2005/01/25 Tue

Category: つぶやき

命の重さ

晴れ

毎日ニュースで殺人事件だって流れてくる。
あちらこちらで人が殺されたってニュースが入るって一体どうなっちゃったのさ・・・

放火されたドンキホーテのニュースが流れれば小学生がどんな風になるのか知りたくてとまねしてやってみただってさ・・・

学校は倫理って言う時間は無くなってるの?
ゆとり教育だかなんだか知らないけれど、子供の学習能力が落ちたとか騒がれてるけれど、社会のルール、人間としてのルール、親が教えきれないならそういう部分を何とかしないと日本は崩壊するって思うんだけどね。。。

少し前も子供の虐待が毎日のように報道されてた。殺されちゃった子もいる。今日だって食べ物を与えないまま餓死させた親が捕まった。

人間には理性や倫理があり、通常は動物としての本能を捻じ曲げて生きている部分も大きいと思うことはしばしばある。

でも命に対してはなんか違うんじゃないのって何時も思うのだ。

戦争があったり殺人があったり世知辛い世の中で極普通に生きている一般人の私には理解不能ってことに出会うこともある。

生き物関係者は本当に好きで愛している人は少ないのが現状だ。でも本当は最初から金儲けや自身の見栄を満足させるために愛らしい子犬を手元に抱いたのじゃなかったはずなのに。
あのふわふわな幼く柔らかい塊を抱いたときに心がきゅんとしない人はいないと思っている。
私がこの子を守ってあげようってそう心に誓うのは子犬を抱いた瞬間に起きる。

その気持ちはいつなくなってしまうんだろう?
いつ変ってしまったんだろう?

私の友人には沢山の犬を抱えながら1頭1頭みんな愛していてその中の子が何かで亡くなったりすると身も心もボロボロになってしまう人がいる。
切り替えがなかなかつけられないのだ。
一緒に暮らしてきた家族を亡くした経験がある人ならわかると思うが、いつになってもその存在は失われず、いつも心にその人は生きている。

それは何かのきっかけがあって思い出すというものではなくてごくごく自然にまるでまだ一緒にいるかのように忘れてはいないのだ。
改めて考えるというよりもふとした会話に必ず名前が出てくるように・・・

私や友人にとって犬は同じ存在だからこそ、天に召されてしまった後になかなか立ち直れないでいる時間が長いのかと思うことがある。

でも人間の家族が亡くなったと同じようにある程度の節目がつけば前を向いて頑張っていけるものまた先立たれたことへの後悔の念だけではなく充実した時間を共有できたことへの感謝のあわられではないかと考えたりもするのだ。

それほどの意味をもてる相手となる犬たちを物のように扱う人たち・・・

聞きたくない事実。聞きたくない現実。でも本当に行われている現実。
嫌だなとかの感情では抑えられないものだってある。

どんなに偉そうなことを言っていたってどんなに有名な人だって命の重さがわかっていない人は人間としては最低のレベルだろう。

普通の人はみんな命が大切なものだって知っている。それを変えてしまって平気でいられるようになるには何が関わってくるんだろう?

自分の身の安全?割り切らなくちゃいけないって言う現実?しかたがなかったって言うあきらめ?

どんな理由を並べたって命を軽んじる人は愛犬家とは言えませんから・・・残念!

愛犬家を名乗る偽善者切り!!^m^
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2005/01/18 Tue

乳母車・ドッグカート

晴れ

ショッピングのページに乳母車をいくつかリンクしておいた。
買う時にすぐに見つかるようにね(笑)

昔子供たちを育てるときにも私はベビーカーじゃなくて乳母車を使った。
そのときに購入したのは3役君とか言う商品で新生児のときは乳母車になり、その後はベビーカーで使えるという優れものだった。

あれってどこに行っちゃったんだろう?思い出そうとしても思い出せないし・・・
同じものを探そうとがんばったけど今はもう作られていないらしい。

当時すぐにNAOYAが出来ちゃったので、YUUKIを連れてNAOYAを連れて出るのはすごく大変だったけど乳母車の状態にしておくと二人とも連れ出せてすごく便利だったのを覚えている。

マリンが歩けなくなったらやっぱり乳母車が良いと思う。体もそこそこ大きいし、お座りでいられなくなる日も来るだろうからできるだけ広いほうが良いよなと考える。

もしかしたらついでに蘭&ノンとかも乗りたいって言うだろうし、そのうち乳母車に犬が乗りその横に何頭かを繋いでお散歩するようになったら又近所でうわさになりそうだ(T_T)

そのうちみんな年寄りになる。みんな乳母車のお世話になる日がくるだろう。
だから最初は高くてもしっかりしたもの買いたいなと思う。

先日実家に行ったときに、母がベンに乳母車買おうかと思ってというじゃない(笑)
びっくりしてまだぜんぜん若いじゃない大丈夫よといったら、人間のほうがそれを使うと楽だと思うのよという話だった。

確かにそうかもなぁ・・・
何かを押して歩くって意外に楽なんだよね。
買い物でカートを押して歩いてると長い時間歩いてても疲れないもんだし。。。

買うって言うなら先に買って試してもらってからそれより良いのを買おうかなんて思ってみたり(笑)

いつか愛ちゃんと約束したように今ではマリンと良く日向ぼっこを一緒にするようになった。
庭先でベンチに座ってみんなが遊ぶのを見ながらとか、ベランダの前で洗濯物を干し終わって一息つきながらマリンを抱いてお日様に当たる。

そんな普通のことがマリンが年を取ってしまってからすごく幸せなことだと思えるようになった。

犬たちが若いうちは判らないこともこうして年老いていく大事な友人と暮らすことで見えてくるものが沢山ある。

頑固になったマリン、わがままになったマリン・・・人と同じで年を取ると子供に帰るんだね。

マリン、体は大人でも年をとり、病気を抱え、動くのにも不自由することも出てくれば、子供に帰ることはきっと神様が許してくれた贈り物なんだ。
まだまだ耳もしっかり聞こえてるし目も見えてるしぼけてはいないんだから大丈夫だヨ。(~_~;)

ママはマリンがぼけちゃってもがんばるよ。

でもできるだけ一緒に歩こう。歩かなくなるとぼけるらしいから(苦笑)
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2005/01/07 Fri

Category: つぶやき

(*^_^*)

先日我家に来てくれたRRさん。実はプロのしつけ教室の先生である。
長い間犬のプロ関係には自分の犬は渡したくないと思っていてが彼女とは一年という時間の中に何回もメールのやり取りをし、電話でも沢山話し、相手から得られるものを直感的に受け止めて理解した。

私も言葉尻がきついし、いいたいことははっきり言わせてもらうから、ずいぶんとメールでは厳しい意見交換が続いたのではないかなって思う。

実際、彼女は実に正直な人で真面目で歯に衣を着せないって言うかストレート一直線だ。(*^。^*)
似てるなって思うことも多々ある(笑)

本当のことを言ったら最初とっぷを迎えに来たときにはずいぶん神経質なのかなと勘違いしたくらいである。それだけ次の子に掛ける期待や選ぶ基準に真剣だったんだろう。

私自身も友人たちから言わせれば犬のことになるとおかしいんじゃないのって思われてる節もあるようだ。

そんな私だから彼女が聞きたいこと、知りたいことに誠意を持って答えてきたつもりである。

納得できなければ話は無かったことになるだけだと思って、なんでも正直に聞かれたことについてすべてじぶの見解を話してきた。

だから今とっぷを迎えてからの『親ばかぶり』には毎回にやけさせてもらっている。

手放しで『うちの子は良い子です!』と断言してくれる人は私にとってうれしい存在だ。

とっぷを通して実際にブリーダーとオーナーという関係が出来上がる前まではまったく知らない人だったのだが、直感は当たるようで波長が合うというかレベルが合うというかとにかく話が尽きない。

部分的には教えるということもあるけれど、実際には対等に犬について語り合える貴重な人と知り合えたんだと思う。

彼女はプロであるからきちんといろんな勉強をこなし知識も実力もある。
中でもうれしいことは、実際に犬と暮らしていく中には『行動学』や『心理学』を学べば学ぶほど実際には違うジャンという場面に出くわすのだが、彼女も私も事実は犬から得るものの方が正しいという同じ認識を持っているってことだ。

これが違っていると話があうことはない。どうしたって教える立場になってしまうから・・・

『こういう状況の場合MAGICさんだったらどうします?』ときかれて答えることの多くは彼女が実践してきたことに類似している。

犬種や性別や年齢にとらわれない彼らから送られてくる信号をドウ捕らえるかによって犬はちゃんと形にして答えてくれる。

犬と会話できる人に出会うことは自分にとって貴重な経験となる。でも実際には数が非常に少ないと思う。

お互いの成長のために多くの意見を交え、楽しんでいくことは素晴らしいことじゃないかって思う。

日本では毎年50万頭の犬が人間の都合によって殺されていく。
アメリカでは400万頭である。

犬は人間と良い関係を築ければ素晴らしい相棒になり生涯の友となる。何者にも変えられない存在となることだってある。

そのためには仔犬でも成犬でも渡したら終わりではいけないと思っている。

その家庭家庭に嫁いで、そこで良い子に育ててもらえるように少しだけ手を差し伸べることができなくては生ませる責任は果たせない。

間違った観念を正しい方向に向けるように諭すことも大切だろう。

彼女と私はライフスタイルも犬の育て方も違うだろうがこの先とっぷと言う犬を通じて付き合いが深くなればなるほど私も成長できる大きなものを得られる予感を感じている。

又犬談義やりましょう!お互い爆裂マシンガントークでね(爆笑)
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2005/01/05 Wed

Category: つぶやき

楽しいね。

晴れ

今日はみんなの写真を撮ってきたからペッタンしておこうね。
特にデイジーが走ってくるところが良い感じに撮れたよ。

ファンタとサンダーのツーショットと、ダッシュのお決まりのスタイル。

みんなうれしそう?

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2005/01/01 Sat

Category: つぶやき

ゼンノロブロイの勝利から・・・

晴れ

昨年の有馬記念(競馬)でゼンノロブロイという馬が勝利した。
この馬の調教師さんは現在日本で行われている多くの調教方法とは又違った形で馬を作ると聞いている。

私は馬も好きなのでその調教方法とかも知りたくていろんな本を読んだ。
ミホノブルボンとかの『鍛えて最強馬を作る』とかエトセトラ・・・

中でも『馬と話す男』という本でアニマルプラネットでも紹介されたモンティ・ロバーツという人の半生を知ることによって教えられた『相手を知る』という努力から生まれた素晴らしい軌跡を私も信じている。

ゼンノロブロイの調教師さんはきっとモンティ・ロバーツと同じように馬の気持ちを理解し彼らの意欲を沸き立たせるように褒めて育ててきたのではないかと思う。人間を信じさせる努力・・・それが答えではないのだろうか?

仔犬の飼い主さんになる人に、『犬の気持ちを理解しようとしてあげてください。彼らと会話が出来るようになったら世界が広がります。彼らは人間と少しも変らないのです。』と話すことが多い。

犬は最近になってだいぶ社会的にも認められてきたようにも思うけれどまだまだそうじゃない部分が大きいと思う。

転勤などで引越しした環境によっては飼育できないからと手放される事だって実際にはあることだ。
赤ちゃんが生まれたから病気やバイキンが怖いからと手放されるケースも多い。
人間の子供だったら決してありえない現実は犬には日常におきている。

これはどうしてそうなるんだろうとしばし考えてみると、犬との関係が軽いからじゃないかと思うのだ。

人間の間もそうだが、深く関わりあえる相手とは自分の生涯を通して縁は切れることはないだろう。
犬がそういう対象になりにくいのにはきっとそういう価値が産まれないような暮らし方や育て方に問題があるのではないかと考える。

ゼンノロブロイという馬は藤原和夫さんという馬の意思を尊重してくれる素晴らしい調教師と巡り合ったことで開花したのではないかなと思う。
馬も犬も血統が重要だ。特に馬は走るということに優れていなければ生きている価値がなくなる経済動物だ。

彼らを生かし晩年を幸せにすごされてやれるただひとつの方法は大きなレースで勝ち、その走る能力を子供に遺伝させることが出来ると証明させることじゃないかと思う。

犬も同じだよな・・・でも証明するためにはまず開花させなければならない。
そのための努力が馬はレースに勝つことであっても犬は飼われる家族にとってかけがえのないものになることに変るだけだろう。

犬と暮らしながら学ぶことが数多くある。その中に犬ってこういう生き物なんですよと伝えられるものがあるのだから今年もそれをがんばっていこうと思う。

ねぇ・・・マリン。間違っていないよね(*^^)v
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