2013/08/28 Wed

Category: 虹の橋へ

4年経ちました。

マリンが虹の橋へ旅立ってから4年も経ちました。昨年末からみんながゾロゾロとやってくるのでマリンは驚いているかもしれないなぁって思ったりするけど、マリンと共に暮らした子たちが一緒になってしまうのは当たり前のこと。。。頭では分かっているけど・・・。

先日チャーちゃんが逝ってしまって、我が家の最長老は11月で15歳になるノンちゃんになりました。次がミミで4日違いです。

マリンがいるうちに我が家に誕生したのはエコーでした。この子が生まれた時はまだマリンは生きていたんだと思うと不思議な感じがします。生きているっていうことはこうして立派なおとなの犬になっているわけで、エコーは今母になっています。でもここにあの時いたマリンはいません。。。もしかしてあの次女のブルーの女の子はうちに残せってことなのかなぁとか考えてみたり。。。

マリンはとっても長生きしてくれたので一緒に暮せた家族は多かったほうだと思います。

晩年は老犬部屋と称して下の和室がマリンの住処となりました。それは良き習慣として、今もなお続いています。老犬と若犬たちが一緒に暮らすのはある一定の時期を過ぎたら無理が出てきます。老犬はちょっとしたことで倒れてしまうくらい不安定な足もとになるし、ゆすったりしたくらいでは起きないくらい熟睡もするのにいつ踏まれるかわからないような場所にいなければならなかったらきっと寿命も縮んでしまうだろうと思います。ゆっくり眠らせて体力をなくさせないようにするには老犬部屋は必要なことなのだと思います。

そういえばマリンは良くベッドの上に寝かせました。介護用にいろんなベビーベッドとかも使ってみたけれど、遊泳運動とかも最後の最後までほとんどなかったので落ちる心配もなく、結局一緒に寝ていたベッドが一番でした。

痴呆で徘徊するようになったり、目が見えなくなっていろんなものにぶつかったり、平衡感覚を失ったりするようなことがあったら広めのサークルなどで囲い、体に傷がつかな様な工夫をして分けることも必要になります。

マリンの闘病日記を読み返していたら凄く悲しくなったのでもう少し冷静になった時読み返そうかと思います。。。最近はあの頃のように事細かに書き残していないので本当は読み返したほうがいいんだけれどね。。。

マリンの闘病日記


今年はまだ別れたばかりの子が多すぎて、マリンのことを思い出しながらやっぱりサムやダッシュやクリス、エリー、蘭、ミニー、モモ、チャーとのことばかり目の前にちらつきます。でもきっともう少し時間がたてばマリンのことのようにただただ泣くしかできない今から卒業できる日も来るのでしょう。

マリン、元気にしていますか?逢えなくなって4年経ちましたね。デイジーもレインも、メグもそちらに行ったから、一緒に待っててねと言ったばかりだったのに、ダッシュ達まで大勢で行ったからびっくりしているのかな?
マリンがおうちにいたときのように、キャンちゃんと一緒にあなた達がリーダーとしてみんなをしっかり守っていてね。

いつか必ずそちらに行くから、それまでみんなをよろしくね。頼んだよ、マリン。
にほんブログ村 犬ブログ 犬 闘病生活へにほんブログ村

2013/08/24 Sat

Category: 独り言

重なって泣きました…。

今日日テレで24時間テレビの中でやっていた大野君が主演のドラマで思いっきりボロ泣きしました。

自宅で最期を迎えることを願った青年と、昨年末から亡くなっていった愛犬たちの姿が重なって、どうにも堪えられませんでした。彼は自分の意思を言葉で伝えられたからよかったけれど、犬たちはしゃべれないから飼い主である自分の判断次第でどのようにだって彼らの気持ちを解釈できます。

言葉をかえれば自分に都合のいいように「犬たちはこう思っているのだ」と言ってもだれにも真実はわからないのです。

ドラマは真実に基づいたもので実際にあった話でした。

それは、私にとってとても大きなことであり、もし彼の立場が自分だったら同じように家族のそばでいつもどおりの暮らしの中で最期を迎えたいと思います。確かにたくさんの迷惑もかけるのでしょうけれど、家族はそれを迷惑だと感じない集団です。犬たちがどんなに大変な時間を私たちに強いたとしてもそれは辛かったり嫌だったりやめてしまいたかったりする時間ではありませんでした。

それがドラマの中で十二分に表現されていたことと、自宅で最期を迎えたいという意思を家族に伝えた彼の思いが犬たちと同じだったろうと思えて、涙を止められなくなったのだろうと思います。

愛したあの子たちの姿は消えてしまったけれど、あの子たちは今もそばにいます。時折その感覚を感じ、時折遠い記憶の中に穏やかなほほえみをもたらし、あの子がいた記憶をいつか出会うことがあるであろうその日が来るまで背負ったまま生きていくのでしょう。

いつまでも一緒にいたいのにねという思いは変わらないまま、それでも時が過ぎていきます。天国でみんな一緒に楽しく走っているのよね?若くて元気溌剌だったあの時代に戻って…。だからたまにはこうしてお別れのあの瞬間を思い出してしまってたくさん泣いてもいいよね。。。

最愛のパートナー達 RainbowBridgeはこちらから。(元気だったころのみんなです。)
にほんブログ村 犬ブログ 犬 闘病生活へにほんブログ村

2013/08/19 Mon

Category: 虹の橋へ

8月の命日に思うこと。

1998年8月9日愛ちゃんが虹の橋へ旅立った。2002年8月17日キャンディーも旅立った。2009年8月28日マリンも旅立っていった。そして今年2013年。彼らと同じ時代を生きたチャーちゃんが8月11日に逝ってしまった。

年々暑くなる東京。猛暑とか酷暑と呼ばれる日が続く。老犬たちには辛い時期だ。いくらエアコンで温度を下げたって、自然の涼しさとは全く違う。チャーが体調を崩した頃、同時期に友人の愛犬も具合が悪くなった。珍しくもうだめかもと弱気な友人に「あんたが頑張らなくちゃ誰が頑張るの!」と発破をかけ、ほとんど同じ状況の自分に対して言ってるんだと判るほど「こうするべき」という信念を話し続けた。

若く元気な犬と暮らすことほど簡単なことはない。彼らは私たちがやりすぎてしまってもどうにかこうにか自力で立て直してくる。でも病気を持っていたり年老いてしまったりした犬たちにはどんなことでも「やりすぎ」になってはならないのだと思っている。医療も然りだし、食事や介護方法とかだってやっぱり本やネットに書かれていることを鵜呑みにしてデータに頼りすぎるのもどんなものだろうと思うことは多々ある。

実際生き物と暮らしていけば、科学的には証明できない不思議なこともたくさんあるし、愛犬と密に接触していれば何を求めているのか、何が必要なのか、今どうするべきなのかはおのずと見えてくると思う。彼らが「そぉっとしておいて」と言っているのにその言葉が聞こえなくなったらおしまいだって思う。

犬は決して死なない特別な生き物ではない。人と同じように年老いていき、体中の細胞が劣化し、いつしかこの世に生まれおちてきた日のようにある日突然天使となる。その時にできるだけ苦しまずに済むような配慮は必要だろうと思う。長い間共に生きて、同じ時間を共有した親愛なるパートナーに、お別れの日がやってきたら「君と出会えて幸せだったよ」といつも伝えていきたいと思っている。

でも本心は・・・彼らを見送るのではなく、もっともっと一緒にいたいよと、天国に逝くときまでずっと一緒で在りたいのだけれどね。。。
にほんブログ村 犬ブログ 犬 闘病生活へにほんブログ村

2013/08/12 Mon

Category: 虹の橋へ

バイバイ、チャーちゃん。。。

我が家で初めて生まれたダックスのチャーちゃんが11日の朝亡くなりました。13歳11カ月、もう少しで14歳でした。


先週末から急激に体調が悪くなり、まっすぐに歩けなくなっていました。夜中の徘徊と吠えはだいぶ前からだったけれど老犬特有のものです。体のバランスは正しく取れていたし、お水を飲むことも、おトイレで用をたすことも自力でできていて特に大きな問題はなかったのに、ちょっとなんか変と感じたその日から坂道を転がる玉のように時間を追うごとに弱って行きました。

食べ物も固形をまったく食べれないのですり鉢ですった食事を長い時間かけて慎重に食べさせました。目覚めると浮遊運度が始まってしまうのでひどくなる前に体を支えてお水を飲ませました。チャーちゃんの最後にいたお部屋はスズの時と同じように、怪我をしないように周りをすべて囲ってぐるぐると歩き続けられるように作りました。

チャーちゃんは若い時に子宮蓄膿症の手術後、急に目が見えなくなりました。白内障の様に水晶体が真っ白になり明るさを感じるだけになってしまいました。それだけではなく痙攣発作のようなことが数回繰り返され、正常な状態に戻るまで数カ月かかりました。
その後、どうしても歯を磨かせてくれなくなったためたくさん歯石が付いてしまい、蓄膿症の手術をした獣医さんとは違う、現在のかかりつけの先生のもとで歯石を取ってもらいました。この時、何回も痙攣発作のことと白内障が現れた旨を話したので脳圧が上がらないように細心の注意を払ってやってもらったため何の問題もなく帰ってこられました。でもやっぱり、しばらくしてチャーの目は全く見えなくなり、家具が動いたり他の子の体にぶつかるようになっていきました。


下の部屋に降ろそうかと何回も考えましたが目が見えないチャーちゃんにとって帰って体に負担が大きいかもと考えあきらめました。そんなチャーちゃんも一番仲良しだった母親のメグがいなくなり、モモの体調が崩れ二人で寄り添って暮らしていましたがいつのまにか耳も聞こえなくなっていきました。鼻だけを使って暮らす毎日が彼女の負担にならないように気を使ってきたけれど、そんな状態でも体に感じる頼れる相手の体温が急に感じられなくなる日が来るとどんどん弱っていってしまいます。

モモが逝ってしまった時、チャーちゃんはもう長生きはできないだろなと感じていました。犬は一人では生きられません・・・。特に、人と同じように心の支えを失ったらそれは大きな解消できない決定的なストレスになるからだろうと思います。チャーちゃんの心の支えは私たちよりもメグとモモだったのだろと思います。生まれた時からずっとずっと一緒に寄り沿って暮らしてきたメグ母さんとモモとチャーちゃんは今天国で再会を喜んでいるのだろうと思います。

チャーちゃんは最後まで手のかからないお利口なダックスでした。チャーちゃんのあの柔らかい毛の感触を感じることができないと思うと泣けてきます。うちに産まれてきてくれてありがとうね。バイバイ、チャーちゃん。…メグとモモによろしくね。
にほんブログ村 犬ブログ 犬 闘病生活へにほんブログ村

2013/08/02 Fri

Category: 独り言

夢で逢いましょう…。

先日、うちの子たちは一回も夢に出てこないとブログに書いたら、今朝初めてマリンの夢を見た。目が覚める直前で、妙にはっきりとした夢だった。

天気が良い昼間、駐車場のシャッターが開いている。私はなぜか宙に浮かんでいて、目の下にマリンが糞ばっている姿がある。「あ〜ピーだよ…。」と早く取らなくちゃと近くに行こうとするのに体は動かない。まごまごしていると玄関が開いて若い私が現れた。

「マリンの毒ガスウンピーだ!!」と懐かしい言葉が聞こえてくる。見えている私が若いはずだ。マリンが長期にわたって下痢が止まらず、それもどんどんひどくなっていき、膵炎の時に出るような強烈なにおいを伴う黄色い便が治る気配がなかったのは、今から約10年前のことだったから。

若く見える私が、マリンがしたものをかたずけるとマリンに向かって「困ったねぇ〜、どうしたら止まるんだろうねぇ〜」と話しかけている。マリンは穏やかな顔をして緩やかに尻尾を振っていた。

宙に浮いた私は一生懸命「それは、アイムスの消化器用の缶詰で治るんだよ!!ゴールデンの絵が貼ってある缶詰だよ!!」と叫ぶんだけど、彼らには届かない。そのうちにお部屋に入ろうねとマリンを促して若い私はマリンを伴って家の中に入り玄関のドアを閉めた。

あぁせっかくマリンの姿を見れたのに…と泣きそうになったところで目が覚めた。眠っていたはずなのになぜか涙がこぼれて起きた。

薄情な子たちだって書いたから出てきてくれたのかなぁとかぼんやり思いつついつもの一日が始まる。綺麗だったな、マリン。。。病気なんかに見えないくらい綺麗だった。夢で見たように昔に戻れたらいいなぁと本気で思う。どこかの誰か、頭のいい人が「タイムマシン」を作ってくれないかな。

もしタイムマシンができてしまったら私は過去から戻らないかもしれない。。。
にほんブログ村 犬ブログ 犬 闘病生活へにほんブログ村
1/1