2014/01/20 Mon

阪神大震災の日は…。

ダッシュの命日は阪神大震災が起きた日だ。まさかこの日になるとは予想もしなかったけれど否が応でも思い出さざるを得ない日になってしまった。

犬たちが旅立った日を私は思い出したくない。17日の朝も今の気持ちだけ書き残そうと書き始めた結果、平常心には程遠く、鮮やかにあの情景がはっきりと浮かびだしていてもたってもいられなくなった。

阪神大震災を経験し、大切な人を亡くした多くの人たちもまた同じようにつらい一日になっているのだろうと思う。

私にとって、我が家にとって、ダッシュをはじめなくなってしまった多くの愛犬たちはどの子もいてくれなくては困る子たちばかりだった。もし願いがかなうのならみんな自分たちと同じように長生きな生き物であってほしかったと思う。そう思いながら短い命だからこそ私たちは彼らを守ろうとするのだろうし、愛おしく思い、慈しむのかもしれないとも思う。

そんな彼らが自分たちのもとにいない何ってことはどんなに時間がたっても認めたくない、認められないことなのだろうと思う。

今は、ダッシュたちみんなは体調がよくなって若者と一緒のほうが楽しそうなので二階に住んでいると思うことにしている。
息子が外に出かけているときには一緒に散歩に出ていると思うことにしているから、たまたますれ違いで今日は抱っこしなかったなぁと思うようになった。育てなくちゃならない若い犬たちの面倒を見るためと、年老いたミミちゃんがいるから、元気印のお利口さんな君たちは二階で遊んでいるほうがいいよねと思っている。

そう思うようにしないと命日が来れば目に焼き付いた彼らの亡骸の映像があまりにもはっきりとしたままで、頭がおかしくなりそうなほど辛くてまだまだ悲しいから。。。

外には天国にいるんだよと言いながら心の中では一緒に家の中で暮らしている・・・私にとって家族ってたとえ体はそこにいなくてもそんなものなのだろうから。
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2013/01/20 Sun

お葬式

ダッシュが亡くなった晩、私たちは人と同じように添い寝をした。

夜中に逝ってしまったのでみんなでダッシュを囲み泣きながら見守った。綺麗な毛布にくるみ毛並みを整えて今までどおりに一緒に眠った。ノンちゃんとアラレはいつもどおりにダッシュの体にぴったり寄り添って、不思議な光景だった。

朝、パパが「明日休むから一緒に慈恵院に行こうな」と言って家を出た。本当に会社を休むんだと、内心ホッとした。ずっと前から、ダッシュが死んでしまったら俺は忌引きをとるんだと言っていたけど、実際は難しいだろうと思っていただけについウルウルしてしまう。次男は朝連絡が取れず夕方過ぎての知らせだったのでショックが大きかった。彼もまた同じ日に会社から休みをもらってきた。

いつの間にか愛犬が亡くなっても家族全員で見送れなくなってしまっていたけどダッシュは特別な犬なのだ。家族それぞれが出来る限り普通に振舞おうとしながらもそれぞれが隠しきれない動揺を見せてしまう。話す言葉に嗚咽が混じったり、言葉に詰まったり、ふと顔を見ると涙ぐんでいたりする。大の大人が・・・。

私自身は今までと違って泣き崩れるわけでもなく、何かの拍子に抑えきれない涙は溢れるけれど、今まで見送ってきた犬たちへの感情とは何かが違っている。その違いがなんであるのかはまだわからないままだけれど、まだダッシュが死んでしまったという実感がないのかもしれない。

抱えきれない花に包まれて箱に収まってしまったダッシュは、もうこの世に彼の魂はいないことを教え、もうじきこの姿を見ることはかなわなくなることを教えている。でもまるで駄々っ子のようにその事実を頭の中だけが見ないふりをしているような感覚なのだ。

金曜日、みんなでダッシュを見送った。慈恵院さんへ出向くとき、いつもは犬たちを置いていくのだけれど、今回はどうしても連れて行こうとプラスとモリーとアラレを同行させた。車の中での待機になるだろうけれど、せめてあの場所まで一緒にと思って・・・。

サムを見送ってまだ3週間しか経っていないからご住職にも驚かれた。私たちを気の毒に思ってくれたのか慈恵院さんの方針なのかわからないままあちらのお言葉に甘えさせていただいて、プラスもモリーもアラレも私たちが入る場所にはすべて同行させてもらえた。

待合室も、荼毘にふす時も、お骨を拾う時も、お経を上げてもらう本堂にも入ることを許された。順番を呼ばれるまでのあいだ設置されているドッグランで一頻り走り回り、一息ついて待合室ではおとなしく抱かれていた。荼毘にふすときはなんでママ達は泣いているの?と不思議そうに私たちを見つめ、その顔がダッシュが愛ちゃんを見送った時によく似ていた。お骨になってしまったダッシュの匂いを嗅ぎ、変な顔をして小首をかしげるプラスは何を感じたんだろうか。

読経が流れ鐘が鳴り焼香の匂いがたちこめるなか、3匹は神妙な顔をしてじっとしていた。今まで犬たちを同行させたのは愛ちゃんが亡くなった時だけだ。あの時はキャンプ場にいたので犬たちを置いていけなかったからだった。いつもダッシュと一緒にいた子達を同行させてみて初めてダッシュのお葬式をしているのだという実感がわく。

それでもまだなお、私の中でダッシュは死んでいない。きっと永遠にダッシュは死なないのだろう・・・。
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2013/01/18 Fri

ありがとうダッシュ・・・。

MR.BLUE OF MAGIC JP ダッシュ永眠 16歳8ヶ月23日 2013年1月17日午前2時、ダッシュは長い眠りにつきました。

ちょうど17日付のブログの記事を書き終えたところで、出ない声を振り絞って吠え続けるので体勢を変えたりパンツを取り替えたりしてみました。いつもなら納得する体勢に落ち着けばもがくこともやめて静かになるのになかなか落ち着きませんでした。

「どうした?横になってると苦しいの?縦になってみる?」ダッシュの返事はないけれどいつもの習慣通り話しかけ背中をさすり頭を撫ぜていると急に吐こうとするような仕草をしました。目に宿っていた光が一瞬消え、月曜日の時のようにうつろになったので慌ててパパを起こし一緒にダッシュを呼び戻そうと二人でもがきましたが・・・ダッシュは大きく3回吐くような仕草をして長いあいだ使い続けた心臓を止めてしまいました。大好きなパパの顔をずっと見つめながら・・・。

思い返せば年末の27日にサムが先に逝ってしまった時、なんとなくダッシュのために残りの命を分けてくれたような気がしていたのですが、パパとダッシュが一緒にいられる長い休みが終わって、ダッシュが旅立ったことは偶然ではないように思えます。だからきっともうお休みが終わったよと、サムが迎えに来たのだろうなと思います。

人間の年齢に換算したら96歳くらいになっていたダッシュはとても健全で元気な丈夫なカラダを持って生まれてきてくれました。ダッシュは我が家で初めて生まれてきた最初の繁殖犬でした。たくさんの子犬たちをこの世に生み出してくれた頼もしい父親でした。DISCDOGSHELTIEのパイオニアでもありました。多くの人にシェルティーもフリースタイルができるのだと知らせることができたのはダッシュのおかげです。

ダッシュとは色んなところへ行ったし色んな事を楽しみました。病院には全く縁がなく、子犬や若い犬たちの手本となる犬でした。楽しかった日々がつい昨日のことのように思い出せます。あんなことがあったね、こんなことがあったねと吹き出すように溢れ出てくるたくさんのエピソードをいつかマリンのことのように書いてあげたいなと思います。

少しだけ心残りがあるとするならば、それは我が家にはダッシュの直子がメロディーとサンダーしかいないことでしょうか。。。でも、メロディーからパフィーにその血は受け継がれ、パフィーからエコー・マオ・カリン・キョンキョンにつながり、ソルトに繋がりました。。。ダッシュはいなくなってしまったけれどダッシュは消えることの無い存在として生き続けていきます。私たちと共に永遠に・・・。



目の前にはダッシュの抜け殻があるのに、まだその事実を淡々と形だけ受け止めています。心の準備はもうずっと前からできていたはずなのにダッシュの死を認めている自分と認めようとしない自分の二人が私の中にいます。ダッシュの体を天国に返したらこの気持ちに収まりはつくのでしょうか?やり残したことなどひとつもないのにどうしてこんな気持ちのままなのでしょうか・・・。
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2013/01/17 Thu

状況は最悪でも・・・。

ダッシュが死にはぐった時から、どうやっても食べ物を飲み込もうとはしなくなった。苦しかったせいもあるのだろうけれど、大量のヨダレが出ているところを見ると喉の奥になにか出来ているのかもしれないなと思う。

具合が悪くなってからずっとこのヨダレが気になっていた。年寄りって言ったって程度を超えてる年寄りだから普通なら歯や歯肉に問題があって口内炎が起きていたり歯槽膿漏とかでヨダレが出ることはある。でもダッシュの口の中は至って綺麗なのだ。まだ元気なうちに口の中をよく見せてもらったけれど、多少の歯石がついた奥歯はあったが爪で容易に取れてしまう程度だった。歯茎は綺麗なままだし見える範囲の口の中と喉には異物は見えない。。。

ひとつ気になることといえばずいぶん前に唇に黒い出来物ができて、病院で難なく取ってもらった良性の腫瘍のこと。黒いカリフラワーみたいなブツブツしたグロテスクな出来物だった。それは昨年になってからまた一度大きくなって同じようにとってもらうことができた。あれが唇特有のものでなかったら、喉の奥に出来たりするようなものだったら・・・と考えてしまう。最ももしそれが当たりだったとしても今更どうすることもできないけれど。。。

窒息しそうになったあと点滴と薬で少し楽になったのかよく眠った。朝方になって起きると言い出して体を縦にしていればおとなしくしていた。もしかしたら誤飲して肺炎になってしまうのかもしれない。今の状況で肺炎になったらもう治らないだろう。。。横にするともがいて泣くのでうつらうつらしながら膝の上にダッシュのお腹を載せて上半身を支え背中をさすり続けた。1時間もそうやっていたらようやく横にしても文句を言わずに眠り始めた。やっぱりどこか苦しかったんだろうと思う。

午前中はいつもなら騒ぐことなく静かなのだけれど、今日はいつもより私を呼ぶことが多かった。体を立たせて欲しいのかなと思うと違うらしくまたもがく。反対向きに寝かせるとしばらくはおとなしいけれどまた騒ぎ出す。でもひとつ大きく変わったことは声の大きさだ。今までのようにはっきりした大きな声で泣けなくなってきている。

食べ物を食べていないのだから声だって出なくなるけれど、サムも同じように亡くなる前の日に私を呼ぶ声が小さくかすれていたことを思い出した。犬と暮らすとき、吠えられることはあまり歓迎できることではないのだけれど、犬たちと私たちの意思の疎通は声で行うことが多い。甘えた声や寂しがっている声や喜んでいる声や怒っている声や痛かったり怖かったりした時の声等等、長く暮らしていればいるほどその犬その犬それぞれの表現を伴わせ声の調子や、声色と言われるものの微妙な違いに人は気がついていく。

ダッシュは声帯を切っているわけではないのに掠れたほとんど音のないような声でしか今日は吠えられなくなってしまった。体や頭をなぜてあげると少しは楽になるのか目を細める。気に入った体勢に落ち着けば2.3時間は熟睡する。

ダッシュの胸が動いているかどうかを確認するようになってしまった今を少し恨めしく思ってしまう。呼吸がふぅふぅと大きくゆっくりになっているけれど今またおしっこが出たと教えるのでパッドを取り替えて汚れを拭いた。

あと何日ダッシュの世話をしてあげられるだろう。ダッシュの心臓がとても強いからきっとまだ頑張っているんだろうと思う。もし苦しくないのならもうちょっと一緒にいて欲しい・・・。
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2013/01/15 Tue

目の前に死が・・・。

月曜日の夕方、ダッシュの息が止まった。ちょうどご飯を食べさせ終えた時で、最後の一口を飲み込み損なった。ダッシュの目がうつろになり、吐こうともがこうとした途端に力が抜けた。息が止まっている。。。

体中から冷や汗が吹き出して、大声でパパを呼び、ダッシュの名前を呼びながら背中を叩いた。どのくらいの時間だったのかわからない。パパがダッシュの顔を支え、私はダッシュの体を持ち上げて背中を叩いていた。

抱き寄せている腕に伝わってくる確かな心臓の音を感じて叩く手を止めた。流れ出たよだれを拭き取り、顔を覗き込むと、目に光が戻ったダッシュになった。

窒息で死んでしまうなんってダッシュらしくない。ダッシュは私にいっぱい手をかけさせて、大往生でなければいけないのだから。どの子にもそれを望むわけではなく、ダッシュであるからこそ望んでいる。

日を追うごとに、支えていても立っていられなくなり体もどんどん細くなっていく。食欲だって回復しないし、目もほとんど見えていない時の方が多い。それでもまだ、おしっこが出て気持ち悪いのだと私を呼ぶし、うんちが出そうだと私を探す。。。

もう少しで16歳と9ヶ月がやって来る。人間だったら一体いくつなんだろう。ペット年齢換算表というのがあったので中型犬で調べてみた。中型犬だと16歳が93歳で17歳が98歳。小型犬は猫と一緒の計算だったのでダッシュの大きさなら中型かなという感じ。1歳(12か月)を5年と計算しているので、1ヶ月は4ヶ月とちょっと。ダッシュは96歳になるのかな。。。

充分生きたと思う人もいるだろうけど、私たちにとってはたとえ20歳まで生きてくれても十分すぎることは無い。。。この犬に出会えたこと、この犬と暮らしたこと、この犬と多くをともに楽しんできたこと、それは消えることがないけれど、ここにいるはずのこの犬がいずれ私たちの前からいなくなることを今はまだ受け止められないでいる。。。
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2013/01/12 Sat

出来ることをする。

今日のダッシュは歩くことはできなかった。立たせればフルフルしながらなんとか立つけれど、前足にも力が入らない。骨と皮のこの姿で今までたっていられたことのほうが不思議なのだから、体力が回復するまで無理しなくてもいいのにと思うのに、なんとしても立とうともがくこと数回・・・。

そんな毎日を過ごしていれば自ずとダッシュが立とうとする意味も相応に分かるようになってくる。しつこく吠えてもがくことが多いときは排便の時。吠える回数が少ない時は排尿の時。今日はちょっと硬かったけれど二つウンチが出た。で終わるとすやすやと寝始めた。すっきりしたんだなぁって思う。


それ以外はほとんど寝ているようになった。同じ姿勢が長く続くと良くないのである程度に時間を見計らって体勢を変える。もちろん安眠を邪魔するのはよくないので相応の時間ごとにだ。床ずれにしたくないからとやたらと体を動かすほうがいいように聞くこともあるけれど、私は数時間ごとがほとんどだ。動かさずに上に向いている体をマッサージしてあげたほうが安心して眠っているし、多少なりとも血行が良くなるような気がする。ダッシュ自身も寝ているから全く動かないわけではなく、寝心地が悪かったりすれば手足を動かして向きを変えている。たまに反対になっている時もあってびっくりする。

数日前から気がかりなのは呼吸音が少し「ゼロゼロ」としていることと手足が熱くなってしまうことだ。抗生剤のチカラで肺炎になるのを抑えられればと思うけれど、ドロドロの食べ物をシリンジで飲ませている状態なので、多少なりとも誤飲してしまった可能性も否めない。年寄りの犬が肺炎を起こしたら致命傷だ。。。熱っぽいのが気になってしまうけれど、なんとか体の熱さは収まった気がする。熱を測ればいいようなものだけれど、肛門に体温計を入れるのがはばかられるくらいダッシュは弱々しくなっている。きっとそんなことをされても嫌だろうと思うので気休めに温度を知るだけだから体温を測るのはやめている。

昨日はほとんど飲み込まなかったのですごく心配したけれど、今日は薄め方を変えたら100cc位飲んだ。缶詰自体はちょうどひと缶。明日はもう少し食べられたらなぁと思う。。。

変わって今日はエリーの調子が悪い。今まで食べていたものを受け付けなくなり、ダッシュと同じ介護食の缶詰を好む。多分急に大量に今までと違う食べ物を食べたせいだろうとは思うけれど、今日は食べたくありませんと拒否したあと下痢になった。飲み薬は飲んだけれど夜中になってまだ止まってこない。昨日クリスも下痢して夜中に吐いたので暖房は付けてあったけれど、少し寒かったのかもしれない。夜中はエアコンに切り替えておこう。

昨日は訃報が続いてショックだったけれど、めそめそしてても仕方がない。今できることを、頑張れることをやるしかない。。。頑張れ自分。頑張れダッシュ、エリー。
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2013/01/08 Tue

頑張っています・・・・。

サムが逝ってしまって何がなんだかわからないままに過ぎた年末とお正月。サムのことは落ち着いたら書こうと思う。今はまだ、悲しみに浸れるほどの時間が私にはない。たくさんのお花をいただき心から感謝している。サムもまた多くの人に愛されたのだと感慨深かった。

あれよあれよと過ぎていく日々、ダッシュは毎日ボロボロの状態なのに立ち上がって歩いてくれている。今日はもう立てないだろうという予想を毎回見事に裏切って、何度ももうお別れかもしれないと思わせて、それでもまだ今日も庭先に降り立つことができた。

日に日に立てている時間は減り、よろめき倒れこんでしまうことが多くなった。今日はもう自力で部屋まで戻れそうもなかったので抱いて部屋に入った。

一時、完全にボケてしまったのだと思っていたのは間違いだった。ダッシュはお腹が痛いとか気持ち悪いとかそういう不調を訴えるために吠えて私を呼んでいた。最近は薬の効果が出てきたようでお腹が痛いのはほぼ止まったようで呻くような声を出すことはなくなった。

喉が渇いているとか、おしっこが出るとか。こんな状況なのにダッシュは律儀にトイレまで行こうと頑張るし、排尿の時にはまだ片足を上げて出来る。たくさん食べることはできないのだけれど、ベタベタで食べにくそうだけれどそういうものじゃないとうまく飲み込まないし、固形物が食べられればだいぶ違うと思うけれど、今はまだ無理なのだ。食べられないせいなのかわからないけれど、よだれがひどい。口の中を見てもなんでもないので問題があるとすれば喉の奥とか、胃のあたりかもしれないなと思う。


ダッシュの体の強さに驚き、無理やり食べさせながら、こんなに無理させていいのかと心が苦しくもなるし、かとって頑張ってくれているダッシュに「もういいよ」なんって言葉はかけられやしない。でも、この先また前のように元気になって細くてもいいからよれよれでもいいから気持ちがシャンとして生きられる希望があるのならどこまでだって一緒に頑張れるのだけれど・・・。

いろんなことを考えてしまう時間ばかりが過ぎて何も手につかない。
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2012/12/26 Wed

いつかはこんな日が・・・。

ダッシュは点滴と吐き気止めとAD缶で生きている。肉が落ちた体を動かすのにいつの間にか膝が抜けてしまうようになった。立てなくてもがくダッシュの足が曲がっているので股関節が外れたのかと驚いたけれど後ろに足を伸ばしてやるとポキッと音がして上手くハマった。

日に一回だった膝の関節が外れる状況はいつしか日に数回起きるようになった。タイミングよく自力で立ち上がれる形になっていれば問題はないけれど、4本の足が全て外に向かって開いてしまう状態になるともがいているうちに一番弱い部分が外れるのだろうと思う。肉がすっかりないくらいだから、軟骨まで無くなっていたって不思議じゃないわけで、よく寝たきりにならずに済んでいるなぁと驚くばかりだ。最初10ccくらいしか似まなかった缶詰も、少しづつ量が増えて最低でも50ccは食べられるようになった。

お腹がすいた時なのか気持ち悪い時なのか様子によってまちまちなので確定できないけれどよく口を舐めるようになった。薬を飲ませるとしばらくすると唸ったり吠えたりするし、よだれがたくさん出る。胃の粘膜を保護する薬を飲ませても効果がないので中止にする。吐き気止めと点滴は効果があるように思うけれど、ほかの飲み薬はダッシュにとって辛いだけなのかもしれないので一旦中止してみることにした。

吐きそうになる回数が減った気がする。確実に食べれるわけじゃないけれど、自力で食べ物を口で掴むようになった。昔のように大きな口でがっぶり食べてくれることはないけれど、少しは食べたい気持ちが出てきたのかと嬉しくなる。


ダッシュの様子がほんのちょっとだけホッとする部分がある中、実は同時進行でエリーの調子もかなり崩れている。こちらも病院へ行って検査し腎臓の問題に対してのフォローを考えることにした。数日良い状態が続き、この方針で行こうと決めた。少しづつだけれど毛も増えてきたし、ガタガタと震え続けることも減った。一番の進展はご飯が待ち遠しいと言ってくれるようになったこと。量は昔のようには食べれないけれど、今までに比べたらかなりたくさん食べるようになった!なんとか元気になって欲しい。

ダッシュとエリー、老犬2頭の介護生活。それが3頭になってしまった。12月24日で15歳になったサムは急に立てなくなった。立てないというのか倒れたというのか・・・。突然立てなくなったので「椎間板ヘルニア」かもしれないと思って急いで病院へ行く。年のせいかなぁともともと腰(左の股関節)が弱かったのでヘルニアじゃなければ股関節の問題だろうかとレントゲンと血液検査をお願いした。予想通りヘルニアではない。ところが心音にかなりの雑音があって、病院で虚脱状態になったサム。抱き上げても全く力を入れてくれないのでまるで死んでしまったみたいに見える。

心不全の兆候があり右後ろ足がひどくむくんでいた。昨日までむくんでいなかったのに・・・。立てないのはもともと悪い左足のせいというよりも右足に力が入らないからのようだ。血液検査では炎症反応が強く白血球数がとても高くなっていた。炎症を抑えて状況を見ることにして薬をもらって帰る。むくんだ足を下にしている方がずっと楽なようだ。家で薬を飲ませてしばらくすると少し元気そうな顔をして上体を起こすようになった。もちろん全く立てる様子はないのだけれど。。。

病院では虚脱状態のようになってしまっていて先生ももうこのまま静かに見送ってあげたほうがいいかもしれないと考えているように見えた。決して言葉には出さないけれど、15歳という年齢と目の前のサムの状況とでそういう判断は当然といえば当然だろう。でも私はまたもがいた。昨日まで丼いっぱいのご飯をぺろりと平らげ、ダッシュのことで落ち込む私に「元気出してよ!」とでも言うように優しい顔で寄り添ってくれていたのだから。。。こんなに急に死にそうになってしまうなんってダメだよ・・・。

家に戻ってしばらくは元気があったけれど徐々にどうにもできない状態になった。どうかダッシュのようになんとか持ちこたえて欲しいと思う。ダッシュがおかしくなった時に同時にエリーもかなりまずい状況だったけれど、あれやこれやと考えられることをやり尽くしたせいでエリーは再び復活している。BUNが120近くに上がっている中、3頭のうちで一番元気になった。

年内、サムとダッシュが旅立ってしまうかもしれない恐怖で、クリスマスもお正月も我が家にはやってきそうもない。既に大掃除は諦めた。
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2012/12/20 Thu

飲まず食わずで10日過ぎて・・・。

下痢止めで立て直すかに見えたダッシュはそのあとどんどん状態が悪くなっていった。一口ふたくち何かしら食べたり、自力で水を飲んだりしていたのも気がつけば全くできなくなった。

強制的に食べさせようとシリンジでAD缶などを口の中に入れても、喉の奥に入れているのに舌の根元からグエグエして出してしまう。固形物ならわかるけれど、流動食を飲み込まないなんてね・・・。体力のないところに必死の抵抗をするせいで苦しくなって、終いには口の中に無情に缶詰だけが取り残される。口も動かさなくなるのでそのままダラァ〜っと布団やマットの上に落ちる。(;_;)

「飲めない食べられない」なのかといえばそう言う感じではなく、ダッシュ自身の意思で「飲まない食べない」だったのだと思う。それは夜中にうめき声を上げて数時間起き続けていたことが、実は尋常じゃない吐き気やお腹の痛みによって起こっていたと後でわかったからだ。よだれなんか早々垂らしたことがないダッシュなのに思い起こせばかなり前から口の周りが汚れがちだった。今は寝ている時にもヨダレが出続けていて、顔の周りはすぐにびっしょりとなる。

下痢止めを続けていることが余計なことではないのかと考えるようになったのは食べなくなってずいぶん時間が過ぎてからのことだった。何一つ食べられない、飲み込めないのだからここで腸の動きを緩やかにして意味があるんだろうか?使うのをやめたらもう少し元気になるんじゃないか…先生に相談して下痢止めではなくダッシュの体に合っていることが確認されている「ビクタス」に変えてみることにした。

もういつ逝ってしまったっておかしくないくらい衰弱したダッシュ。それでも点滴を続けているからトイレだけは律儀にちゃんとトイレのペットシーツにしてくれる。もう完全に呆けてしまったのだと思っていたので、ダッシュが起こすいろんなおかしな行動を痴呆に結びつけて考えていた。でもなんとなく違うんじゃないかなぁと思い始める。トイレの一件もそうだし、水飲みの場所も間違えたりしないことも要因の一つだ。庭に出て歩く姿はとても死にそうになっている犬の姿には見えない。でもひとたびダッシュの体を触ると悲しいほど痩せてしまっている。この体でどうしてこうも動けるのか?動こうとするのか?・・・。

まだ一緒にいてくれるっていうことなんだろうと信じつつ、日々を過ごしている。
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2012/12/13 Thu

一難去ってまた一難。。。

一難去ってまた一難のこのパターンは毎度のことだけれど。

ダッシュは病院へ行って注射で下痢を止めてもらった。究極に体力が落ちている中でお腹が痛かったことを表現するのにうまく受け止めてあげられなかったことに些かの後悔はあるけれど、とりあえず間に合った感があってホッとしている。

でも、結局は口から薬を飲み込ませることがこんなに困難なことになるとは思いもよらず、昨夜も今朝も大格闘の末、結局根負けしたのは私の方だった。ダッシュは口の中に薬を入れられて、それも喉の奥に突っ込まれたにもかかわらず、グエグエしながら吐き出しにかかる。体を抑え二人係で口を抑えて喉をさすってなんとか飲み込んでもらおうとするけれど上を向いたり下を向いたり大暴れするのだ。そのくせ、急に「落ちた?」という風に完全熟睡に入る。ス〜ス〜と寝息を立てている様は飼い主に抱かれて安心しきって穏やかな眠りについているように見える。

でも口の中には吐き出しかけた薬が・・・。そして数十秒から数分の後、はっと気がついたように意識を取り戻し、また暴れて吐き戻そうというのを繰り返し続ける。

私も手がけた犬たちは相応の数いるので、たかが薬を飲ませるなんってことでこんなに困ることになるとは予想もしていなかった。好意的に飲んではくれなくても、大概の場合喉の奥に入れ込むことができれば飲み込んでくれるものなのだ。普通は美味しいものに包みこんだりすれば騙されて好意的に飲み込むものだし、直径1センチにも満たない薬の一つや二つ飲ませられなくてどうする?

ダッシュは水分も受け付けない。まるで食べることと飲むことをその行動そのものを忘れてしまったかのようだ。飲みたいのに飲めないとか、食べたいのに食べられないとかじゃない分可哀想感は少ないけれど、何をどうしたらいいのか途方に暮れてしまう。今度はこれなら食べるんじゃないかと試したものは数え切れなくなってきた。水分を口に入れても横からダラァ〜っと流れ出てしまうのに、起きるとスタスタ歩くのでなんという体力なんだろうと驚かされてばかりだ。

人間も同じですよと介護経験の多い人たちが教えてくれる。食べるってこと、飲むってこと、忘れちゃったりするみたいですよと・・・。

ダッシュが部屋の中や庭を歩いている途中に急に立ち止まって動かなくなることが多い。そばでジ〜っと観察してみると明らかに眠っているのだ。昨日よりも今日、その寝ている時間の方が長くなってきた。ダッシュの脳が、もうじきやってきてしまう別れのそのときに近づくことを教えてくれているような気さえしてしまう不思議な現象だと思う。

犬は産まれてすぐの時、母親の乳房に吸い付き続けることが多い。母犬のお乳は子犬が吸う刺激によって一定時間経つと湧き出すように出てくる。腹一杯に飲めた子犬は乳房から離れるが飲み足りなかった子犬はしばらくすればまた出てくることを知っているかのように吸い付いたまま眠っていたりする。これから生き続けていく子犬たちだからこそ、食べながら眠っても目覚めればそのまま食べ続ける。ダッシュのように水を飲みかけた途端そのまま寝てしまうことはある意味で子犬とは真逆の行動に見える。ついにここまで戻ってしまったのかという思いは、いつも感じている犬の一生につながっていく。

この世に生を受けて産まれ落ちてきたそのときをゼロとするのなら、溌剌として元気いっぱいの輝かしい生命力みなぎるそのとき頂点が100なのだろう。でもその時はいつまでも続かない。100に達したあと彼らはまたゼロに向かって坂道を降り始める。そして最後はこの世に存在しないゼロに戻るのだ。

そんな風に犬の一生を見直していくと、産まれ落ちたばかりの様子に似た状況が年をとった愛犬の様子に類似する部分が多くなったらこの子がこの世からいなくなることを示しているのだろうと思う。何もわからなくて手をやかされたあのちび犬は数年の後立派な大人に成長し、いつしか家族にとってなくてはならない大きな存在に変わる。でもそれはいつまでも続く永遠のものではなく、十数年という短い年月だ。頼りになる頼もしいパートナーだった彼はいつしか子犬だった頃のように私たちがいないと一人ではいられなくなった。

何も食べなくなってもう今日で3日だ。無理やり飲み込ませることもためらわれるようになってきた。ミールは腎不全で食べられない時が長く続き点滴だけでしばらくの時間を稼がせてくれたけれど、ダッシュはどうなのだろう?ミールのように常時意思が通じていないので長く点滴を入れ続けることができない。立てないと泣くことが多くなって立たせればまだ歩けるけれど、寝たきりになるまで頑張れるのかどうか・・・。

そんなことを考えつつエリーに薬を飲ませようと呼ぶと昨日とは様子が違う。吸収不全が起きているので大量に点滴を落とせない分吸着剤を多めに飲ませてちょっと調子が良くなったのもつかの間、フラフラしている。体も微妙に震えが大きいし、貧血が進んでいる感は否めない。腎不全が進行しているのは先日の検査で分かってはいるけれど、心臓のこともあるし、水分を入れるべきか入れないべきか悩みどころだ。まだダッシュよりも気持ち的に救いがあるのは若干でも食べてくれていることと、まだ残っている微妙な食欲のおかげで飲ませたいものはなんとか飲ませられている小さな安心が持てること。

16歳7ヶ月半、14歳半ちょうどの年齢によく今まで頑張ってくれたと感謝する中、まだ一日でも長くこの子達と一緒に同じ時を過ごしたいと願っている。頑張れダッシュ!&エリー!。
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