頭ずつ名前を呼んで配っていく。
早く食べちゃう子もいるし、ミールやMARINのように数分かかって食べ終える子もいる。

でも誰もけんかしないし、横取りもない。こぼれたご飯を拾って落ちちゃったねと入れ物に手を入れても、体を触っても、尻尾を振ったりしながら食べてくれる。
「おいしぃ〜?」「こっちも食べなね」「いいねぇ〜」とそれぞれに声をかけながら食べる様子を眺めている。

この習慣は我家で生まれた子犬達は離乳食の時から始まる。3ヶ月から4ヶ月くらいまではケージに入れないでほかの子と一緒に取り合いをしたり横取りをしたりしないように観察しながら、もしまずい行動があったら逐一問題の行動を制限しているわけだ。
子供時代からある程度の大きさになってケージのなかでもおとなしくで食べられるようになったあと、時と場合によって大勢で同じ空間で同じ平面で食事をさせることもあるわけで・・・

もし誰かが残したりしても私の許可が無いと勝手に食べたりはさせない。それが私とのルールだから。

犬は自然のままに食事をさせれば弱肉強食の世界に生きるものだから、力の強いものがより多くのおいしいものを食べられるという原則を持っている。
だから群れのリーダーが一番最初に獲物に口をつけ堪能するまでその下の地位の者たちは食べることが出来ないのだ。
でも、リーダーがある程度食べればほかのものも食べ始めることが出来る。そこから先は微妙な地位の上下は確立されているわけではなく、いつも相手をけん制しながら隙をうかがい、威嚇しつつ相手がひるんだ好きにすばやくおいしいものをゲットするという法則なのだ。

ソウじゃなければ1頭が食べ終わったら次のものがという様に順番に食べ終わるまで待つって言う習慣があるはずなのだから(笑)
残念なことにそんな習慣は最初からは持っていない((+_+))

でも・・・いくら本能とはいえ人と暮らす犬達にこの犬のルールを持ち込まれたらたまらない。1頭で飼っていても威嚇行動を飼い主に表すきっかけをつくってしまうからだ。もし飼い主が犬の威嚇に負けてしまったら目も当てられない。リーダーの座を明け渡すようなものになる。

そのために多くの躾けモノのHow-Toには犬と一緒に食事をしてはならないとか、食事の入れ物を渡した後はそっとして置くようにとか、触らないようにとかケージの中なので食事をさせると良いなぁんて書いてあるものが多い。噛まれたら大変だからネェ・・・。

でも・・・犬にとって食事を与えられると言う事は人に寄生しているという事実以外の何物でもない。


だから幼い時から食事は充分に与えられ決して取上げられたりするものではないと言う事と、何より食事を与えてくれるのは飼い主である事を認識させて育てたほうが得策である。

リーダーの条件の一つには群れに充分な食物を得る能力を持っていると言う事がある。形は違えど飼い主が犬に食事を渡す作業はその条件を満たすものなんだと思う。

が・・・渡した後の所有権は誰にあるのかが問題なのだ。
私は食べ物に対して強制することは好まないが、我が家にある全ての食べ物の所有権は放棄しないことにしている。

だからどんな状況でも犬たちから食べている途中でも食事を取り上げることができるようでなければならないわけだ。でも・・・犬達を試すように毎度でもタマにでも(笑)食事を取り上げてみるようなことをしていたら信頼なんかされるわけもないだろう。

だからこそ・・・幼い時期から取上げたりすることもない変わりに彼らの食事の時間に付き合い一緒に食べているような錯覚を起こさせる。穏やかに声をかけたり、物足りなさそうな仔には少々足してあげてみたり、入れ物から与えるのではなく入れ物の中から掴み取った食べ物を自らの手から与えたり、彼らの食べるものを飼い主が触ることに恐怖心や執着心をなくさせる努力をし続けるわけだ。

犬は群れ属。みんなで一緒に行動することを望んでいる。
食事も同じように考えて犬だけで食べるようなことがない形を取り入れる事が重要だと思う。

人がそばにいて、話しかけたり食事の入れ物に触っても犬に取って不都合が起きない条件を伝えて、逆に彼らに人が側にいる事が都合の良い条件になるように行動をしてやることが大切だ。
あえて言えば犬を家族だという思いがあるのなら、自分が人間の家族とどんな風に食事をしている時が楽しく、おいしく良い気分で食べられるかって言う事と同じに考えればいい。

マァ・・今の時代は人様の子供でも家族団らん水入らずで楽しく食事をする風景も減ってしまっている。

朝ごはんを家族が一緒に食べる習慣の家庭はどれほどあるだろうか?
昼は別にしても夕飯は?
子供が小さい時にはがんばって続けている習慣も大きくなった事で塾やら友人との遊びやらで、子供ですら親と一緒に食事をしない時代になっている。

また食事の時間は同じでも食卓にはテレビが大活躍で釘付けになってモクモクと食べている風景もあるし、各自が携帯電話を持っていてご飯を食べながらそれぞれにメールの確認作業〜なんって言うのもあるらしい(笑)これは団欒じゃないよね・・・。

団欒って集まって車座に座るという意味だけど車座って言う所が味噌である。一緒にいるだけを言ってるんじゃない。集まった人々がお互いの意思の疎通を測る為にわざわざ丸くなって座るのだ。
お互いの意思の疎通って言うのがやっぱり味噌でしょ?

離れた場所にいたり話の輪に入っていかなければ団欒になりにくい。

だから犬も一緒なわけで(笑)

我家なんかは過保護の象徴みたいな家で溺愛飼い主丸出しなので、ヨーグルトやゼリーなんかは入れ物に入れてあげたりする事はまずないんだなぁ・・・

皆さん、スプーンで順番に一口づつ頂くんで・・・1頭ずつ名前を呼ぶことはとっても大事なつながりを作る始まりだし、必ず自分ももらえるという安心感は飼い主への信頼に繋がるし、押せや押せやの犬達も何をやっても順番が変わらなかったり静かにしていないとおいしいものが口に入らなかったりするので学習の効果は高いわけ(笑)

勿論押したとか触ったとかで「イィ〜!!」ってやる場合には「それは駄目!」って言われるから・・・とにかく犬達をよく見ていなかったらまずい状況は止められないし、良い状況も褒められない。千手観音のように次々と手が出て・・・(笑)モタモタしてると早くっていう子も出てくるのでそれ相応の早さも必要で、飼い主の腕次第って言う事かも・・・。

あ・・・ちなみに生の骨とかの場合は床も汚れるし、食べる速度に差が大きい上に急いで食べようとおおきなママ飲み込むと危険なので特殊なものと考えて、こういうものの時だけはケージの方が無難だと思う。私は大きな骨でも手に持ってかじらせるけど、普通はやらないほうが無難でしょ・・・。あくまでも二頭以上の犬がいる場合の話。確実に犬達のリーダーになっていれば大丈夫だけど(^^ゞ

生食に置き換えるための最初の段階の細い骨を噛ませるときは手に持っていないとしっかり噛み砕くことを覚えないのでこの場合は上記に書いたのとは違います。・・・(^^ゞ
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