2008/10/10 Fri

闘病日記

スズのことを書いたこのブログにメッセージをもらった。同じように水頭症で闘病生活を送られているとのことだった。

スズの記録って移し替えてあったかなぁって見直したら発病してすぐのところまでしか写し切っていない。
ロボットサーチで引っ掛かるのはこのブログのようだから、どこかの誰かの役に立つかもしれないなら移す意味もあるよなと少しづつ移動してみている。

でも結構きつい。。。コピーして持ち込むだけなんだけど、写真もあるし、頭の中にフラッシュバックが起きてしまう。

スズ、スズ、天国では元気にしてる?ミールも行ったでしょ?いまはもう苦しくないのよね…。スズまた会いたいね。。。
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2007/11/17 Sat

1年・・・スズよ・・・

昨年の今日・・・夕方6時30分。スズは天使になった。

スズへの想いは大きすぎて思い出すたびに涙が止められなくなる。
長かった闘病生活のせいじゃなくて、頑張らせ過ぎたあの子へのすまなさがそうさせるのだろうと思う。

骨と皮になるまでがんばらせた。食べ物を流し込み、点滴を繰り返し、もう意思すらないというのにあれで良かったのだろうかという想いはずっとくすぶり続けている。

そんな悲しい思いをする日に偶然子犬が生まれてきた。
予定日がはっきりしなくていつになるのか気を揉んでいた仔犬は3頭。

スズと同じレッドの女の子がいた。

冗談交じりに母犬に「どうせ産んでくれるのならレッドの子が良いなぁ・・・。赤いのね。黒とかぶちとかじゃなくて赤よ。スズみたいな綺麗な赤になる仔ね。」

日ごとに大きくなるおなかを撫ぜながら「赤い子で生まれておいでネェ〜」と囁いていた。

スズが生まれ変わって帰ってきたのかまだわからない。でも、もしかしたら命日で亡くなった同じ夕方に生まれてきた偶然を考えると、「ママは忘れっぽいからこの日にしたわよ」と言ってるのかなぁとか考えてしまう。

スズはとってもいい子だった。今度生まれてくるときはポンコツの頭じゃなくて神様に良くお願いしてぜ〜んぶ一番良い物を貰っておいでと言い聞かせて旅立たせた。

優しいスズの事だから一緒に生まれる兄弟みんなに良いものを着けてくださいと神様にお願いしてくれただろう。

短かったスズの生涯の本当ならまっとうできたはずの寿命以上の分を今度の仔犬達は授かっただろう。
悲しい日を嬉しい日に変えてくれたスズに感謝しつつ・・・
元気に良い子に育ちますように・・・HAPPYBirthday!3Baby(^O^)/
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2006/12/17 Sun

ひと月・・・。

スズを天国に送ってから1ヶ月立った。
偶々リスキーが遊びに来てくれたので暗くならないで済んだかなぁ・・・

夜になってニートのママから大きな花籠が届いた。白いストックと淡いピンクのチューリップはスズのいた時間を思い出させるのに十分だった。

年末になってあそこをかたずけようとかこっちをかたずけなくちゃって触り始めると、そこかしこからスズの匂いが出てくる。

辛かった日々や悩みあぐねた日々が頭をよぎるとき、少しだけ動きを止めてもう苦しくないものねと自分に言い聞かせる事が多い。

スズの認識力がなくなってからの日々のほうがあの子にかかわっている時間が多かった。
でもその中にはスズがスズとして私を認識できていた時間の短さが悲しくて仕方がない。

がんばってはいたけれど自分のエゴだったのかなぁと考える日もある。

ヒカルのように亡くなって行くその瞬間までママを(大好きな人)認識できていたら犬は幸せなのかもしれない。

スズは幸せだったかな?私のことをわかっていたのだろうか?・・・
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2006/11/25 Sat

たくさんの書かなかったこと

スズが具合が悪くなってから本当はもっといろんな事が次々とあったのだけれど、闘病日記として書き残しておかなかった事が有る。

マリンは老化が進み、頭の中身がどんどん子犬に戻っている感じでそれはそれで心配だったりするし、最近はお気に入りだったマンマリゾも食べなくなってもっぱら手作り食でなんとか持ちこたえている。
スズと同じで吸収率も悪く、ウンチが柔らかい日が多い。体重もかなり減ってしまって10キロあったふくよかだった体は骨ばってきていて7キロ台になっている。
元気がよくて子犬のように良く遊び、食べ物には子犬のときでさえ見せなかった食い意地がはってあきれるほどだ。軽やかに飛び跳ねるマリンにはヒヤヒヤさせられているけれど・・・

大体私たちがご飯を食べようとするその箸につまんだ食べ物を横から掻っ攫うというようなお行儀の悪さは悲しいものがある。

でも私たち家族はマリンがどんなことをしてももう叱ることはなく、大量の粗相も、引ったくりのような横暴な振る舞いも、同居する老人の痴呆と同じだと捕らえて受け止めている。

他の成犬がしたらぶっ飛ばされそうなこともMARINは許される。それが我家の決まりなのだ。

犬たちでさえ、子犬であってもMARINに対して横暴な振る舞いをしたりしたらものすごく叱られるので誰もマリンを苛めたりは出来ない。

マリンは天国に帰るその日まで我家の女帝なのだから・・・

食べたいものを食べ振る舞いたいように振る舞い残り少ない時間を幸せに暮らさせてやりたいと思っている。

モリーはひと月ほど前から目の調子が悪くなってなんだかいつも目がしょぼしょぼしている。

目の専門のお医者さんに見てもらっているが、私的には的を得てないように感じることばかりで状況は悪くなる一方で納得が出来ていない。

モリーの性質を考えれば本当な獣医さんには出来るだけ連れて行きたくはないし、痛い思いをさせたくないのになぁって思う。いじられる目がますますひどくなっていくのを見るに忍びないのだから困った患者のママだろう。

犬は文句を言わないが傍にいる飼い主の私はことさらああだコウだと文句をつけているなとまずいかもと思うこともあるにはあるが、モリーの気持ちを考えるとついついどうしても痛くなくしたいのよとけちを付けることになるのかもしれない。

何本もの目薬も効果があるらしいが指すたびにモリーが痛がっているし、言われたような効果はまったくと言って良いほどないので疑問に思っているというのが本心だ。
既にひと月・・・もう一回受診してその後今後のことをかんがえてみようと思う・・・

緊急度の高い子の事しかなかなか書いていなかったがこれからはちゃんと記録として残していかなきゃなぁと思っている。

後悔をしても良いからその後悔を繰り返さないためのひとつの礎として・・・
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2006/11/21 Tue

痛々しいけれど…。

スズの顔写真を探していてコレだよなって言う写真はちょっとだけ痛々しい。
おでこに大きなかさぶたがある写真が一番スズがスズらしい顔に映っているからこの写真を飾っておこうと思っている。

実は決断するときにスズの最後の写真を取ってあった。
もうこの後は撮る事がないかもしれないと思ったらなかなか上手く撮れなかった。

シャッターは二回しか切れなかった。
そこに映ったスズの顔は『苦しいからママ助けて・・・』という懇願にも似た表情に取れたものがあったから・・・

長い間スズと目が合う事はなかったのに・・・(眼震がひどくて視点があわないからではなくスズはずっと前から目が見えていなかったからだ。。。)

あの時はじめてスズと目があった気がしてドキッとしたのを忘れない。

日の目を見る事はない写真だけれど、悲しくて辛くてたくさんの後悔の中でスズにはこれでよかったのだという安堵の気持ちを持てたのは、たくさんの人からいただいてきたメッセージ等もあるが一番はスズの最後の表情だったと思う。

あの顔が、あのまなざしが写真という記録に残っていてくれたから、間違いじゃなかったねとたくさんの後悔の中にスズの気持ちを受け止められたのだという安堵感が生まれる。

あの写真がなかったらもっと長く長く後悔に苛まれていたのだろうと思う。

スズの姿がココにないことは今でもなんかしっくり来ない変な感じのままだけれど、夜中に何度も目が覚めてスズの部屋があった場所を振り返ってみてしまう習慣は抜けないけれど、飾っておくスズの顔はやさしい顔に見えている・・・

20061121-1.jpg
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2006/11/20 Mon

スズの写真

スズの写真を探す。
ちょっとでも状態の良い時のものをと思ってもなかなか思うようなものがない。

倒れてからは生気があるうちの写真は包帯が巻かれていたりするし、元気な子達みたいに沢山取ってあるわけじゃない写真の中からこれって選ぶのが難しい。

亡くなる寸前の痛々しい写真はあまりに辛くて使えないから元気そうなおちゃめな顔の写真があったはず・・・

たくさんいただいたお花のなかに笑顔のスズを飾ってあげたいのに・・・絶対にあるんだから探す!!
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2006/11/19 Sun

バイバイ、スズ。

スズの寝ている箱の中を覗き込み飾り立てた花を直し、冷たくて硬くなってしまった顔を何回も撫ぜて慈恵院というお寺さんへ行く。

愛ちゃんの時はキャンプに行った場所での事故だったから栃木県で荼毘に付した。
その次はヒカル。たった二ヶ月のちいさな亡骸はその当時に深大寺しか場所を知らなかったのでパパと二人で荼毘に付した。

キャンディーを亡くしたとき、初めて慈恵院を知り、荼毘に付した後人間の様とは行かないがきちんとお経を上げてもらえた事がなぜか心が救われた気がして、これからはココでと思っていた場所だ。

キャンディーを亡くしたときのことは家族にはとても大きな衝撃だったはずなのに今日何を勘違いしたのかパパは深大寺に向かって車を走らせている。

途中で行く場所はこんなところじゃないのにと文句を言うとキャンディーのときはココだったと言い張る。

たったそれだけの間違いが悲しくて涙が溢れ出した。

一緒に車に乗った息子たちには道筋はわからないし、みんなで一緒に行ったじゃないのと余計に何もいえなくなった。

ナビを直して慈恵院に着くとNAOYAがキャンディーのときはここだったヨと言ってくれた。
パパは無言だったけど間違いには気が着いたようだった。

受け付けを済ませて順番を待つ間に突然裕貴が『昨日母さんが下の部屋にいたとき一回だけ立てたのになぁ・・・』と突然話し出す。

その言葉は今まで押し殺していた何かに突然火がついてしまい、もう泣かないでいなくちゃと思った心を壊した。

立てたの?そんなことありえない。あんな状態で立てたって言うの?

聞きたい事は一杯あったのに言葉になってこない。

最後のお別れをしてスズが灰になってしまうときには、今まで別れた子たちとは違う想いが突き上げてきて涙が止められなくなった。

『バイバイ、スズ・・・また会える日までね』と送り出そうと思った気持ちは自分のこの手であの子の命をとめたという事実がまだ早すぎたんじゃないかって言う後悔の念でいっぱいになり「ごめんね、ごめんね。。。』という謝罪しか出てこない。

お経を上げてもらった後「しばらくお待ちください」といわれ待合室の方に戻るときにはもう止められなくなった後悔が噴出してしまって嗚咽をあげて泣きじゃくる。

そのまま車に戻ってひとしきり泣き喚いた後、みんなのいる場所に戻った。
途中に裕貴が肩を抱いていてくれた気もするが良く覚えてはいない・・・

パパはこんなとき少し離れている。
傍にいてくれるのは裕貴。優しいんだなって感謝しなくちゃならないのに、口をついて出た言葉は怒りの言葉になっていて・・・

本当は「間違いじゃなかったよね?」と聞きたかったのに、「誰も間違ってないって言ってくれない」と又泣き始めた。

「スズがさ立てたって言ったけど、ウッドデッキの隙間に偶々頭がはまっちゃって倒れられなかったんだよ・・・でも寝たままもがくよりはいいかなって思ったからそのままにさせたんだけどしばらくして又痙攣が起きてその後は母さんが見たままだったよ・・・」

真実はわからない・・・私の見ていなかった時間は数時間あったからその間に少しは立て直せる時間があったのかもしれない。

ありえないことなのに、もしかしたら少しは何かがわかるようになったかもしれないとか、本当はがんばったらもう少し生きたかったんじゃないかとか、何か食べたかったんじゃないかとか飲みたかったんじゃないかとか想いばかりが駆け巡っていく。

もう何も口にも入らない状態だったのに、今になるともう少し時間が立っていたら飲めるようになったんじゃないだろうかとか、食べようという意思が又出てきたのかもしれないとか、苦しがってもがいていたスズの姿よりも、やってやれなかったことへの後悔の方が大きくなっていく。

「スズの苦しみをとめてやったことは間違いじゃないと思うよ」

「間違ってなんかいないよ。みんなとめてやりたかったんだから・・・」

次々とNAOYAが、裕貴が言ってくれる言葉は余計に自分の中の後悔を増大させていく。

「本当にソウ思ってなんかいないんじゃないか?」「まだがんばれるのにと思ってたんじゃないか?」「スズは死にたくなかったんじゃないか?」「だって私がスズを殺したのはもう変えられない事実なんだから・・・』

そんなことを訴えられたって答えなんか帰せるはずもないのに、黙ってしまう彼らにしかぶつけられない怒りにも似た感情だけが突き上げてくる。

泣き止んでは又泣き始め、スズは灰になってくというのに何をやっているんだろう・・・

家族への疑心暗鬼・・・誰も私がどんなに辛いのかわからない・・・疑いの気持ちでいっぱいになっていた。。。。。



お坊さんに呼ばれて灰になったスズを迎えに行く。

背骨や足の骨や骨盤がしっかりした形に残ったのに頭の骨は粉々になって顎と歯しか残らなかった。

私の手に大きな傷を残したあの大きな犬歯だけが妙にコロンと転がっていた。

ひとつづつ拾い上げながらまた嗚咽がこみ上げてくる。裕貴と一緒にひとつ骨を拾いあげた。。。

今までどの仔にもそんなことはなかった思いがこみ上げてくる。もう会えないという感傷的な思いではない悲しみだった。

全て拾い上げて別室でお経を上げてもらった。泣いているせいか心臓が苦しくて肩がすごく重かった。

お坊さんがお経を上げ始め焼香をしに行く。
お経の意味はわからない。なぜかそのお経は「ネンネシナネ、ネンネシナネ」と聞こえ、まるで子守唄のように聞こえてくる。


すると不思議なことに体の中からすぅ〜っと何かがでて行くような気がした。
どす黒く渦巻いていた何かが洗われて行く様な変な気持ちだった。

涙が止まり苦しかった心臓が楽になっていく。
さっきまで憎らしかった家族が優しく見ているのが解るようになった。

さっきまでのあれはなんだったんだろうと思うほどに・・・

きっとスズが許してくれたんだなって、なんとなくソウ感じた。
お坊さんにこのあとはどうされますかと聞かれつれて帰りますと答えると抱いたスズの骨壷がちょっとだけ重くなった気がした。

帰り道にほかの子ってみんな綺麗なカバーをかけていた気がするんだけどなと思ってスズに似合いそうなピンクのカバーを買ってかぶせてもらう。

不思議なことにあれほどいらいらしていた心ではなくなって「スズはやっぱりピンクだね・・・」と息子たちを振り返る事ができた。

スズは今うちに帰ってきた。
愛ちゃんやヒカルやキャンディーと一緒に私の元に一緒にずっといる。。。
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2006/11/18 Sat

スズ・・・おやすみ…。

17日夜8時30分・・・スズを神様の元に送った。

今年はいじめでの自殺だとかあれやこれやと神様の決めた寿命以外で人間界も山ほど天国に行く人が多くてスズみたいなちいさな存在はもう限界ですという事態なのに、見落とされてしまったのだろうと思っている。

それくらいスズはがんばってきたし、苦しくて辛い長い時間を過ごさざるを得ない状況に追い込んでいたのも私なんだと思う。

スズの状態が悪くなるたびに、神様がいるのなら何でここまでこの子を苦しませ迎えには来てくれないのだろうかと呪っていた。

スズは水頭症という大きな問題以外には体は健全で、内蔵も強く丈夫な体に生まれてきた。

そのスズが前回の発作の後には私を認識することも出来ず、眼震も前にもましてひどくなり、立っていることが出来ない長い日々をおくり、食事はすべて流動食を流し込まれるという日常を過ごしてきていた。

工夫を凝らして数ヶ月かけてようやく立つ事ができ、自力でご飯を食べられる日が数日続くときには体中の毛は落ち、傷ができた場所は治らず、食べられるようになったにもかかわらずまったく未消化の状態の排泄物に悩まされ、発作を起こす前の日には消化できない分を経腸食とアミノ酸で補うしかやれることも無くなって来ていた。

抱き上げるときのスズは日増しに軽くなっていき、仔犬たちよりも軽く感じることの方が多い日が続いていた。

立てなくてもがくスズを何とかまっすぐに起こしてやっても物の数分でもがく為に横倒しになる。

次に発作が起きたらもう立て直すことはスズの苦しみを増やすだけだと感じていた恐怖の日が昨日朝・・・突然訪れた。

静かに起こり始めたスズの発作は決してひどく私をおろおろさせるほどの極端な表現ではなかったが時間が立つにつれて治まる痙攣とは裏腹に見開いた目に涙がいっぱいたまり、口元から流れ出るよだれの異常な量と、何時間たっても体を動かせず、そのうえに眠ると言う事ができない自体に私自身が自分でももうどうしていいのかわからなくなっていた。

気持ちのうえでは早く眠らせてやりたいと思うのに、2回もその願いが断たれた経験は病院に足を運ぶべきなのか自然と神様からの迎えが来るまでスズを苦しませ続けているのを見ているべきなのか判断はつかない。

スズの発作がおさまったときに何も手につかない中やはり獣医さんに電話をしている自分がいた。

院長がいなかったら行っても又同じだろう。
心臓が動いているうちは治療するというのが本来・・・
でもきっと院長ならスズがどれほどがんばったか、もう寝かせてあげる事が罪ではないことだと必ず理解してくれるだろうという淡い期待を持って・・・

安易に眠らせていいはずがないことは百も承知しているけれど犬の苦痛を取り除くと言う観点から考えればスズの状態は一緒に暮らす家族でなくても理解してもらえる状態だった。

綺麗なときの数ヶ月前のスズしか知らない先生方もやせこけてもう栄養を吸収できずに骨と皮になりたった3・4キロしかない大柄なダックスをみて声を詰まらせる。

病院についてから約1時間半かかったがスズは苦しみから解放させてもらう事ができた。

自分の意思とは関係なく動く手足が、不規則に乱れる心音が、苦しげに投げ出された舌が、私の抱きしめた腕の中でひとつづつ静かにゆっくりとおだやかな眠りに落ちていくときとまったく同じようにひとつづつ普通になっていった。

彼女の最後の音を聴きとめておこうと置いた私の指先に伝わってくる彼女の骨ばった胸から伝わる乱れた鼓動は少しづつ普通に戻り大きすぎた振動はゆっくりと静かに小さくなっていき、まるで深い眠りに落ちただけのように見えるスズの体の力が抜けたときに大きく見開かれた目は穏やかに閉じられ何事もないかのように心音だけが小さく小さくなっていく。

『スズ・・・おやすみ・・・ゆっくり眠るんだよ』抱きしめたまま涙でぐしゃぐしゃになりながらやっと言葉をかけたときスズの心音は2度と感じられなくなった。

何度も犬の死に目には会って来ている。
毎回亡くなるその寸前に大きくのけぞるようになるあの瞬間がいつも恐かった。
生まれたばかりの赤ちゃんでもおとなの犬でも皆同じだった。

愛ちゃんの時も、ヒカルの時も、苦しかったんだと思っている。

でもスズは本当にただ寝てしまったのだなと思うほどに何事もなく目を閉じた。

生きていることとの違いが心臓の音が聞こえてこないだけで何も変ることなく・・・

朝から長い時間ずっと苦しかっただろうに・・・こんなに安らかにいけるのならもっと早く決断すれば良かったと思うほどスズの最期は穏やかだった。

お世話になった先生方には心から感謝している。通常は決してこうしたことをしない方針だと知っていたが頼る所がココだけだったので嫌な仕事をさせたと申し訳なく思う気持ちが大きい。

生き続けさせていく事が大切なことも知っているし、できる限りのことをしていくと言う事への理解もあるけれど、スズのように余命が続くこと自体がただ苦しみしか残らないときにはこうした選択肢があっても決して間違いではないと思う。

それはスズが私の為に生きているのではなくスズがスズの為に生きているのだからだ。

頭では理解して整理がついてはいても、スズが穏やかに眠ったという事実が残っていても、その反面に私自身が彼女の命を止めたという事実が、殺したのだという事実が心を苦しめ続けていく。

スズに取ってよかったのだという答えがスズから聞く事ができるのはあの子が待つ虹の橋のふもとに私が行く日まで聞く事ができない。

その日が来るまで私の命に対する懺悔が消えることはないだろう・・・

スズ・・・ゆっくりお休み。もう苦しくないね。天国は病気の子はみんな健康な体に戻って暮らしていけると聞いているよ。
きっと何もかもわからなくなってしまってやせこけて毛もなくて傷だらけで・・・ママから見えるのはこんな姿だけれど、もう綺麗な体で何もかもわかるような頭に戻って元気に先に逝っているみんなと跳ね回って遊んでいるよね?

もし神様から又ママの元に生まれていきなさいといわれたら迷わず生まれて来るんだよ。
その時は又一緒に暮らそうね・・・

いろんなことを教えてくれてありがとうねスズ。
いい子でよくがんばったね。花丸の優等生だったよ・・・
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2006/11/17 Fri

発作

予想していた発作が起きた・・・

動きとかやることとかが急激に良くなってきて、パパとなんかこんなに急に良くなってるとキャンディーのときみたいに思えちゃうよねと話していたばかりだったから・・・

スズは本当に良くがんばってきたと思う。
何回も生死の淵から蘇り、痛いだろうに点滴をずっと打ち続け、体にも大きな負担になるだろうステロイドと抗生剤を飲み続け、強制的にシリンジで流動食を飲ませられ、眼震が縦にも横にもおき続けて体をまっすぐに保つことも出来ない時期を長く続け苦しかっただろうと思う。

でもご飯を食べられるって事が彼女の生きる意志だと思い、昼も夜もない数ヶ月・・・看護を続けてきている。

先週には自力でご飯をたべることが出来、シリンジをお休みする事ができていた。
マンマリゾを拒否するので手作りの消化の良い食事に変えた。マンマリゾと経腸食とアミノ酸とを飲ませ続けていたがスズの体はやせていく一方で、体をこするせいもあるが毛がどんどん抜けてしまっていく。

上手く立てないので起き上がろうと遊泳運動とは違うがもがくうちに自分の体を自分の手足で傷つけてしまい体中傷が治る前に又出血するという状況だった。

手間隙がかかるが、子犬たちも少しつづ巣立ってくれたのでマンマリゾの代わりを作ってはあげられたが、ドロドロになるまでよく煮た物ですら沢山沢山食べるのに・・・

少しは肉がつくといいなと淡い期待もむなしく無残に打ち砕かれていく。。。

もう写真にとって公開できるほど綺麗なマホガニー色のスズの体ではない・・・ロングだからまだ見るに忍びないほどではないのかもしれないけれど、何も知らない人が見たら『広島ドッグパーク』の犬たちよりも悲惨だと思うかも知れない。。。でも、それでもスズは生きようとがんばってきたんだし、人に見せるものでもないしじっと見てると涙が出そうになるけれど・・・

毎晩夜中遅くに寝付いたスズに『明日は今日より元気になったら良いね』と話しかけるのが習慣になった。

でも・・・ここ数日自ら食べられるようになってどんぶりに1杯もの量を食べているのに、吸収されていないような便の状態が続いていた。立ち上がれてきていたのも又出来なくなってしまったので、すぐに経腸食やアミノ酸の量を増やしてみたが改善の傾向は見えてこない。

良かったなと思えたのは自力でご飯が食べられるようになってたった3日間だった。

3日前から夜中に寝れなくなったので、起き上がれないでもがくうちにずりながら動くことも出来なくなってどうにもならなくなると大きなうめき声のようなものを上げるようになった。

ココ3日間は毎晩数回スズを動ける場所に移動しまわりを固定してやる。無駄にしか思えない作業だけれど本の少しの時間でもスズが動ければと思うから・・・

昼間は大きな声を出す前には気がついてあげられるのでそういったことは少なかったが、自力で食べられる用になる前に長い時間眠り続けたスズは今度は眠れなくて苦しいようだ。

そして今朝、起きたときはいつもどおりだったので下の部屋に行き用事を済ませて上がってくるとスズの様子がなんとなくおかしかった。

体が小刻みに震えているので軽い毛布をかけて様子を見ていると震えは少し大きくなり断続的になって発作なのだと解るように変化してきた。

二時間たって震えは収まったがスズは動く事ができないでいる。
眼震は震えが納まると同時に少なくなったがまったく止まったわけでもない。

前回の事があって病院に飛び込んでいい物かどうなのかずいぶんと考えた。

発作を起こすたびに起こす前よりひどくなった状態を長く続けると言う事を数回繰り返してきている。
意識がちゃんとまともなのであれば・・・少しでも良い状態の日があって生きていてよかったと彼女が感じられるのならがんばる事が最良の方法だとわかっているから今までやってきた。

でも・・・これ以上の上体を引きづることにスズにとってそれは良いことなのだろうかという問いの答えは見つからないままに来ている。

先のことは考えないことに決めたからがんばってこれたんだけど、今日の発作で、今からだが動かせないでいる(食べるどころか飲み込むこともできないまま)スズに必要なことは、彼女の心臓が止まるそのときまで苦しませてもがんばることなのかまた悩み始めている・・・

自分ではどうしていいのかもうわからなくなってしまったので院長先生に話したら夕方戻るので連れておいでと言ってくれた。

私のことだから・・・土壇場になってまた泣き喚くかもしれない。又病院に迷惑かけちゃうなぁ・・・
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2006/11/11 Sat

最近のスズ

スズは最近マンマリゾをあまり食べなくなった。
飽きちゃったのかなぁって言う感じでたまにあげればいい感じで食べるが以前のように口をぺろぺろする事が少ない。

つまりは食べたくないけど食べさせられてるってことなのかなぁと思う。

そこで少し前からシリンジでの強制給仕をやめてスズの意思に任せてみるようにしている。

つまりは入れ物に入れて食べる意思があるかどうかみて食べられれば自力で食べられるうち付き合って残った分を強制的に飲ませるって言う事だ。

最初はどうにもならない状況だったのがこの1週間でマンマリゾだと食べにくそうなので同じ感じで形があって口で掴み取れるように作ったものを与えるようにしている。

いい感じで食べるのだが問題は水分が上手く飲めないことから脱水になってしまうので2回の食事にして1回はおじやの様な殆ど水分80%とという感じの自家製マンマリゾを与え、これは上手く食べれないのでシリンジで飲ませる事が大半。

2回目は市販のもので言うと『ウエットタイプ』といわれる程度に水分があるドッグフードめいたもの(これも自家製)を自力で食べられるだけ食べさせる。

これが功を奏して今日は入れ物の中に入れたおじやと鶏肉の裂いた物とを綺麗に平らげる事ができた。

数ヶ月ぶりでスズは自力でご飯を私の介助なく食べる事ができたのだ。(と言っても体は支えているけど・・・)

寒くなってきたのに生え変わりなのか、壁にすって歩くせいか、ステロイドの影響なのか毛が抜けてハゲチャビンといった感じのスズ。

洋服を着せたが皆だぶだぶで動くうちに脱げてきちゃっている。
なかなか太るまでには至らないスズの骨ばった体は洋服を着ていると少しは温かそうなので直して上げないとなぁとおもうんだけどねぇ・・・

でもスズに洋服を着せながらこんな日が来るとは思わなかったなぁと思ったりする。

本気でかみまくる危険だったスズが水頭症という進行形の病気のせいで彼女の置かれた状況の殆ど全てが悪い方向へしかいっていないのに、攻撃性までが彼女の意思から消えてくれたおかげで彼女を助ける事ができ、この数ヶ月介護を続けてこられている。

今でもあの無理やりやった爪きりが悪いことだけだったのかどうか答えが出ないでいる。

元気で何とか自分の意思を持ち生活できていたスズを今の状況に追い込んだのは紛れもなくあの行為の代償であるのに、今スズを抱いて洋服を着せたり爪を切ったり、マッサージをしたり出来るのもあの行為の結果である。

介護している私にはスズの体を自由に触る事ができることは天に感謝するほどに感じることもあるんだけれど、なんともやりきれない思いもなくなることはない・・・
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