2010/05/27 Thu

愛しい犬。。。

今日はミールの命日だ。夕べおそくまで起きていたせいか今朝は寝坊した起きた時間はミールが逝ったと気がついた時間だった。

ごみを捨てに行き、宅急便を受け取って、ぼんやりパソコンの前に座る。。。
もう二年もたっちゃったんだなぁ。。。そんなに昔になっちゃったんだなぁ。。。そんなことを考えながらミールの看病していた時の日記を読みなおした。。。でも途中で読めなくなった。涙で前が見えない。いくら拭ってもボロボロとこぼれてきたしまう涙を止めるには読むのをやめるしかなかった。8ページも先まで長い記録があるのに2ページ目をめくって頑張って14歳の誕生日を迎えたところまで読むのが限界だった。

ミールが苦しみながらそれでも私のそばにいてくれたあの時間が昨日の事の様で、まるで昨日あの子が天使になったように悲しみの深さが変わらないことを痛感する。あの当時、ここに記録することが一つの慰めで、あの子がこの世に生まれた証みたいに感じながら書き続けていたのだなぁと思う。

犬の命はその犬にかかわる人たちによって価値が異なる。その犬が幸せであったかどうかは、何をしてもらったかではなくどれほど愛されたかじゃないかって思う。人が必ず誰かから生まれ多くの人にかかわって育ち生き続けるように、犬も同じ道をたどる。唯一つ違っている事は犬ほど関わった人によって大きく運命が左右される生き物はいないということだ。そして人のように長く記憶に残ることも少ないだろう。

たくさんの犬と関わり続け、多くの病気や死と向き合いながら新しい命をはぐくんだ中にミールとの出会いもあった。どの犬ともそれぞれに異なる記憶の海があるが、失ってからその存在の大きさの違いが見えることがある。それはきっと人同士の付き合いの中でも感じる親しさ・愛しさの度合いに違いがあるのと同じだからだろう。

ミールは天使になってしまってから特別な犬になった。

一緒に暮らしている時はまるで空気の様でいることが当たり前であり、存在を主張しない自然なものだった。病気が発覚するまではいつも穏やかに微笑んでいる老紳士といった風情で影のように私に付きまとい、凛とした見た目とは違い甘ったれのかわいい犬だった。

成犬で譲ってもらったけれど、去勢もせずに我が家で生まれた雄たちとも上手に暮らし、小型犬には限りなく優しく、大人の犬の手本のような犬だった。
彼の子供が欲しくても既に生殖能力は壊滅状態で、血を残すことができなかった分後悔が大きいのかもしれないなぁと思う。いつの日かあんな子とまた出会いたいといくら願ってもきっとかなわない夢なのだと思う。


1頭のこの犬と指定する犬が生まれてくる確率は何十億分の一では済まない途方もない確率だ。どんな犬でも世界にただ1頭の犬として生まれてくる。父と母から膨大な遺伝子を受け継いで、その組み合わせの確率を考えたら同じような犬などいくらDNAをコピーして作るクローンでも作り上げることはできない。
双子と呼ばれる一卵性双生児でさえ、実はDNA配列が全く同じではないのだから。。。その上に育つ環境によって形成される多くの部分が重なり1頭の犬は成長していくのだから、同じような犬にめぐりあえるなんってひどく難しい。。。

たかが犬と呼ばれる生き物であっても彼らと繋がれる縁は途方もない確率でつながった貴重なものだったのだと考えることができたら付き合うことのできる約15年は素晴らしいものに替えられるだろう。

またミールみたいな子と出会える日が自分が生きている間にあるだろうか?たくさんの子犬を産ませて育ててきたというのに、これほどミールが愛しいのはなぜなんだろう。彼を迎えた時からあきらめたはずのつなげたかった未来がミールと言うシェルティーにいつまでも思いを残させているのかとも考える。

自分はブリーディングをしているからそう考えるのかもしれない。自分にはミールの血を繋げられなかったことが大きな後悔として残り続けるのだろう。あれほど私だけしか見ないシェルティーと出会ったことがなかったから余計に。。。
愛しさと切なさを次のバネにして、いつの日かあの子を超える子と出会いたいと思う。その日が来たらきっとこの呪縛から脱することができるのだろうから。。。
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2009/05/27 Wed

ミールの一周忌

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ミールが天使になってもう一年たった。この一年本当にいろんなことがあったなぁって思う。

確かに愛してる犬たちはたくさんいるけれど、愛してくれる犬たちはたくさんいるけれど。。。何となく心の頼りにする長い月日を共にした戦友のように感じる犬は多くはない。

ミールはたくさんの犬たちの中で頼れる犬だったと思う。
ダッシュでさえ影の大番長のミールがいたから何の心配をすることもなく飄々と暮らしてきたんだろう。

ぽっかり空いた大きな穴は埋めようともがいても埋まることはないままだ。

いつもどこかにミールの面影を追ってあの子に会いたいと願っている。生まれ変わりのようにキースが産まれようやくシェルティーらしくなってきた。ミールの子犬時代を知ることができたらこんな子だったのかなぁと思いをはせながら子育てしている。

たなびく漆黒の毛皮をまとい、穏やかな吸い込まれそうなあの茶色い目でお茶目な表情をして小首をかしげ、私のそばにだけたたずんでいたミールのようにキースがいつか私だけの犬となる日を感じている。

生まれ変わりなんってないんだよねと思うのに、ミールだけは生まれ変わって来てくれたと思いたい。

ミールとできなかった多くのことをキースとできたらいいなと思う。
ミー君、長い一年だったよ…この一年、いろいろあったけれど君から教わったこと、ちゃんと感謝しているからね。

これからのママを見ててくださいね。。。 
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2008/11/05 Wed

思い出の中には…。

ミールが天使になってからもう5カ月が過ぎた。
あれからいろんな写真とか探して、フィルムのものは写真屋さんでCDに焼いてもらわないとだめだなぁって思いながら、取り込んだのってどうしたんだったっけとデータを探してみる。

年号を見ては2000年とか出てくると一緒にいた時間の長さが妙に鮮烈で、今はもう2008年なんだよなぁって遠い昔ばかり蘇ってくる。

ミールはとっても紳士的で穏やかで優しかったけど、実はひょうきんでたくさん笑わせてくれた子だった。

DISCをやると、なんでそんな風な飛び方できるのって写真を撮った後おなかが痛くなるくらい笑ったっけ。ショードッグだったんですよねぇ?と聞きたくなるくらい飛んだり跳ねたりが大好きだったミール。。。今も天国で大好きだったキャンディーとラブラブしてるかなぁ…。

ミールはキャンディーがすご〜く好きでいっつもくっついて回っていたっけ。キャンディーもまんざらじゃなくて一度は二人の赤ちゃんの顔が見れたらなぁと思いつつ、その夢はかなわなかった。

静かだなぁって後ろを見たらぎょっとするような姿で寝ていて、思わずカメラのシャッターを切ったこともある。その時の写真は息子のつぼにはまり、川柳とともにうちの大切な記録になった。

どこの家庭にも、愛するパートナーとの多くの思い出があるだろう。失ってしまったあとにその子のいたことの大きさがあまりにも大きすぎて時間の流れのままに生きるだけで気がつけばぼんやりとあの子を探している空白の時間がある。

空白の時間を埋めるために何をしているのかはその時にはその時を過ごしているからその場ではたぶんわかることはないのだろう。
結局数年後にようやくその時間がペットロスから抜け出せない時間だったと知ることができるのかなぁとも思う。

その空虚さは一緒にいたことの重さよりもずっと軽い。だからこの先もがんばれるのかなって思う。頑張らなくちゃあの子たちより長生きできて色んなことを変えられる人間であることに意味はないのだろうから。

また今年も寒い時期になってきた。老犬や病犬には厳しい季節に入る。気をつけて残り少ない命の火を少しでも引き伸ばしていつもそばにいたいって思う。



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2008/10/28 Tue

ペットロス(/_;)

先日かわいいダックスの犬川柳カレンダーを買ってしまった。毎回思わずう〜んと唸らせるような的確な川柳は楽しみの一つだ。

でも今回はその中の一つの川柳を詠んだ途端に大泣きしてしまった。

幸せは 君の名前を 呼べること…。


そうだよね…私は今もミールに会いたい。「ミール!」って呼びたい。

呼ぶってことは返事があるってことだ。返事がない名前を呼ぶのは物悲しい。ミールはいつも私を見ていた。いつも必ずそばにいた。

なんで今いないんだろう・・・。また泣けてきた…。

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2008/07/14 Mon

49日

49日って三途の川を渡って7回の裁きや教えを受けて最後に閻魔大王から生前の行いについてさばかれ判決が言い渡される日なのだそうです。

ミールの49日は今日です。

生前素晴らしい仔だったから閻魔大王であろうが神様であろうが天国にいける判決をもらえたに違いないでしょう。そしてきっと生まれ変わっても良いといわれてもう一度私の元へやってくるに違いありません。
でもその時に出会える彼はきっとミールであってミールでないと思います。

慟哭の日々が過ぎると、初めてあの子はあの子だけでしかなく、生まれ変わってきたとしても又新しい歴史を繋ぐ新しいあの子になると気がつきます。

生まれ変わっておいでと言う思いはそれほど愛しく、いつまでも一緒にいたい願いから生まれ出る言葉なのだろうなとあの子が天国にいけるこの日になってようやくたどり着きました。

愛ちゃんが忘れられずに我家に来たノン&蘭。キャンディーに瓜二つのメロディー。愛ちゃんは愛ちゃんでノンはノンで蘭は蘭で、キャンディーはキャンディーで、メロディーはメロディーです。

私と天国にいる彼らに必要な事は、【あの子たちがいた事を忘れない】でしょう。16日に送り火を焚いたらミールも天に帰るかなぁと思います。

彼の49日に御花をたくさん頂きました。覚えていてくれてありがとうございました
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2008/06/20 Fri

白昼夢。

昨日の事。買い物から家に帰ってシャッターを閉めようとしたら、停止ボタンを押すところに小さい青大将がとぐろを巻いていて、腰が抜けるほど驚いた。

ギャーギャー大騒ぎしたらするすると上に黒いパイプを伝わって登っていく。
裕貴を大声で呼んでどうしようそこ通れないヨとうだうだしつつ、庭から回って買い物したものを家に入れた。

網戸を閉めてそれでも恐いからまだあそこに留まっているのかしらと覗こうにも、庭側からは丁度見えない位置に・・・。仕方なくぐるっと回って玄関のほうからそぉ〜っとドアを少しだけ開けてみた。

。。。いない!?。。。

え?・?・?どこ行っちゃったの?蛇ってそんなに早く動ける?うそぉ〜!落ちたのかな?落ちたのよね。自問自答!!(笑)

変な所を這っていたら犬達が外にでれないじゃんと慌ててあちこち覗き込んだがどこにも見えないし(/_;)
こわごわ庭の方に周りこっちじゃないよねと再確認。

いないわ、おかしいなと首をかしげながら庭から部屋に入ったら・・・

ミールがあのまなざしのまま、振り返った姿で立って尻尾を振っていた。
「え・・・どうしてここにいるの?」と声に出したとたんにすぅ〜ッと消えて
同じ場所にサムが寝転んでいた。

いくら目が悪くなったって言っても茶色のサムをミールと見間違うことなんか無い。ミールは立ってこちらに振り向いて尻尾を振っていたし、消えた後にはとどのように寝転んだサムがいたんだから・・・

ドラマじゃないけど、思わず目をこすった。今ココにあの子がいたって、今いたでしょ!って・・・。

今日はマリンのなんか様子がおかしいなって思っていた。夜7時くらいに打つはずの注射だけど、ミールが迎えに着ちゃったのかなと不安になって早めに打った。痛かったのかマリンは起きていつものように排便をし、上手く動かない足を駆使して水を飲み、【ご飯くれ〜!】と騒いでほっとさせる。

でも、おとといまでのように食べ終わったそばから、【まだ食べていないわ】と騒がずに寝てしまった。

一体何故ミールは現れたんだろう?ミール・ミールと嘆き悲しまないでいられたのに何か言いたいことがあったんだろうか?
あの子の笑顔は元気だった頃のように綺麗で優しいまなざしだった。優雅に振られている尻尾の動きさえしっかり目に焼きついている。

あれから1日立った。マリンの状態はやっぱりあれほど【ボケちゃったのかなぁ】と思うように餌の催促も無く、今日は夕方の5時まで殆ど目覚めることなく眠り続けた。おきてからいつものように排便をしオムツを替えて注射をしてご飯を食べた。
満足したのか又寝てしまう。24時間のうち、昨日は4時間起きていたけど今日は3時間だった。

もう限界なのかなぁって不安になる。マリンを迎えに来たの?どうして部屋にいたの?教えて欲しいのに・・・ミール!

今まで何頭も送り出してきたけれど、一度たりともこんな経験をした事は無い。夢にさえ現れてくれたことがないあの子たちなのに、何でミールだけが私の前に現れたんだろう・・・。
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2008/06/10 Tue

2週間・・・。

もう二週間もたつんだなぁって思う。マリンも元気だし何も変らないのに彼だけがいない・・・。早く生まれ変わっておいでと願う中、ミールはうちの犬達とは血縁がないと思い込んでいたのに食事している時にはっと気がついた。血縁があるじゃん。

ミールは父がAmCh.Macdega Candray Cartelと言う犬で実はこの犬ロックとレナの父、ベガのおじいちゃんに当たる犬なのだ。つまりロックとレナはミールと遠い親戚に当たることになる。

なんかほっとしちゃった・・・。でもやっぱりペットロスは抜けていない。
いつか又ミールにそっくりな仔と出会えるだろうか?そっくりだったらトライでも良いわ(*^^)v

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ミールにたくさんの人から美しい花を頂きました。おやつを送ってくださった方も・・・。花を見るたびにミールは多くの人に愛されていたのだととても嬉しく思います。本当にありがとうございました

現在印刷不可能の状態なのでいまだミールの写真を飾っていませんが、綺麗だったミールの写真を並べておきます。

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2008/06/02 Mon

眠れない日々とジェニーの命日。

今日はジェニーの命日だ。
重苦しい気持ちの中にジェニーの命日が着てしまうとは思ってもいなかった。

ジェニーがいなくなって意識的に色々頑張ろうとは思うものの大きく開いた穴はなかなかふさがらないままだ。
うちはどうして若くして逝ってしまうんだろうと嘆きばかりが残った。

今回ミールが14歳という年齢まで頑張り、それも獣医さんが散々さじを投げた時期を乗り越えて数回危篤に陥りながらも持ち直して穏やかな日々を過ごした今、ジェニーも本来なら彼女と過ごした2年という月日は普通なら得られなかっただろう時間だったんじゃないかと思える様になっている。

奇跡の子として育ててきたジェニーは天使になり、1年という彼女と過ごした半分の時間が過ぎている。誰にでも愛らしく愛想の良い彼女だったから、きっとミールが来たことを喜んでいるに違いない。

ミールがいない時間は何事も無く過ぎているようで、実際には大きな変化が起きている。夜になるとなかなか寝られず、特に夜中が駄目だ。昼間ぼんやりしてしまうことが多く、この週末は家族がいるので動いていたが、それでも朝が白みださないとなかなか眠れなかった。昼近くまで寝ていたいと思う。体がついていかない。

気持ちだけはあれもやらなきゃこれもやらなきゃと思うのに、ひとつやっては異様に疲れる。犬たちが色々笑わせてくれるのだけれど、嬉しい知らせもあるのだけれど、可愛い子犬も育っているのだけれど・・・。

夜、体を横にすると決まってミールの寝ていた場所を探り落胆してしまうのだからやっぱりペットロスに陥っているんだろう。犬たちもなかなかミールが寝ていたお決まりの場所には来ることが無く、ぽっかりとその場所だけが開いている妙な感覚は悲しみばかりを引き出してくる。

ミールのためにいただいた綺麗なお花がたくさんあるのに彼の写真を飾れないでいる。いつの間にか元気を装うことで自分を誤魔化しているのだなぁと思いつつ、でもそれもドウにできるものでもない。

長く幸せに暮らし、やれることの全てをやりきったはずなのに、この喪失感はなんなのだろう?
期待に満ちた目が、音も無く傍によりそう暖かいからだが、あのしなやかな毛皮が、傍に無いことがこんなに辛いとは思わなかった。

人と犬は付き合った時間の長さも悲しみに比例するのかもしれない。我が家では年老いて寿命を全うしたと思えるような別れ方をしたのが初めてだ。確かに病気だったけれど、願ったように眠るように私を怖がらせることも無く息を引き取った子もまた初めてだった。

命が消えるときに大きな衝撃が無かった分、自分の動揺は少ないと思ったが実際には違っていたのだといまさらながらに思い知る。長く一緒にいればいた分だけ動揺は大きくなるのだ。その動揺は人の死と同じで、最初こそ忙しさにかまけて泣く暇も無いけれど、ぼんやりとした静かな時間が出来上がると現れるのだろう。

ダッシュのように素直に今の悲しみを受け入れられたほうが楽なのかもしれない。彼はストレスが大きかったようでしばらくの間耳が聞こえなくなった。ミールがいたときは実に良く聞こえていた耳は今は聞こえない。元気もなく一度病院に行ったほうがいいかなと思わせるくらい落ち込んでいる。きっと本当は私もそうなんだろうな・・・。

失ったものの大きさをかみ締めるとき人にも犬にも時間が必要なのだろう。
ここ数年、スズ、ジェニー、ミールと続いた悲しい別れを癒せる時間はあまりに少なすぎる。まだマリンもいるし、後に続く10歳以上の子はたくさんいるのだから、悲しくても辛くても頑張らなくちゃと思う。

若い子たちの時間をつぶさぬように、しっかりと前を向いて進まなければ、鈴にもジェニーにもミールにも顔向けができなくなるから。

泣いてばかりの私の元に彼らは帰って来ようとは思わないだろうから今までどおり強い母ちゃんに早いところもどらなければならない・・・。
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2008/05/28 Wed

1日たって・・・。

ミールが今までのミールではなくなってからもう1日たった。

ミールがうちに来たころの写真を探し出してみると若く美しい彼がいた。
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棺代わりの箱の中に収め、大好きなカサブランカを抱かせ、彼が好きだった庭で咲いている花で身体を飾り・・・。何をしているんだろうと思うくらい自分がしている事すらぼんやりとしつつ、体だけは単調に動いている。

パパが出張で今晩帰ってくるから顔だけは見たいだろうと思うし、荼毘に付すのは明日に決めた。ミールが我家の子になった時からの友人に訃報を告げると一緒に行ってくれると言う。そうなるようにきっとなっているんだよとばかりに彼女は勤めているのに明日が偶々休みだそうだ。

ミールを私に託してくれた先にも連絡をしたらやはり一緒に見送りに着てくれると言う。今回初めて私ひとりで犬を見送らなければならないかと心苦しかったのがミールは日本に自分を連れてきて、その後私に会わせてくれた恩のある人と、ミールをいつも可愛がってくれた友人とで見送ってもらえることになった。

花を入れたり線香を上げたりするたびに収められた彼の頭を撫ぜても硬く冷たいままだ。死んだように眠っていた体がふと起き出して、『ボクはまだがんばるよ』といってくれないかと空しい思いが渦巻く。あまりに穏やかに逝ってしまったから、そしていつもおとなしくここにいてねといったらいてくれて騒ぐこともなく困らせることもない子だったから、箱の中にカクレンボでもしているかのようにさえ思えてくる。

私がそう思うくらいだから一緒にいた子達の中には、『何でミールはその中に入れるのよ〜!私も一緒に入る〜!』と半日なき続けたノンちゃんも。。。いくら匂いをかがせてミールはもう動かないんだといっても聞きやしない。
ノンちゃんはミールが大好きでいつも耳を舐めてあげていたし、ミールは絶対に怒らないので身体にへばりついて日々を過ごしていた。ノンも今年10歳になるから少しわけがわからなくなりつつあるのかなぁと思う部分もあるけど、ほかの子たちと違って私のように彼に生き返って欲しい思いのほうが強いのかなとさえ考えてしまう。

ダッシュは酷く落ち込んでいる。ダッシュもまた私がミールが逝ってしまった事に気がついた時、私のすぐ近くでミールに触れそうなくらい側にいた。彼はミールが逝くのを見ていたのかな?ダッシュの目が赤く充血しているので目薬をさした。いつも彼は仲間が亡くなった時に泣くのだと思う。ポロポロとこぼれ落ちた涙を見たのは愛ちゃんの時しかないが、キャンディーの時もジェニーの時も目は真っ赤になった。

彼もまたぼんやりと庭を眺めていたりいつもと違って元気がない。誰かが来た!と言って彼が騒ぐと呼応するようにミールがピルピルと泣く声が聞こえないからだろうか?彼らは始めてであった日から親友のように仲が良く、いつも一緒に出歩いて来た。具合が悪くなってからも同じ時間を同じ場所で過ごすことはそれだけで満たされる何かがあるんだろうと思う。それがもうなくなった。

ブリーダーもとの『ソロモン』と犬猿の仲だった二人はタッグを組んでソロモンに眼を飛ばしていたこともあったっけ。ダッシュが若くまだ自信に満ち溢れていない頃にはミールはいつも影のようにぞばを歩き、ダッシュが他の犬に威嚇されようものならダッシュの前に立ちふさがり相手を睨みつけてきた。

ダッシュには父親代わりの保護者のような犬がいなかったからミールはきっと父親のような存在だったのかもしれない。彼と関わってからダッシュは大きく成長し自信を持って群れのリーダーになった。その影にはいつもミールがいてバックアップしていたのだろうと思う。

蘭ちゃんはノンとは違って最初こそ大騒ぎしてミールを眺めに来たが匂いをかぐと飛んで逃げていった。その後はもう近寄ろうとはしない。
ダックスたちは遠巻きに眺めているといった感じだ。犬にも『死』は体から出る匂いの変化で大きな衝撃を与えるのだろう。

ミールとは仲の良かったミミはパパがいない日には私から声をかければ擦り寄ってくるがいつもはそんな事はしない。デモ昨日の晩はヒンヒンと泣きながら側に着て寄り添って一緒に眠った。

大切な人がいなくなったときともに暮らした仲間はそれぞれに多様な反応をする。それはかかわりあい方や愛し方や存在への価値観の違いによって大きく異なるのかもしれない。



我家のように犬と何かをやって楽しんでいたりするようだとそういう存在の犬は特別大切で可愛がるが、役に立たない犬はかまってもらえていないんだろうと思われていた事があって酷く落ち込んだことがある。

この闘病日記に書いてきた記録の主の犬たちは事実上『役に立たない犬達』の記録だ。我家には一般的に言われる優秀な多くの賞歴を持つ犬は少ない。一緒にいる子たちは殆どが極普通の家庭犬だ。ミールのようにショードッグとして生まれ日本に輸入されてきても我家でただの家庭犬として愛されるだけで暮らす仔ばかりなのだ。

ショーでもアジリティーでもフリスビーでも訓練でも、彼らが輝ける時間は短い。その輝ける時間を作る為に多くの努力をし、犬と通じ合える感覚を持てる事は犬と暮らす最高の喜びだと思う。でも・・・犬と暮らすと言う事の中でその輝く時間はホンの一瞬のことだ。

ミールのようにショーに出ることもなく子供を残せることもなく、人から多くの賞賛を浴びることもなく生きてきても、また生まれ変わってきて欲しいと切に願われる犬となれたなら、犬として生まれてきたことをきっと後悔しないだろう。

人は犬を幸せにも不幸にもすることができる強い存在だから・・・。たった一つのちいさな命を、たった十数年しかない短い寿命を、若く美しい輝く時間を有効に使いながら会話できる喜びを得る為に愛犬と色々な楽しみを持って欲しいと思う。
犬と会話できるようになるためには係わり合いの度合いが深くなければ難しい。若い時代には通じないと思われがちな会話がいつしかツーといえばカーと言う関係となれる日がきっと来る。
その日が来る頃には犬とは穏やかに暮らす日々しかもう残されていないだろう。

だからこそ、私は今までもこれからも言い続ける。犬と一緒に楽しむものを作ってくださいねと、そしてそのためにする努力はきっとかけがえのない物になりますよと・・・。犬は人から学ぶものよりもより多くの事を伝えてくれる貴重な大昔からの友人だから・・・。
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2008/05/27 Tue

ミーちゃん、ありがとうね。。。

今朝9時ころミールは天使になりました。

私が願った通りに眠ったまま苦しまずに逝きました。


夜中じゅう何度も吐き気に襲われていたのが嘘のように止まり、少し楽になったかなと思っていた。夜中の3時ころに500ccの点滴も終わり、自力で立っておしっこもたくさん出せた。横にすると顔を持ち上げてじっと見る。台所に行って戻るとずっと後を追うように見つめている。

お水でも飲みたいのかなと顔の前に持っていっても「違うよ」と言って顔をそむけ、その代りにまたじっと見つめてきた。
そうか・・・撫ぜててほしいんだね、苦しいんだもんねと気がついて背中をさすってやると目を閉じた。

彼の体温が感じられている時間は怖さが薄れる。
死が訪れる瞬間の恐怖を二度と感じたくないと思う気持ちはミールにばれていないだろうかとふと不安になる。
朝7時に直哉が出勤し、下の部屋の犬たちも一度は起きたけど、私が起きようとしなかったのでまた静かに寝始めた。ミールも息の荒さは変わらないが吐き気も起きずにいたのでさすったままうとうととした。

ミールの体に触れていたのに・・・顔と顔がくっつくようにして一緒に寝ていたのにミールが逝ってしまうのはわからなかった。
はっとして起きた瞬間ミールの顔は冷たくて前足も少しこわばっていた。
体はまだ温かくて柔らかいのに…。

ミールはシェルティーとして家庭犬として申し分なく美しく、穏やかで、立派な子だった。私に雄犬同士でも、たとえ大人になってから一緒に暮らすことになっても何も問題はないのだと教えてくれた貴重な犬だった。

最初から最後まで私だけの犬だったミール。いつか必ず生まれ変わってきてまたもう一度一緒に暮らしたい。
私との約束をみんな果たしてくれたあの子だから、きっと必ず戻ってくるだろう。

あんなにつらくて苦しかったのに、14歳の誕生日を迎え、私を怖がらせないように体に触れたまま眠るようにして逝けたミールなら、私の願いどおりに美しいブルーマールの男の子としてきっと我が家に生まれてきてくれるだろう。

ミールには他の子にない私にだけわかるあの深く浸透するようなまなざしがあるからきっと見つけられる。

今は神様にもう一度人生を私のもとで送れるようにお願いしに出かけたのだから・・・今度は私が待っている番だね。いつも君が私を待っていたように、そして私は必ず君の元へ戻ったように・・・。
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