2012/02/29 Wed

Category: 虹の橋へ

続く悲しい知らせ…。

閏年、2月29日。珍しい東京の大雪のこの日の朝9時半に、実家の愛犬ベンが天使になった。12歳と9カ月6日の人生だった。

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二ヶ月くらい前から軟便が続き、実家近くの獣医さんで通院治療をしていたがあまり進展が見られなかった。コリステロール値が高く、肝臓の数値もかなり悪かったそうだ。もう年だし一度シンバ先生に連れて行ってあげるから診てもらったほうがという言葉を飲み込んだのは、年老いた親たちが歩いて行ける距離の獣医さんを変えていつ事故に合うかもわからないような危ない運転で目黒まで通えるのかという現実を考えてしまったのと、今のかかりつけの獣医さんも堅物だけど良い先生なのを知っていたから。

70を超えた両親がベンにできる事は限られてくる。私もフォローするけれど、家にいる犬たちのようにやってあげることはできない。ベンは両親の犬なのだ。ベンのために手作り食をしたり、ベンが求める事をこなしてやることが生きがいだった母は、外に行きたがるベンを連れて足が痛くても散歩していた。ここ一年、ベンも足が痛いらしくてね、カートに乗ることもあるんだよとそれは楽しげに話していたのに、今朝、突然逝ってしまった。

母はかなり動揺していた。泣き声で電話をしてくる事なんか、父や弟と大喧嘩した時でさえなかったのに、「ベンがね、さっき死んじゃったの。。。」と声を詰まらせた。母にとって父にとって、ベンはかけがえのない小さな息子だったと思う。文句も言わず、いつでも傍にいて、どんな事があってもいなくならない存在だった。
時折、「もし私に何かあったらベンの事だけは頼むわよ。ベンが最後まで幸せにいられるようにいくらあれば足りるかしら?」と口癖のように言っていた母を置いて逝っちゃったんだね。。。

父が散歩中に事故にあって大たい骨骨折を起こした時も、救急車が来たり、大勢の人の取り囲まれ、警官や救急隊の人が右往左往するなかでリードも離れているのに父の傍から離れなかった。父はその時の話がたいそうご自慢で、うちのベンは賢いと、俺の犬なのだと喜んでいたんだよ。

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1999年、5月23日にダッシュとエリーとの間に生まれたヘテロセーブルの一番小さな男の子だったベン。本当の名前は「ベンツ」だったのに、いつの間にやら省略されて「ベン」となった。ベンを渡した日から父は毎日ベンとお風呂に入った。湯船にまで入れてしまうので、ベンは良い子だろうと喜ぶ父に、そんなことしてたら死んじゃうよとあわてた事もあった。若犬のころはジャーキーとか犬用のおやつと書かれているものとか、「犬用」のほうが犬にはいいものなんだと言い張って、私の言う事なんか聞きもせず、やたらに食べさせていた。

そういうものばかり食べさせていると心臓や肝臓や腎臓とか、兎に角内臓がやられて早死にしちゃうんだよと、若いうちは解らないけど、年を取ったら明らかに違いが出るんだよと脅かすと少しづつ変わって行った。それでもささみジャーキーやらクッキーやら、なかなかやめられなかった。ゆでた肉のほうがいいとかきゅうりスティックがいいとか、手を変え品を変えて、父の「あげたい要求」を満たしつつ、母にうまくやるように頼んだものだった。10歳のころ、心臓が悪いと判ってようやく踏ん切りがついた両親。まるでずっと前からジャーキーの様なものは食べさせるのはダメだって知っていたわよとばかりの態度に今からでも遅くは無いよと笑った日がある。

母もまた、トイレを完璧に教えてあったのに、トイレシーツを使った事がなかったせいか、外でするから良いのよと室内トイレをやめてしまった。台風や大雨の日にこんな日も外にいかないとおトイレしないで我慢しちゃうからちょっと一回りしてくるとぶつぶつ文句を言いながら出て行く母に、「だからやめるなって言ったのに」ということしばしば。でも、ベンは我が家にお泊りに来る時は問題なく室内トイレで済ませられる子だったので、結局甘えて、甘えられての良い関係なのかもねと思うようになった。

ひもは放しちゃいけないって言っているのに、「ベンは大丈夫!」とどこででも放しちゃってた。田舎(母の実家)に行くとベンが喜ぶんだと私が子供のころ遊んだ場所に行っていた。家の前の通りにもリードをつけてから出た事のないベン。何か危険で自分がどうするべきか知っている犬は少ない。リードなしのテリトリー範囲を把握している犬など少ない今、良いことではないけれどベン自体は犬としては幸せだったよなと思う。

昔々に飼っていた犬達と同じように、おおらかに自由に、好きなように飼っているんだなぁと思う。そういうことが当たり前だった時代があった事をちょっと苦笑いしてしまう部分もたくさんあったから。絶対の信頼をお互いが持っている関係はある意味では素晴らしく貴重なものだと思うし、そういうものを培うために何が必要なのか考えさせられることが多い。思い起こせば自分が幼かった頃飼ってもらった猫や犬たちもみんなそんな風に育てていたんだなぁと思いだす。

味噌汁かけご飯で今よりもずっと長生きした犬たち。フィラリアで亡くなる犬は多かったけど、感染したフィラリアが先に死んじゃったなんってこともあるくらい長生きした犬も多い。ある部分では自然淘汰的なところもあるんだろうけど、昔の犬たちは強かった。そして正しく飼い主を認識していたし、自分の家をちゃんと守った。ベンは駒込の家を守り、父や母を守り、めったに親孝行しない私の代わりにたくさんそれも毎日孝行してくれた。

そのベンは…。


数日前から下痢がひどくなり、何度も吐くので昨日病院で吐き気止めと下痢止めの注射を打ってもらってきたそうだ。

昨日はちょっと調子が良くなり吐かずにいられた。でも今朝、トイレに行きたいのか外に行こうと玄関に行くので、この雪だけどと連れて行こうと準備しているとそこで倒れ込んでしまった。立とうともがくけど自力で立てないので外に行くのをあきらめて母のベッドに運んで寝かせ、震えるので上掛けをかけたのだそうだ。すると大量に茶色の水を吐いた。そしてそのまま静かに息を引き取った。。。

父も母も、まさか死んでしまうなんって思わなかったのだ。さっきまで一人で歩き、玄関まで行って外に行きたいよと言っていた最愛の犬がベッドに寝かせた後死んでしまうなんって…。

上掛けをはずし亡くなったベンの体を撫ぜていたら下血していることが分かった。それをかかりつけの医者に連絡したほうがいいのかと聞かれたけれど、今までお世話になったお礼はもう伝えたと言うので、いまさら言ってもどうなるものでもないし、後で改めてお礼に伺う時にでも伝えればいいんじゃないかと言った。

母から聞いた話をこうして淡々と書き残しておくことも、ベンからの最期の贈り物だからだ。ベンがどんな病気だったのか、検査していないので判らない。昨日打ったと言う注射だって適切だったかどうかも判らない。でも・・・もう亡くなってしまったベンは帰ってこないし、獣医さんはベンにとってできる限り頑張ってくれた筈なのだから、今までありがとうと感謝したい。

ベンちゃん、虹の橋は見えたかな?デイジーが駆け寄って迎えに来てくれているんじゃないかしら。仲良しだったミールもマリンもそこにいるでしょう?新潟に嫁いだジョンもそこにいるよね。君が寝たきりになっちゃったらとかず〜っと先の事色々考えていたんだけれど、みんなお見通しだったんだね。ダッシュとエリーという両親から賢いところをたくさん受け継いで生まれてきた君だもの、当たり前だね。今まで私の両親と一緒に暮らしてくれてありがとうね。今はゆっくりおやすみなさい。またいつか私の元に生まれてきてね。。。ベンちゃん。

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2012/02/27 Mon

Category: 虹の橋へ

また、悲しい知らせ。。。

我が家の犬たちとともに家族ぐるみで若い楽しい時間を共有してきたベルちゃんが26日朝亡くなった。あとひと月で14歳だった。
先月、他の子の具合が悪くなった時ベルちゃんも元気がないので一緒に病院へ行った。かなり老化しているからそおっとして置くのが一番だと言う結論になった。それでも、食べられなくなって点滴を繰り返し、頑張って持ちこたえた10日間だった。

ベルちゃんは我が家の初代犬、マリン&キャンディーを見て、友人が迎え入れたフローレン(ふーちゃん)の最初の娘だ。ケンチェリーさんのアメリカチャンピオン、ポールとの間に生まれた子だった。ふーちゃんもポールももうこの世にはいない。友人と顔を合わすたびに、知り合いの犬の訃報を聞くたびに、そんな年齢なんだよねうちの子たちもとよく話すようになった。対岸の火事のように、判ってはいるけれどその時が来るまでやっぱりうちの子は死なないと思っている。。。

悲しい現実は避けられはしないのにね。。。

いつか必ず、大好きな子たちが天使になって天国に帰ってしまう日が来る。
ついこの間、ふわふわのコロコロの小さな毛糸の塊みたいだった子犬の姿で、私達の元に神様から送り込まれてきたばかりなのに。。。シェルティーの寿命は12・3年だと聞くと、そんなはずは無いよと思う自分がいる。でも、ベルちゃんも、レインもデイジーも、15歳まで生きられなかった。15年くらいは一緒にいられるはずだという思い込みを、達成した事のほうがずっとずっと少ないのだと気がつく。

風が吹いたら倒れそうだったベルちゃん。老衰という言葉がそのままぴったりとくるように、年とともに徐々に体の機能が衰えて、眠るように逝けるのなら、家族と共に暮らした空間で、いつもどおりの寝る場所で、全てが同じなのに、いつも通りの朝が迎えられなくても幸せなのだ。

犬の一生は飼い主次第でどんな風にも変わる。ベルちゃんは友人の家の犬として生涯を全うできて幸せだった。残された時間の尊さを、元気でいてくれる愛犬たちのその生命力の素晴らしさに感謝せずにはいられない。

ベルちゃん、虹の橋に着きましたか?みんなそこにいるでしょう?大好きなふーちゃんとマークに会えましたか?いい子でみんなと一緒に待っていてね。いつか私たちもみんなそこに行くのだから。。。それまでゆっくりおやすみなさい。。。
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2012/02/10 Fri

Category: 虹の橋へ

悲しい知らせ

また悲しい知らせが届いた。今年年賀状がこないなぁと思っていたダックスの飼い主さんのうちの一人から。

ピコが亡くなった。

我が家から嫁いだブラックタンのダックスの男の子。男の子なのにまたかわいい名前をつけたなぁと印象が強かった。

昨年の7月、内臓に腫瘍ができた手術を18日に受けて退院予定の25日の朝、容体急変のため亡くなったとのことだった。息子さんが駆け付けるまでの間心臓マッサージで持ちこたえ10時20分に息を引き取った。もう少しでシークと同じように12歳の誕生日だったピコ。連絡が遅くなってしまい申し訳ないと書き添えてあった。

犬の寿命は10年以上あるので、飼主さんとのお付き合い(年賀状だけって言うのも含めて)は長い長いものとなる。10年という年月は「一昔」と区切られるほど長い年月だ。小さかった子供さんが大人になるし、独身だった人が結婚して家庭を持つ。子供さんが生まれるご家庭だってあるし、いいことばかりじゃなく離婚される場合もあるだろう。

12年前、私が40歳の時に仔犬だった犬たちは天使になるような年になった。いつまでも一緒にいるはずの大切なこの子たちはどんなにもがこうとも私たちより先に天国に羽ばたいていく。

毎年の年賀状に書かれていたピコのエピソードはもう見る事は出来なくなった。仔犬を渡した時からつながった縁はその子が天使になったとき役目を終えて消えて行くのだ。

Tさん、11年と11カ月、ピコを大切にしてくれてありがとう。突然の別れになってしまったけれど、ピコはあなたの元で暮らせて幸せでしたよ。思い出すと辛いでしょうに、あの子の最期の様子を知らせてくれてありがとうございました。合掌
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2012/02/05 Sun

Category: 虹の橋へ

シークが天使になりました。。。

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レインの息子のシークが4日午後4時天使になりました。来月で12歳でした。

先月後半、飼主のともちゃんから久しぶりの電話がありました。二人目を2月頭に出産予定と年賀状に書いてあったので、元気?久しぶりねと話し始めました。でも・・・その先に伝えられたものは、シークがもう治らない病気になっていること、余命が数日から数週間持てばいいほうだろうとの知らせでした。

シークはレインの初めての息子で、飼主のともちゃんとはシークが若い間5・6年間とても密にお付き合いしていました。一緒にいろんな事をチャレンジしてともちゃんにとってかけがえのないパートナーとして成長したシークを知っています。あまりに突然の話で聞いている自分のほうが動揺してしまって、気丈に状況を話してくれるともちゃんを慰めることもできませんでした。今シークがどんな様子なのかを聞くのが精いっぱいで、残り少ない時間を出産という難しい時期と重なってしまうけど、どうか少しでもそばにいてあげて欲しいと伝えました。

二日後、昼近くにまた電話がありました。声で直ぐにともちゃんだと判ったので、もう逝ってしまったのかと体が震えました。でも、それはともちゃんの赤ちゃんが無事に生まれたという報告で、シークの事ではなくホッと胸を撫ぜ下ろしました。彼女が退院するまできっとシークは頑張って待っているから今のうちに十分休んで早く会えると良いねと伝えました。

それから約10日。

シークは苦しむ事なく静かに逝ったそうです。ともちゃんの予定日を一日過ぎた日でした。

シークは我が家の犬ではなく嫁がせた犬だけれど、一番思い出深い犬で、こんなに早く逝ってしまうなんって思っていなかったのでとてもショックです。彼の顔をもう何年見ていないのだろうと写真のデータをひっくり返して探しました。そこには若くて美しい元気いっぱいのシークしか見つかりません。もうかれこれ5年くらい会っていないのかもしれません。

我が家で暮らしている犬たちのように年老いて毛に艶もなくなり、如何にも年寄りになりましたという画像は手元にはありません。でもそれでいいのかもしれないなぁと思います。ここに貼った画像は一緒に訓練試験に行った時のもので一番毛量が多くゴージャスなシークの写真です。フリスビーもダイナミックな技をやってダッシュとともに頑張りました。その写真は今もたくさん我が家に残っています。早すぎる別れでしたが、天国にはママのレインがいるからきっとシークは寂しくは無いでしょう。

知らせを聞いた後お花屋さんに行きシークへ花を送りました。メッセージカードにコメントを書こうとして不覚にもそこでボロボロと泣いてしまいました。シークがとても真面目にいろんな事を覚えてくれた事やともちゃんが一番大好きで二人で写っている写真はとても幸せそうなものばかりで、それが突然目の前に次々と見えてしまったから…。

シーク、もう今頃はレインやマリン・キャンディーやミール達と会えたかな?虹の橋のふもとでいつの日かまた会おうね。ゆっくりとおやすみなさい。
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