2009/08/31 Mon

空いた穴をふさぐために…

マリンが逝ってしまって、それでも普通に毎日が過ぎていく。慟哭はなくてもなんとなく切なくて、胸にぽかりと大きな穴が開いたままだ。

使いかけのベビーのおむつも、開けずに残ったブドウ糖αも、良く食べてくれたからまとめ買いした介護食の缶詰も、薬を粉にするためのすり鉢も、毎日使ったシリンジも、何もかもが見るたびに切なくなる。

ぼんやりと…青い瞳のマリンを読み返しながら書いていなかった老後の事を書こうという気になり始めた。

キャンディーを亡くした後も、ジェニーを亡くした後も、ミールを亡くした後も、いくら立ち直ろうって思ってももうそばにいない辛さが大きすぎて彼らの生涯のすべてを、たどってきた経過を文章にできないでいた。書きたいことは山ほどあって、伝えたかった本音も山ほどあって、でも途中で手が止まっていた。

不思議なものでマリンとの暮らしの中の思い出は辛いことが多かったはずなのに1頭の犬の一生として完成できそうに思う。それほど充実した時間を過ごしたんだと思いたい。

マリンの事だけにならなくなっていた【青い瞳のマリン】は再びマリンの事に話が戻って近々完成できそうだ。日記にはあまり詳しく書いていなかったことも含めて病気に対しての考え方やかかわりあい方や、何度もダメだと言われながら長生きしたマリンに私たち家族がしてきたことのすべてを書き残したい。

そうすればきっと出来上がったとき、マリンに褒めてもらえ、今ぽっかり空いている穴がふさがりそうな気がする。。。
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2009/08/31 Mon

Category: つぶやき

同じ印象。。。

パパはマリンにダッシュが20歳まで今のまま頑張っていられるようにお願いしたそうだ。

今のままっていうところに味噌がある。ダッシュももう13歳半になろうとしているので多少気になる部分が出てきたから。
私が感じていたことと同じに、パパもマリンはちいさいころから何も手がかからなかったいい子だったと言いだした。でもダッシュは違ったよねっていう。確かにね。。。思い返せば何歳まで「馬鹿ダッシュ!」と呼ばれていたんだったっけ(笑)

マリンには到底つかない名前の前の飾り言葉。う〜ん・・・それってやっぱりキャンキャンうるさいからキャンディーでいいやって安易に名前を付けられたキャンディーの子だからでしょ。。。

いろんなことがあってこれじゃいかんと修正してようやく理想に近くなったうちのスーパードッグのダッシュ君は、人間と同じように若くて理性がちゃんと働いてる年まではどこに出しても恥ずかしくない犬だったんですが・・・。最近は年寄りらしく我を張るようになってきたよね。

マリンだって手がかからなかったとはいえ、玄関におしっこをするようになっていったし、だんだん子犬に帰るんだねって言うことは手に取るように判ったじゃん。ダッシュだけがいつまでも理想の犬でいなくちゃならないなんってそれはあんまりだと思うけどねぇ。。。それもパパが定年になってあちこち一緒に行けるようになるには20歳までがんばらないと。。。実際問題難しそう。。。

でもその気持ちはわからないでもない。パパは理想を言うけれど、マリンみたいに自分たちの事が判らなくなっちゃうまでがんばった後天使になっていくほうが後悔がなくていいといったらそれはそうなんだけどと答えた。

結局夫婦だから同じ印象なんだなぁって思う。マリンの逝き方はパパにとっても理想的だったのかもしれない。私が狂乱することもなく落ち着いて最期を看取ってやれたことはある意味では大きな進歩だったからだ。

でもマリンは最初からあんな子だった。ダッシュは生まれてくる時からすでにいやっていうほど手をかけさせられてるからね。。。きっと誰よりも私たちに大変だったよって手を煩わせる時間がこの先やってくるんだろう。もう覚悟してるから大丈夫!

それはそれでいいよね。手がかかってもかからなくてもどの子も同じようにパーフェクトに愛しているんだからさ。。。今は元気で一緒にいられることを喜ばなくちゃね。
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2009/08/30 Sun

バイバイ、マリン・・・。

今日、慈恵院でマリンの体を天国に帰してきた。

すっかり痩せてしまった彼女の体重は正確には測ってはいないけれどたぶん4・5キロだったと思う。現役時代十分なコートを表現していた時には38・5センチの体高で10キロがベストだった。

受付で犬種や大きさを書く欄にしばし考えて、「シェルティーなんですが痩せてしまったので4・5キロしかないのですが。。。」とポツリとつぶやくと小型と中型の間でしょうねと言われたのでその欄に印をつけた。

犬種の欄にシェルティーと書いて、毛色の欄にブルーマールと書く。かかりつけの獣医さんはシンバ動物病院の志賀先生。飼い主は自分。亡くなった日にちを書いたらポロリと涙がこぼれた。

あり合わせの箱に、友人の母君が持ってきてくださった大きなドライアイスを下にして、昨日買ってきた私の大好きなカサブランカでいっぱいにした上に、子犬の時から知っている友人が持ってきてくれた抱えきれないほどのオリエンタルのユリたちとたくさんの鮮やかな花たちをいっぱいに詰めて、埋もれているマリン。

花がたくさん過ぎてどこにいるのかわからないくらいだねと話しながら顔を撫ぜてしまうとまた涙がこぼれる。休日だからもしお邪魔でなければお別れをさせてくださいとファミリーも来てくれた。綺麗な蘭の花をマリンのうえに供えてくれて、際立つ花の香りにむせかえるようだ。

この暑さの中、多くの人が入れ替わり立ち替わり愛犬や愛猫を携えて来院してくる。泣きじゃくっている人、ずっと話しかけている人、じっと悲しみに耐えている人…さまざまな様子をぼんやりと眺める。私は…何故だか今までになく穏やかで、泣き崩れることもなく家族と、ファミリーとマリンの思い出話をしゃべり続けた。

あんなこともこんなことも、今となってみればマリンが長生きするために必要なことだったかもしれないという話の中で、太ももの付け根にあった大きな脂肪種か腫瘍かヘルニアかわからないままのあの巨大なふくらみが、何も食べられなくなってから少しづつ小さくなっていったことを伝えると、ラクダのこぶみたいにそこに栄養がたまっていて頑張れたのかもしれないねと言う結論に達したりした。

去年見つけた乳腺種は最初こそ小豆くらいの大きさだったけれど、手術することもできないままにカボスかゆずくらいの大きさにまでなっていた。乳腺腫瘍はほおっておけばいつかは爆発して手当てが大変になると聞いていたからひやひやしたけどメディカルAとファクターで温存できた。

寝たきりになって半年。。。栄養状態も悪かったけど、脳の異常のせいか体は定期的に良く動き続けたから床ずれも亡くなる数日前までできなくて済んだし…

いろいろ思い出してみるとマリンは我が家の娘になった日から本当に手のかからない良い娘だったことに気づかされた。子犬時代に育てる苦労らしい苦労が全くなかったし、介護してきたと言っても、最期が近づくに連れて手をかけられること自体すらなくなっていった。

今となっては夜に内職だ!と言ってマリンのためにベビー用の紙おむつに穴をあけてその切り目にぐるっとテープを巻く作業すらやっていたことが懐かしく思える。


マリンは姿は犬だったけれどやっぱり犬じゃなかったよなぁというのが本音だ。もうあんな子には会えないかもしれないなという思いもあるし、いつかきっと瓜二つのあの子が現れるんじゃないかっていう期待もあったり、悲しみを超越した慈恵院での時間が過ぎていく。。。


荼毘に付され、小さくなったマリンを抱えながら16歳7カ月と言う年齢で、モリーに攻撃されて抜けた2本の歯以外のすべての歯がきれいにそろったままだったことは驚きにも似た感があった。

マリンの事で何をどう思いだしても苦労させられたとか大変だったなという思いが一つもないことが不思議だ。実際、私がよりも、マリンのほうがあわて者の飼い主のおかげで痛い目にあわされたりしたことのほうが多かったのかもしれない。ドッグショーにしても訓練にしても出産にしても、すべてが私の望んだことをマリンが受け入れてくれたことばかりだったのだから。。。

身を切られるように辛かった看病の時間も病魔に侵されて苦しむ姿から驚異的に回復し、私を地獄から引きだした。最期の最期に息を引き取るその時には全く苦しまずに、ず〜っと何時間も眠り続けているくせに、わざわざ私を呼びつけてこの手の中で息絶えるなんって・・・なんてすごい子なんだろうって思う。

愛犬を失うことで狂乱してしまう私のことを熟知して、いなくなられる恐怖にあきらめがつくまで一緒にいてくれたことが受け入れられる悲しみと言うこの答えを生み出したのかもしれないと思う。

犬との別れはこんな別れ方が辛くないのだと初めて知った。後ろ髪が引かれるようにどうかもう一度一緒に暮させてくださいと神様に祈りたくなるようなキュンとした気持ちすら起きない。

マリンが私のもとにやってきて長い年月を共に暮らし、役目を終えて天使に帰った今、それはお互いに十分満足した暮らし方で何一つ後悔がない時間だったのだと実感しているからなのかもしれない。

あの美しい青い瞳のまなざしが私の目とは合わなくなった日が来たことも、どんなに話しかけても何も伝わらなくなった日が来たことも、今日のこの日の満足感のためのマリンが計画した序章だったのだろうと思う。
意思が通じあえたまま逝ってしまわれる辛さはたくさん経験してきた。きっとマリンはその辛さを私には与えたくなくてこの状況を選んだのじゃないかって思う。

本当に飼い主思いの素晴らしい名犬だったね…。バイバイマリン…ゆっくりおやすみ・・・。

※コメント以外にもたくさんの皆さまからお悔やみのメッセージをいただいています。直ぐにお返事を出せなくてすみません。また心の安らぐ美しいお花を送ってくださった皆様この場からマリンと家族とともに厚くお礼申し上げます。落ち着きましたらお礼申し上げに参りますのでしばらくの間、無沙汰をお許しください。
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2009/08/28 Fri

ありがとうマリン…

2009年8月28日午前1時30分…。私たちの人生を変えたブルーマールのシェルティー・マリンが16歳と7カ月と4日で・・・亡くなりました。それはとても穏やかで、思わず「マリン、マリン。。。」と呼びかけてしまうくらいあっけなくやってきました。

この闘病日記を通じてマリンの事を心配してくださった皆様、ありがとうございました。もうマリンは辛いこの世から解放されて、愛しいキャンディと一緒に一番輝いていた美しい体に戻って虹の橋のたもとで私たちを待つことになりました。。。




仔犬たちも寝静まり、静かになった部屋の中で私が机に向かっていると背中越しに「ひゃんひゃん!」と泣きだしました。この2日、真夜中の3時から5時の長い時間泣き続けていたことがうそのように終わり、1時過ぎになると私を呼ぶように鳴きました。だから今日も同じように・・・。

いつものように「どうした?お水でも飲んでみる?」と言いながらマリンに近づいて体を撫ぜようとしたときなんとなくいつもの感じが…あれ?っという変化でした。「マリン、マリン!」とゆすってもいつもなら奥に隠れた目が少し時間をおいてくるっと出てくるのに、出てこないのです。今鳴いたでしょ?と問いかけても振り向いたとき動いたおなかがまた動く気配がないのです。

数回呼びかけて体をゆすりました。。。

なんか力が入ったような感じがして尿が少し出ました。

抱き上げても頭がぐらりと落ちたまま、抱えあげてもすべてがだらりとしたままで・・・あぁ天使になるんだとわかった瞬間涙があふれて・・・





マリちゃん、今まで良く頑張ったね。とってもいい子だったね。最期まで苦しまずにいられて良かったね。もうダメだってママを呼んでくれたんだね。その瞬間に立ち会わせてくれてありがとう。ママが言わなかったら部屋にいる誰もが気がつかないほど穏やかで静かな逝き方だったよ。

ねぇ、うちの子になれて幸せだった?ママはマリンと出会えて人生が変わったよ。犬の素晴らしさを知って犬の感性の深さを知って言葉では言い表せないほど多くの事を学んだよ。みんな君が教えてくれたんだね。

今週に入ってマリンが天使になるのはきっと金曜日だろうなってわかっていたよ。だってそこまでがんばれば家族みんなに見送ってもらえるものね。凛とした気位の高いクールなマリンに見えるけど、本当は甘ったれで家族の誰かがいつも一緒にいてほしいそんな子だったものね。
金曜日になってすぐに逝っちゃうなんって本当に限界まで頑張ったんだね。その思いはちゃんと判ってるから安心してネンネしなさいね。神様のもとに送る日は皆で見送ってあげるから。。。




マリの体はやわらかく温かいままで、手足も尻尾も首も何の抵抗もないまま動きます。それがこんなに悲しいことだと気がつきませんでした。力が入って突っ張った手足のほうがずっと嬉しかったなんって。。。

私たちの始まりが、私たちの一番の犬が今日天使になりました。。。
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2009/08/27 Thu

ありがたい友人。。。

今日久しぶりに長年来の友人から電話があった。
子犬決まって良かったねというお祝いのメッセージとともに気になっていたからあちこち声をかけておいたよという話と無料の掲示板サイトにもついでに書いておいたわよという話だった。

。。。無料の掲示板はいいけど、うちのサイトを読みに来たら問い合わせしてこないんじゃないのと笑いつつ、うちの仔犬たちの行く先を一番心配してくれているありがたい存在なのだ。

産ませた子犬の将来を心配して飼い主を探すブリーダーは少ない。手元から離れてしまえばお役御免と思っている多くの繁殖する人たちがいる中に、そうじゃない人もいるんだと知って欲しいのにねと話し合う良き友人だ。彼女も我が家のマリンのように本当に寿命を超えて頑張った愛犬を老衰で看取った経験があるからマリンの事も気にしていてくれる。

今こんな状態なんだと話すとうちの子はやばそうって思ってから1週間頑張ってくれたんだと言っていた。

水を一切受け付けなくなってから1週間の静かな日々の先に穏やかな死があったと。。。それは病気で亡くしてきた子たちとの別れとは違う穏やかな悲しみだったと。。。

彼女はその子が逝ってしまう時やっぱりそのまま見ていられなくて獣医さんに行ったそうだ。皮下点滴しかできなくてそれでも少しでも楽になるのならと連れだした。

獣医さんからの帰り道助手席にいたその子は家に着く前に命の灯が消えたのだそうだ。だから、私の選んだ、お家にいてそのまま静かにその時を一緒に待つことも良いと思うと言ってくれた。

獣医さんに行かない後ろめたさが少しだけ消えた気がする。友達ってありがたい。同じ経験をし同じように犬を思い、同じようにその時を待たなければならなくなった時どんな気持ちでいるのか判ってくれるのだから。。。

私もいつか同じような立場になった他の人にそのことが伝えられたらと思いこうして書きつづっているのだろう。マリンは今も穏やかに眠っている。それが今はもう幸せなヒトコマに変わろうとしているけれど。。。
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2009/08/27 Thu

今できること…

今もマリンは生きている。こんなに頑張れるんだって、生きているのに切なくなるのはなぜなんだろう?

今日は床ずれができてしまったほうを下にするしかなくてそおっとなんとか体位を変えてやったけど吐きそうにはならなかった。手足が妙に冷たい。毛布をかけてしばらくしたら、発作みたいに急にひゃんひゃんと泣き始める。あんなに冷たい手足がバタバタと良く動く。暑いのかなと不安になって毛布を剥いでみた。

透明なおしっこが少し出た。。。昨日のとはかなり違う。腎臓ももうダメなんだなぁと思う。透明なのは実際よくないことだから。。。でも、飲めていないのにどうして出るんだろう。。。

水分は口が渇くのを防ぐ程度濡らせるくらいで飲み込むという行動には程遠い。1滴ずつ垂らしてやってもそれが嫌なんだと言っているかのようにもがくのでまた躊躇してしまう。

今、できることって何なんだろう…

獣医さんに行って皮下点滴をもらってくることも考えたけど、今のマリンにはきっと逆に肺か心臓のほうに点滴がたまってしまって苦しんじゃないかなって思える状態だ。かといって連れて行って先生に任せる勇気もない。
それはマリンを抱いて車に乗るまでに心臓が止まってしまいそうに思えるから。

マリンがひゃんひゃんと泣くとき、痛いのかな?苦しのかなと不安になる。でもマリン自体は意識があって騒ぐのではないようにちょっと変わったてんかん様発作みたいに見える。遊泳運動に近いっていうか・・・。きっとマリンは自分が動いていることももう判らない状態なんだなと感じてしまう。

不思議なことに今そんなマリンを見つめて体を撫ぜているのに、今までの子たちのように「安楽死」という選択が浮かばない。

生きられるだけ生きたマリン。それを見ている私は、たぶん今悩みつつもできることはもう何もないのだという完全なあきらめに到達してしまったから、マリンの寿命が尽きるのを自然に任せるのが一番正しい選択なのだと思っているのかもしれない。

それほどマリンは穏やかに静かなのだから…。
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2009/08/26 Wed

不安な夜を超えて…

マリンは今も頑張っている。。。目や口から緑っぽい膿の様なものが出てきて拭っても拭っても減っていかない。

口からほんの数滴の水さえ受け付けなくなって丸1日以上たった。

あっけなく逝ってしまうのだと思っていただけに昨夜は一睡もできずに起きて見つめていたけどシ〜ンとした部屋の中でオレンジ色の光の中、マリンのおなかだけがゆっくりゆっくり動く。

朝方白い光が差し込んできて、あぁ夜が明けたんだと気がついた。

朝になればやることが出てくる。マリンの寝ているそばを通るたびにしばらく目を凝らして大丈夫かなと顔を覗き込む。体の位置を治そうと動かすとグェ〜っと吐きそうになり、息が止まってしまいそうになるので動かすことも考えてしまう。

パパに話すとこれ以上頑張らせなくていいんだからそぉっとしておいてやったほうがいいんじゃないかと言う。もう床ずれも何もどうにもならない。動かされて苦しくなるくらいなら動かしてくれるなと言いたいだろうと思う。

夕方になるまで深々と眠り続け、一声かすれた声がしたので様子を見ると水分なんか取れていないのに久しぶりに尿が出た。直ぐにシーツを取り替えてやり体を撫ぜてやると今まで直角に上を向いていた尻尾がスゥ〜っと背中からまっすぐに伸びてゆらりと動いた。

まるでありがとうねと尻尾を振ったように見える。こんなことってあるんだと涙が出た。あとどのくらい一緒にいられるかな?頑張りすぎなくていいんだけどね、苦しくないまま逝けたらいいね。。。

下の部屋にいるダッシュがちょっと息が荒い。具合が悪いかなという気にもなるが元気はある。ダッシュは仲間の死にとても敏感な子だ。死が判るようにさえ思う。だから、パパと相談して今回マリンが逝ってしまってもダッシュには見せないと決めた。

13歳半になるダッシュはマリンが二階のベッドにあげられたことは知っているけれど彼の記憶の中はそこで止まっていたほうがいいと思うからだ。愛ちゃんの時も、キャンディーの時もジェニーの時もひどく落ち込んで具合が悪くなった。いつも一緒だったミールがいなくなった時は見ていられないほど落ち込んだ。まだ今はサムが一緒にいることで気が紛れているようで今日サムが二階に上がっていたから調子を崩したのかもしれない。サムのほかにもいつも一緒にいるシェルティーを選抜して下の部屋に下ろさないと彼の気持ちが持たないかもしれないと心配になる。

だからいいよね、マリン。。。ダッシュは甘えん坊だから、いつまでもマリンは生きていると思わせていてやりたいから。。。
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2009/08/25 Tue

不安な夜…。

もうなにも受け付けなくなった。一瞬多くした薬のせいか良くなった感があったのに、夕方から目にも嫌な緑っぽい目やにがものすごくたくさん出てくるし、鼻水も同じような色になってしまった。眼薬は点せるので点してはいるけど効果は感じられない。

抗生剤もアミノ酸を溶かして甘くして口に入れてあげても、もう流れ出るだけになった。ファクターすら飲み込まないせいなのか舌の上に少しだけ垂らしても全く効果がない。歯茎が白いままだ。呼吸はひどくゆっくり。。。たまに足が少し震えている。寒いかなと思って軽い毛布をかけてあげるけどもう反応がない。寝ているのか感覚がないのか判らない不安が募る。思わず抱きあげたら急に動かしてしまったせいなのか吐きそうになる。血圧が下がりすぎている今、抱き上げてやることも苦痛にしてしまうことなんだろう。

それでもマリンの体にまだ命があるうちに抱いてやりたくて。。。ごめんねと謝りながら。。。

いつものようにまた3時になったら起きてくれるのだろうか?
夕べまでは夜中の3時から5時までの間に起きていて多少なりとも動いたり、体の不自由さが嫌なのか、脳が委縮していて意味もなくわめいているのか、かすれた声でひゃんひゃんと泣き続けていて、一度親指の先くらいのものを排便した。水も薬もまだ何とか飲んでくれた

今朝、ごみ出しのあとさすがの徹夜につかれて死んだように寝てしまい、起きてみたらまた排便があった。昨日と同じくらいのものだった。ずっと食べていないのにほとんど尿も出ないのにどうしてこれが出るんだろうと思う。便を取り除きながらもうダメなんだよなって自分に言い聞かせてみる。

今日はいつもは起きない夕方起きた。泣いたので体をさすってやり口の中を見たら歯茎がますます白くなっていた。心なしかおなかのあたりが黄色く感じる。もともと肝臓がダメになっていると10歳過ぎてすぐに獣医さんに余命宣告されただけに、こんな最後の最後になって黄疸が出るのかと、あの診断はなんだったんだろうと思う。

最もシンバ先生に変わってからも調べてもらった肝臓の数値はふつうは生きていない数値なんだけどさと驚かれ続けてきていたわけだから、診断が間違っていたというわけでもないのだろう。

毎度同じみの「生きちゃうんだ、すごい子だね、獣医学では考えられないんだよ」という言葉の重さが今になってズンと肩にのしかかってくる。

いかにマリンが頑張っていてくれたか、どれほどキャンディーの分まで生きようとしてくれてきたか、今となってはありがとうねという簡単な言葉しか見つけられないでいる。

ブルーマールをいろいろ言う人もいるけれど、マリンは両目が青でカラーヘッドの子だから白が強い。でもこんなに長生きしてつい最近までちゃんと目も見えていて、耳が聞こえにくくなったのも10歳くらいからだったんだからごく普通の犬と変わらない。大きな病気一つせずに、はじめてのお産で泡食った馬鹿な飼い主のせいで帝王切開されたくらいで病院通いもワクチンくらいしか行ったことがなかった。キャンディーが死んで支えを失ったかのように一時がもうダメかと思うほど具合が悪くなった後、なんとか復活し今年の2月まで自力で立って歩いていた。私のことだってこのころはまだちゃんと分っていた。

ブルーマールだから体に問題があるなどと誰が言えるんだろう?マリンのように両目がブルーだって16歳半過ぎまで、こんな寝たきりになるまで頑張れるくらい健康な子だっている。

骨と皮になってしまったマリンに「もういいんだよ十分だから。。。」と泣かないと決めながらも涙がこぼれ、彼女の骨ばったごつごつの体をなぜてあげるくらいしかできないもどかしさ。。。

どうして犬はこんなに短い命なんだろう?どうして犬は人よりも早く年をとってしまうんだろう…同じ寿命なら一緒に年をとり続け、きっと一生に1頭だけと暮らし続けられるのにと切なくなる。

二階のリビングに大きなベッドの上にマリンが寝て、そのそばに彼女の子孫たちが寝転んでいる。娘のレインももうもうじき11歳だ。その下の娘のクリスは9歳になった。孫のファンタ・メロディーがいて、ひ孫のパフィーがいて代々続いている彼女の女系の血筋。

あまりにも大きく人生を変えてくれた偉大なマリンがもうじき天使になってしまう…。あれからもう16年半もたったんだね。。。

マリンと出会った時私は34歳だった…。息子たちはまだ小学生だったよ。マリンの生みの親のおじさんもおばさんも今よりずっと若くて元気だったね。人間じゃなかったけれどマリンは確かに私の娘だった。

ドッグショーや訓練やフリスビーやキャンプにスキーに海水浴。いろんなことをしていっぱい楽しんできたね。そして本当にいろんなことを教えてくれたね。

この世にマリンの親や兄弟たちはすでにいない。誰よりも頑張って長生きしたよね。でも本当は昔のように綺麗で素敵なままいつまでも一緒にいたかったよ。天使になったらマリンが一番愛したキャンディーが待っているから大丈夫だよ。キャンディーと出会えるとき、マリンは昔のように美しくて元気いっぱいの青い瞳のマリンに戻るのだから。。。
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2009/08/24 Mon

ごみ当番でしくじるわけ。。。

我が家のほうではごみ当番なるものがあって数人で週ごとに交代しごみを出した後のブルーの網を上げて掃除しておくっていうのがある。8時半くらいにはたいていごみの回収があって持って行ったら早く網を上げておかなきゃならないんだけど。。。

これがマリンが倒れてから、うちはできないことが多い。申し訳ないなぁと思いつついつもご理解のあるご近所さんにごめんねぇ〜と言いながら手伝ってもらうことばかりだ。

なぜできないのか。。。それはマリンが毎晩夜中の3時から5時の間起きてずっと鳴いてしまうから。。。ずっとその繰り返しだった上にこの数日はもうダメかと思うようになることがしばしばあってその3時から5時だけ起きていれば済むのではなく結局「徹夜」になってしまっているからなのだ。

ごみを出さないわけにはいかないこの夏の間、5時まで起きてるとうだうだしてれば朝になる。7時くらいにごみを出してホッとすると急に睡魔が襲ってくるのでハッと気がつくと10時とか11時なんってことも良くある。

寝ようと思っても気になって眠れない夜中の代償は、事情を知らない人からしたら主婦なのに何やってるんだかって思われるわけで・・・。ようやく終わったごみ当番、事情を知っているから大丈夫よ、お互いさまでしょと言ってもらえるけどやっぱり心苦しいよ。ごみ当番の週はご近所さんに感謝の週となっていますです。。。親切なご近所さんのおかげでマリンの介護が心おきなくできるのです。ありがとう!
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2009/08/24 Mon

しばらくぶりの…

薬の間隔を短くしてから久しぶりの便が出た。目の感染もなんとなく消えてるように見えなくもない。すっきりさわやかって感じではないけれど…

土・日と子犬の見学に来られるお客さんがいたので大丈夫かなぁと少し心配だったけれど、キャンディも同じように私が忙しい時期を避けるように頑張った子なのできっとマリンも判っていてこの土・日には逝ってしまわないと確信があった。

ブドウ糖が効いたのか動きがなかったのが今日は少しあるし、水もいつもより多く飲めたのでちょっとだけホッとしている。そう言いながらもパパは安心した後逝っちゃうことが多いよねと心配しているし私も同じように思う。
24日はマリンが16歳と7カ月目を迎える日だ。もうこんな状態だから17歳のお誕生日までがんばれとは言わないけれど、せめて明日までは頑張ってねと囁いてみる。。。もう24日になっちゃったけどマリンが生まれたのは午後だった。だから今日の午後までは頑張ってほしい…。
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