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2007.10.25 Thursday

悪い芽を摘む時期とリーダーになる意味

問題行動って言うけれど、本で読む内容やセミナーで聞く話だと結構酷いことになったものしか言われていない。

そういうのになる前にもうすでに私からしたら問題行動ですよね?と言いたくなるような状況になってしまっているものを見落としてるから事が大きくなるんだろうと思う。問題行動ですよね?になるまえにそこまで行かせないで済むことはたくさんあるのに。

人間は自分が許容できるものだと認識していると他人に対して迷惑行為に当たったとしてもそれを難癖(苦笑)をつけて自分に都合よく解釈して生きていく生き物だからかも知れないなと考えてみる。

でも実際は人の仔だって犬の仔だって人様に迷惑にならないように生きるんだよと教えてあげなきゃ親になっていないわけだ。
いろんなところに(例えば旅行とか)連れて行ってあげたり、お散歩する事で外に出たりするのなら、ドッグスポーツのように競技に参加しなくても犬は社会参加することになる。

親になるというのは種族を繁栄させて行くと言う事で、社会を作る生き物である以上社会にはルールがあってそれを守らなければはじかれてしまうことを教えなくてはならない存在じゃないかなと思う。。。
はじかれないように育てるにはやっぱり厳しくしなければならない部分はあるはずだと思う。社会に参加するのだから・・・

犬はふわふわでとっても可愛らしく愛しい存在になる。癒されると思う人間は山ほどいるだろう。私もきっとその中の一人だ。
でもその愛しい存在が天使の仮面をかぶった悪魔に変身してしまったらそりゃぁ悲しい以外の何物でもない。

天使は天使のまま・・・そんな風に願っている。

犬は本来リーダーになるのは大変な仕事だから、できればリーダーについて生きていたいと願う子のほうが圧倒的に多い。だから太古の昔に人間と友人になった。

狼だとソウは行かない(苦笑)狼の群れのルールはリーダーになるためには相手の力が弱くなったらそれが例え親だったとしても、兄弟だったとしても、かみ殺してまで争うからだ。
犬族になった種族はそこまできつい種類ではないものだったからこそ、リーダーと認める人間の力が弱くなっても、例え年老いても、危害を加えることはないし、犬族として現代に反映できている。

でも流れている本能に基づいた大元のルールは類似していることは間違いはない。

犬のような群れ族のリーダーは人も同じだろうけれど、みんなの食べ物を確保しなくちゃならないし、外敵から守らなければならない。群れの秩序を守るためにはルールも作らなくてはならないし、それを守るようにさせなくてはならない。問題が起これば仲裁もしなくちゃならないしみんなを上手くまとめなくてはならない。それにはまず・・・言う事を聞いてもらうには信頼されていなければならない。優しさも必要だし判断力も必要だろう。正義も勿論だし、決断力がなくてはならない。

スゴ〜ク大変な仕事をするのが群れのリーダーだ。
ダカラ犬はそれを人間にしてもらおうと思っている。その方が楽に安穏と暮らして行けるからだ。

でも・・・犬から見ていると『この状況って自分がリーダーにならないとまずいんだな』と思わせてしまうように育てられたら、仕方なく?喜んで?とりあえずリーダーになろうとする。リーダーがいない群れは存在し得ないからだ。
自分の生きる場所の確保は何よりも大切なものだから、飼い主がリーダーになりませんというように見えたら犬は自分が替わりになるように定められていると思うからだろう。

子犬の内には解らないことも、犬が成長しはっきりと意思表示を始める頃になればあきらかにその表現で飼い主をリーダーと考えているのか、自分がその存在になりえると思って行動しているのかははっきりとさせてくる。

その行動は多くは人にとって都合の悪い行動になっていて、例えて言えば『吠えることをやめさせたい』とか『引っ張って歩かないようにしたい』とか『飛びつかないようにしたい』『他の犬と仲良くさせたい』『マーキングやマウンティングをやめさせたい』等々・・・何かしら現れてくる。

一つ一つに絞った、人からしたらちょっとだけ困った行動は時を経るごとに強い意思を持つ犬であればあるほどちょっと困ったではすまなくなってくる。
それが俗に言うアルファ症候群といわれる状態に当たるのだ。

『自分の意思にそぐわないと飼い主に本気で攻撃する。』
『飼い主がそばにいても他の犬に攻撃行動を起こす(唸る・吠える・噛む・飛び掛るなど)』書いたら切りが無いのでホンの一例。

こうなったら直すのは至難の技だ。

究極に至る前に必ず前兆はあって、飼い主の声に反応しない(無視する)とか、乗っているソファから下ろそうとすると唸られるとか、叱ると反抗的になるとか、ご飯を食べている時に手を出すと怒るとか、寝ている時に触ったら噛まれそうになったとか・・・

その前兆の前には呼んでも来なかったり、教えたはずのことをわざとやらなかったり、いくら叱った所で思うようにやめてくれないとか、散歩の時間やご飯の時間を知っていて催促するとか、要求がとても強いとか・・・

そうやって前兆の前兆を辿っていくと最初は幼い子犬まで遡る。

最初のスタートは同じなのにどこからかわっちゃうんだろう?
いつもいつも疑問に思う。

私だって愛犬が可愛いから一杯キスもするし、抱っこもする。抱きしめたり頬ずりしたり、撫で回している。肩に犬を抱いて高い所から眺めさせたりもしているし、ベッドで一緒に眠っている。こうして頂戴ああして頂戴という要求をたくさん満たしてあげていることの方が多い。
お散歩の時はOKさえ出せば引っ張らせてもいるし、こちらが間違ったことをした時は犬に謝ることすらある。
遊んでといわれれば時間が許すかぎり付き合ってあげているし、おやつも一杯食べさせている。

どこで何が替わると最終形態に違いが出るのか?たぶん本当にちょっとしたことからなんだろう。

自分が知っているのは問題行動の芽はどんな子も持っているということ。それは犬である以上、群れ族である以上当たり前の事実だ。
でもその当たり前のものには役を引き受けなければならないものに育てられたという事実も付加される。

リーダーの役を引き受けなくても良いんだよと育てて行くことはそんなに難しいことなんだろうか?

愛しい犬の為に一番難しい役を買って出てあげることは私に出来る一番のやさしさだと思っている。だから私は犬と暮らしはじめたからリーダーにならなければと思うようになって今もまだ努力しているんだろう。

リーダーになった以上、幼い時期からこのまま行ったらこうなっていくだろうなと予想できる芽は早く摘み取るに限る。摘み取る時には多少のストレスはかかっても、その分他のストレスに強くなる利点もあるしその先に問題が起きなければそれが一番のはずだ。

そんな方針で育てて行く我家では大きな問題行動を持った犬はまだ出現していなくて助かっている。
犬を幸せに暮らさせる為に飼い主がリーダーになる。ソウ決めたら幼い子犬のうちにまだちいさな小さな芽が出たばかりのうちに悪いものだけ摘み取れる。
そしてそれを犬はちゃんと受け入れてくれるのだろうと思う。
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