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2007.12.06 Thursday

伝え方と捉え方

<学習到達度調査>日本人の学力さらに低下?

こんなニュースが走った。去年も順位が下がってどうのこうのって言ってたなぁと思いながら、このニュースに関して偶々車でラジオを聴いた。

ニュースを読むと学んでいない事を要求されているのだから下がっても仕方が無いと書かれているけど、ラジオでは違う見解だった。

日本人は元々勤勉で努力家な種族なのだそうだ。でもココ数十年の飛躍的な社会変化で対応するべき部分が欠落するような変化がおきていると言っていた。

例えば数学などはゲーム感覚で数字を並べながら問題を解けてしまったりする事が非常に多く見えるのだそうだが、証明しなければならないような問題が解けなくなったりすると言っていた。何でも原因と結果の間にあるものを見つけられないとか言っていたような・・・?
また問題文自体の読解力がない場合には解けない様に作られている問題が苦手なのだそうだ。

それは・・・従来には極普通にあった人と人とのコミュニケーションから学ぶチャンスの少なさに原因があると解説者は語っていた。そして現代社会に蔓延っている便利になったもの達の利用によって大きく得るものがある変りに失っていくものがあるんだとも話していた。

確かにそうだなぁと思う。
読み書きそろばんと昔は良く言い、活字になった本を知識の吸収の為に読み漁ったと思うし、わからない単語は辞書を引いた。こうしてキーボードを叩いて書かれる文章ではなく自身の手で言葉を選び他に読む者に通じるように配慮し文章を考えて構成して自身の手で文字にして残してきた。言葉にして出てくるままに文章に変えて行くという作業も文字にして書くという作業が伴ってこそなのだそうだ。確かに・・・!

実際キーボードを叩いて書き残したものの記憶はあまり残らないけれど、ペンを使って紙に書いたものはどんなに時間が立っていても内容の大まかなことを覚えているものだ。。。
脳にインプットされる経緯が違うのか、記憶に残る作業は体を動かした方が伝わると言う事なのかと思う。体を動かすと言ってもキーボードを打つような単調な作業ではなく文字をペンで書くという難しい作業だからこそなんだろうなぁ。

相手の話している事を確実に聞き取り、解釈する能力はラジオの時代のほうが高かったかもしれない。

今は。。。便利な世の中になって人と人との付き合い方にも大きな変化が出てきた。あんまり考えなくても生きていけてしまう時代っていう感じである。

インターネット上で書き込みしあう間柄だったりしたらすぐに知り合いだと思い込むし、ざっくばらんにある程度を語り合えたらすぐに友達に昇格する。
私の思う知り合いって相手のことをある程度いろんな部分において知っている事を言う。でも・・・自分をさらけ出して無防備に付き合えない間柄っていう感じだと思っていた。
友達って言う以上はそこそこ長い付き合いがあってお互いに相手を尊重できて思いやりを持って対応できる間柄にまでなった相手を指している。

どちらの場合も実際に面識があるわけで会った事もない人を知り合いとか友人とか早々いえないんじゃないかって思うんだけどね。

言葉の意味が希薄になってきたし、そういう状況だから出会い系とか言うものでトラブルのおきやすくなるのかなぁとも考える。思い込みって言うか勘違いって言うか・・・

時代は確かに変っている。どんどん便利になって外に出なくても買い物はできるし、人と実際に声を交わして話さなくてもコミュニケーションが取れているような気にさえなっていく。そんな状況の中で勘違いが勘違いを産んで行くのは必然かもしれないなって思うのだ。

言葉の読解力・・・難しいけれど母国語で書かれているものならば理解できる様でありたいと願う。そして伝えたことが伝えたままその先に伝わって欲しい。それは文章だけではなく会話でも同じことだ。そう願うのは今の時代にはふさわしくないのだろうか?

改めて日本語を見直すいい機会だなぁって感じたニュースだった。
どんなに難しい物事でも、まずは伝えられている意味が理解できていなかったら解決は出来ない。文章になったものを読みこなす力や話している内容を理解する能力をもっと高くしていきたいなぁと痛感させてもらえて結構感謝しちゃったりね。(^^ゞ
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Comments

私はどっちかって言うと単純に考えるタイプだと思う。小難しいの嫌いだし(苦笑)

難しく考えることもしないわけじゃないけれど、考えているよりも思いついたことをすぐに行動したほうが良い&結果が速くわかると思うからかもね・・・。

でもこれって犬には直球でいけることも人間相手ではうまく行かないことも多いと思うの。。。

【相手の育ちや歴史を思い計らう】・・・皆がみんな同じなら考えなくてもいいことだけど、一番気をつけなきゃいけないことかもなと痛感してる。
自分が何より一番正しいと思っての行動はハタから見たら???というものもきっと多いし、いろんな考え方がある中に多くの人から共感を得られるかどうかはかなり重要だものね。

人間は犬と違って言葉を駆使できる生き物なわけで、犬達とは比べ物にならないほどの恩恵を得ているはず。でもその反面、犬達が持つ言葉を使わない表現力によるコミニュケーションの伝え方、伝わり方を彼らよりも失ってしまったのかもなぁと思っちゃう。

単純に捉えれば伝わるものも複雑に考える事で伝わらなくなるって言う気がいつもしているわけで・・・

結局私に取って犬は人と同じに付き合う相手だって言う認識に変化している事で解決して行くものが多いのかもなぁと考えているわ。
どんな生き物も、使わない能力は退化していくのでしょうね。

先日、チンパンジーの子供の瞬間記憶能力の話をテレビでやっていたけれど、
人間なんか太刀打ちできない!!!

犬の能力でも、人間が太刀打ちできない事はたくさん!
だから、人間の感性で相手を見ていると、見えなくなる部分がたくさんありますよね。

生きていく能力においては、どんな生き物も一緒。
尊重しあわなければ、意見交換なんてありえないですよね。

例えば、人間でもお国が違えば感性も違う。何か言われて落ち込んだり、怒ったりするのも良いけれど、相手の立場になって考えれば、ごく普通の事だって有るわけで、こういう部分は人間特有の能力のはずだから、相手の育ちや歴史を思い計らうと言う事も大切ですよね。

「意見を言えない日本人」という事がよく言われるけど、それも日本固有のものだし、ヨーロッパの方はズバッと、バッサリとお相手に自分の思いのたけをぶつける事が多いようです。
そのそれぞれどれをとっても、相手を思い計らっているからこその行為なのですよね。

通訳さんなんかが苦労していると、大変な職業だなと思ったりします。
自分の感情は入れられないし、日本人に受け入れられるように、通訳する。
だから日本語が本当に解っていないと通訳はできない。

伝えると言う事と理解することを、人間だけを例にとっても奥が深い。
犬相手だともっと奥が深いかもしれない。
けど、本当は単純な事かもしれないですね。

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