2010/08/28 Sat

Category: 虹の橋へ

マリンの命日に…

2010年8月28日。マリンが天使になって一年の月日が流れた。

今までに見送った犬たちとは根本的に違う【その後】を私に贈ってくれた初めての犬だったマリン。

愛ちゃんを亡くしてからずっと、私は大切な犬たちが天使になる日が怖かった。どんなに頑張ってもこぼれおちていく手のひらの中の水のように、つなぎとめられない命の儚さが怖かった。失った後に、二度と同じ犬には巡り合うことができないその現実は、長い間ペットロスという精神的ダメージを深く、大きく残したままだった。

だけど、マリンとの別れは、私の中の一つの転機になったように思う。
あれもこれもたくさんの後悔とともに、マリンは全てを清める様にさらりと流してくれた。
彼女はその血を続けることでいつまでも私たちの中に生き続けて行くし、彼女と一緒に生きた16年と7カ月の中に起きた様々なできごとはこれからの犬たちとの暮らしにどれもこれも役に立つ事ばかりが残された。

毎日繰り返される当たり前のことがある日から突然無くなってしまうことは辛いけれど、彼女がいた時と同じように、また新しい別の一つの命と幸せな時を過ごす。互いに幸せになれるように、また、同じ毎日を繰り返していき続けること…それが犬と暮らすっていうことなんだろうと思う。

人間は犬を幸せにしてあげられる。ほんのちょっとの勇気があれば、自分のために犬を飼うというよりも、犬のために自分たちの時間と糧を分けてあげ、1頭の犬を幸せにしてあげられるのではと思う。

悲しくてその辛さをしのぐために新しい犬を迎えてはいけない。だって、逝ってしまったあの子の代わりにはならないのだから。。。新しい犬のために胸を張って、「私と一緒に幸せな人生を歩こうね」と天使になった愛犬と同じように、それ以上にまた楽しくこの子と出会えてよかったと言う日が来るまで暮らしてほしいから。。。そうだよね、マリン。。。
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2010/08/18 Wed

Category: 虹の橋へ

8月17日・天使になって8年の君へ。。。

ダッシュの母、キャンディーが天使になって8年目の8月17日。

毎年、君が逝った時間はちょっと苦しくなる。鮮明に見える映画のようにあの日あの時あの瞬間が胸の奥からこみ上げてくるから。。。


この前君と良く連れ立って出かけた奥日光にダッシュと一緒に行ってきたよ。中禅寺湖で泳いだ君の姿やキャンプ地で楽しんでいた姿が目の前に浮かんでは消えてた。

あの時に戻りたいなってふっと思ったし、あの時があるから今があるのかもねとも思ったし、車の中で横たわるダッシュを見てきっと君の分もたくさん長生きしてくれる最高の子をありがとうとも思ったよ。

今年は我が家から嫁いだ君が知らない犬たちが何頭も天使になったよ。そちらで会うことがあったら仲良くしてあげてね。君は虹の橋のたもとで、マリンやミールやジェニー・スズたちと一緒にいつまでも皆が揃う日を待ってるんだろうね。ママはもう少しやることがあるみたいだからもうちょっと時間がかかるけど待ってて頂戴ね。頼んだよ、キャンディー。。。
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2010/08/09 Mon

Category: 虹の橋へ

命日

毎年やってくる命日。。。今日は愛ちゃんの命日だ。12年前の早朝、愛ちゃんは天使になった。

このサイトを開くとき、愛ちゃんの事を書き残しておきたいと思って少しづつ書いた。何とか一つにまとめようと混乱する頭の中を思い出せば泣き崩れて、一行の文章が書けずに送った日々がもう11年も前になる。

はじめての小型犬のパートナーだった愛ちゃんはポメラニアンだった。彼女とのあまりにも早すぎた別れは私に犬に対する恐怖心のようなものを植え付けたのだろうと思う。それは人間の子供たちにも共通する、【自分が守らなければ失ってしまう儚いもの】という感覚だ。

愛ちゃんとの最悪の別れはその後の私を大きく変えている。
拾い食いに始まる多種多様な「しつけを怠ったがためのトラブル」はどの方面においても大きく改善した。それは愛ちゃんに対しての私なりの詫びの気持ちであり、自分と生きる犬たちへの課せられた使命のようなものになった。

人は失ってみて初めてその価値に気がつくと言う。私の場合は本当にそうだった。失うまで多くの事をすごく安易に考えていた。小さい体なら抱いてしまえばどうにでもなったし、多少の事は教えることもないと思ったし、犬のシグナルなんか勉強してるし知ってるよとたかをくくっていた。

病気の怖さも怪我の怖さも全く知らなかったから犬の健康にも今のように気を使うこともなかった。アナフィラキシーショックが時間勝負であっという間に命を奪うなんて言うのも文面だけでしか知らなかった。
その時になってあわてたって獣医でもない限り助けられるわけもない。できた事は心肺停止に気がついたとき人口呼吸と心臓マッサージをするのが精いっぱいだった。

病院へ着いてもう亡くなっていますよと言われる。今抱いているときには柔らかかったからだが診察台の上に置いたとたんに冷たく硬くなっていくそのショックは経験した者にしかわからないだろう。

人は失ったものが大きければ大きいほどいつまでもその悲しみを引きづって行く生き物だ。それは知能が発達した人だからこそ起こせる現象で、犬たちにはほとんどないと言われている。

私の大好きなトレーナーの一人、シーザーミランが「犬は今を生きている。過去は引きずらない」とよく話す。もっともな話だと思う。悲しみを引きずった飼い主は新しい犬の飼い主として適切な対応がしにくい。それは悲しみが深ければ深いほど新しい犬に依存し、過去を引きずり失うかもしれない恐れを抱き前に進むことを拒んでしまうからだろうと思う。

そしてその悲しみをいやすために犬を利用してしまう。新しい犬たちに必要なことは飼い主の悲しみをいやすための自己満足の溺愛ではなく、悲しみを極力避けて暮らせるような新しい前向きな生き方のはずだ。

愛ちゃんを失ってから自分が犬たちのために何ができるのかずっと悩んだ。自分のミスできっと長生きしただろう小さな命を失わせた恥ずかしい事実を事細かに公開したらインターネットは世界中に発信できるのだから何人かは書いたものを読んでくれて「未然に事故を防げる」のではないかという結論に達した。

愛する者を失った時のかなしさや混乱はその時そのままのやったことや気持ちを書き綴ることが記憶に残す唯一の方法だということも後から気がついた。
毛色の事や病気の事や知らなければならない事ではないけれど、知っておけばきっと役に立つこと、事故を防げる事、そんなことを伝えたいと願っている。

毎年失った愛犬たちの命日がやってくる。あの子もこの子も可愛かった。どんなに長生きをしてくれて亡くしても、もっともっと一緒に居たかった。短かった命ならなおさらその思いは募る。その思いがある限りいつまでも私は小うるさいお婆であり続けるだろう。

犬たちが好きだから…

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2010/08/01 Sun

Category: 虹の橋へ

悲しい知らせ…

今日の午後、エリーとダコタの息子のセナが7月30日金曜日に亡くなりましたと飼い主さんからお電話をいただいた。今年4月頃急に具合が悪くなって治療してきたが・・・とのことだった。

・・・腎不全だったそうだ。



セナにとって大好きな飼い主さんとの6年と3カ月と10日は素晴らしいものだったに違いない。

我が家で生まれたシェルティーの中でひときわ美しく華麗なピュアセーブルのシェルティーだった。ガンガン走って、アジリティーをしている写真はそれは綺麗なものばかりいただいてある。雑誌にも載ったね。

セナの顔を見たのは2007年の秋が最後だったかなぁ。。。サンダーがアジに出た時に同じ競技会に来てたんだよね。あの後、我が家にはいろんなことがあってそういう場にはいかなくなってしまっていたし・・・

もう会えないところに旅立ってしまったけれど、君が我が家で生まれて育った二か月の日々を私たち家族は決して忘れないよ。おやすみ、セナ…。

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