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2007.11.01 Thursday

リードの話

日本では飼い犬が外に連れ出されるときはリードでつなげておくという決まりがある。

図らずも犬は人と違い、危害を加えるかもしれないし、逃亡すれば多くに迷惑をかけることも考えられるからだ。動物だから・・・犬は・・・(苦笑)

でも多くの愛犬家は犬だからこそ、問題が起きてもある程度は考慮してもらえるものだと考えているし、逃げたら悲しいのは自分であって他人に迷惑をかけてしまうかもしれないと言う事は思いつかないっていうのが本当のところだろう。

大昔、犬を拘束しなくても良かった時代に今ほど共に歩く人のいう事を聞いていないような犬がいたとは思えない。幼かった記憶の片隅に、繋がれていた犬の姿は無く、飼われている家から逃亡するような犬もいなかったし、テリトリーが広かったことも覚えている。

何で今は放せない様な犬が多くなったのだろう?自由がある生活を学習させられない現状だからなのかなぁとも思ってみたり・・・。ちょっと悲しい部分だ。

私が犬にリードを繋ぐ最初の仔犬の時に『これは決りだからね』という。本当なら付けたくは無いけれど、つけないと君を知らない人が恐がってしまったり、何かあった時に君をすぐに守って上げられないからなんだよという。
それがスタートだ。

成長した彼らが逃げてしまうとか、他人に危害を加えてしまうかもしれないから拘束しているのだという思いはまったく無い。実際、手からリードが離れたとしても教育した犬たちなら動揺することも無いのだ。『あ・・・ごめ〜ん、リード離れてるからちょっと止まって!』といえばみんな止まって待ってくれる。離れたぜ〜ヤッホ〜と逃げてしまうようなことは無い(笑)

ましてや外なのだから、呼ばれてそばまでは来るけれど、『ココまでおいで〜』とか犬にからかわれることも無いわけで・・・そういうTEAMを見ると思わず笑ってしまうのは申し訳ないなと思うこともあるけど、微笑ましい反面、危ないなぁって思う。

勿論教育以前の子犬だと我家だって放れたら冷や汗をかくが・・・(笑)

犬と歩くとき、リードはないものだと思っているとおのずと犬に声をかける機会も多くなるし、同じ速度で同じ思いで一緒に歩くという気分は出来上がるんじゃないかって思う。
そうなっているときはリードは必ずたるんだ状態で犬に圧力がかかっていることはないに等しい。言い換えてみればリードが無い状態で一緒に歩いているって言う事と同じなのだ。この状態を繰り返さなければ犬は飼い主と同じ速度で平行してそばにいるという作業を学ぶことができない。

リードを緩んだ状態で!というのがどれほど大切な意味を持つものなのか、多くは犬と散歩する時に気がつかないものだろう。そのリードは重さが無く例えて言えば毛糸のように軽ければ軽いほど圧力はかからない。
そういう理由で唯一使うリードが我家ではショーリードとなっている。(5ミリくらいの太さのリード)

昔どこかのページに【犬と歩くときは恋人と腕を組んで歩くようにするといい】と書いたことがある。
【幼い子供の手を引いて歩くように・・・】そんなことも書いた覚えがある。

その相手が・・・自分の手を振り払って去っていくようなことがあったらそれは相手が悪いんだろうか?私はその場面に遭遇するときは何か有ったかを考える。
引っ張られる理由。後ろからとぼとぼ付いてくる理由。横に逃げるようにする理由。その理由にあわせてここにいたほうが良いよ〜と教えて行く。

蛍の唄じゃないけれど、あっちのみ〜ずはか〜らいぞ!こっちのみ〜ずはあ〜まいぞ。って言う奴だ。間違いを訂正させたら必ず犬は正しく行動するときがある。その時に褒められなかったらアウト!って言うやつだ。

犬は学習によって賢くなる。学習が間違っていなけれが一番簡単なのだから、教える側は正しいことを犬が理解できるように簡潔に教えなければならないと思う。
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