2013/04/05 Fri

Category: つぶやき

たぶん…。

私の両親はまだ充分健在で、たった一人の弟も、大切な夫も、宝物の子供たちも、家族という切っても切れない縁で繋がった人たちとの永遠の別れを経験してはいない。親しかった友人が天使になったときはその悲しみの尾を長く長く引きずって一年くらい辛かった。縁遠くなっている親せき筋のおじや叔母との別れは幼いころの思い出によってしばらくの間悲しいけれどいつしかその悲しみは薄れて行く。

自分の人生の中から相手の生きている存在が消えてしまう辛さは関わりあいの深さで大きく変わるのだろうとも思う。

そんな中、たぶん私にとって今回は人生で数えるほどしかないだろう酷く大きな出来事に出くわしてしまったのだろうと思う。十数年前、まさかこんな時がやってくるとは予想もしていなかった。別れがある事は判っていても、赤ん坊の時から手塩にかけて育ててきた面々が一度機にいなくなってしまうなんってことが…。

犬は家族だけれど人間ではないし、飼ったその時から自分よりも先に逝くものと決まっている。そうでなくてはその生涯に責任を負えないし、だからこそいつまでも子供のように愛おしい。
人の子はいつしか成長を続け一人前になり巣立ちしていく。よほどの事が無い限り親が先にこの世からいなくなるのが常で、子供たちはその悲しみを乗り越えて生き続けて行く。犬たちは同じ家族だけれど、人の子のようにはならない。いつの間にか飼主である自分の年齢を超えて年を取り、たった10年くらいで若々しかった姿には陰りが見えてくる。

短い時間の経過の中で、幼い仔犬を甘えさせ愛し続け絶対の信頼を得て、次に年相応に教育し、身体と精神を充実させ、いつしか一心同体になれる日がやってくる。そしてその時間はあっという間に過ぎ、耳が聞こえなくなっていき、動きも鈍重になって行き、意思の疎通も思うようにはいかなくなっていく。いつしか気心知れた頼りがいのあるパートナーではなく、幼かった子犬のころのようにたくさん甘やかしてひたすら愛するしかできなくなる時に戻って行くのだ。

そして、逝ってしまう。。。

この悲しみから抜け出すにはまたきっと同じことを繰り返す必要があるのだと思う。また幼い愛すべき存在に没頭する時間をたのしみ、時間の経過とともに彼らに自分との記憶を積み重ね、目覚ましい成長を喜び、最高のパートナーとして共に歩くことを願い続ける。

それには私にはやっぱり次のシェルティーが必要なのだと思う…。この子だって思える最高の1頭にいつかまた巡り逢えますように…。もう直生まれてくる未来の私のシェルティー、待っているからね。。。
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2011/02/15 Tue

Category: つぶやき

ペットも受動喫煙でがんの恐れ?

久しぶりの書き込みになんだかなと思うけど、ちょっと苛っときたので。。。

Yahooのニュースに「ペットも受動喫煙でがんの恐れ
」って言うのを見つけて読んでみた。興味のある方は読んでみてください。苛っときたのはなんか神経質な話だなって思うから。。。だって我が家は3人喫煙者だし、犬たちはみんな家族と一緒の部屋で生活しているから十数年受動喫煙させられている。でも癌で亡くなった子はまだいない。

犬たちに煙を吹きかけるようなことはしないし、空気清浄機だって数台使っている。喫煙を正当化しようとは思わないけれど、世間さまが大騒ぎするほど悪いものなんだろうかって言う疑問のほうが大きい。もちろん吸わなければ吸わないほうがずっといいんだろうけれど、吸っている人間にペットが飼われることはすごく不幸だとばかりの内容に読めてしまって嫌な感じがした。

うちの犬たちって家族が喫煙者だから不幸なのかしらねぇ〜。。。

悪いけど砂の粒ほどもそんな風には思わない。

犬や猫たちも人間と同じように運・不運ってあるとは思う。良識ある人間に飼われた犬や猫たちはきっと生涯を幸せに暮らせるだろう。人間の勝手な都合で残された生涯を幸せに暮らせるか暮らせないかもわからないような境遇にさらされることも良くある話だし、レスキューされた犬や猫の情報を毎日見に行くが、気の毒過ぎて気持ちが暗くなる。譲渡希望者についてもやたらに条件が厳しいなと思ってみているがそのうち喫煙者には渡せませんって言うのも追加されるかもって思ってしまうね。

正しい情報が公開されることは良い事なのかもしれないけれど、何やら聞いた科学的な話の一つとして、たばこで癌になるもならないも結局は持って生まれた遺伝子によるのだというのがあった。私もそう思うけどなぁ〜。。。

ま、犬たちのために長生きしないとまずいなって思うからできるだけ本数を減らそうともがいてはいますけどね(苦笑)

ただ思うに、たばこも問題だろうけど酒のほうがもっと始末に悪い筈。酒酔い運転とかで人を直接死に至らしめることもあるわけだし、泥酔して何が何だか判りませんっていううちに事件まで起きることも多々ある。適量は良薬だろうけど、なんでお酒のことってあんまり騒がれないのかしらね。。。すごく不思議!
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2010/12/17 Fri

Category: つぶやき

気をつけなきゃね。。。

某SNSには色なコミニュティーがあるんだけど、おのずと犬関係のコミュ入ることが多い。たいていは眺めているだけにとどまって、いろんな書き込みを見ている。書き込もうかなぁって思うこともたまにはあるんだけど、色なことが書き込まれているので意見の相違でトラブルになる可能性もないとは言えないし、別に個人的に相談されたわけじゃないから良いかって読み逃げしている。

でもそれって・・・結果によっては胸が苦しく思う事もある。

犬の具合が悪い時、こんなところに書き込みする暇があったらさっさと獣医さん行けばいいのにと思うものが多いけど、行ってるにもかかわらずって言うのが結構多い。獣医さんの質って言うのか、其の手の話って公の場所にああだこうだと書けるわけでもないけどそれって診断ミスでしょと思うものや医療ミスだよって言うものがあってやりきれない思いが残る。

医者は神様じゃないんだ。。。

いつもと違う兆候があったらおかしいと気がつくのは飼い主として当たり前。だからこそ「大変だ!」って獣医さんに行くのよね。でも獣医さんで見てもらったのに一向に良くならないっておかしい。一度連れて行けばそれでいいわけじゃない。よくならないなら検査も必要だと思う。たいていの場合「血液検査」さえ最初にやっておけばおおよそのことは判るんだから。。。人間も犬もそう変わらない。


人間って極端だ。犬や猫たちに何百万も掛けて高度治療することもあるのに、その反面、血液検査すらやらないことに疑問も持たない場合もある。たいていの飼い主は犬の病気は解らないのが当たり前だけど、医者ならたとえ手遅れだったとしてもそんなに状態がひどいのなら診てすぐに調べるのは当たり前だし。。。血液検査なんって普通その場で結果が出るのに。。。

最近は教師もサービス業みたいになってるとか言われるけど医者までそうなったら怖い世界になっちゃう。よい獣医さん見つけておかないと困るのは自分と愛犬たちだから。そしてできれば犬と暮らす人には多少なりとも犬にもいろんな病気があってどんな症状を起こすのかを少しづつでも知ってもらえたらなぁと願っている。
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2010/11/08 Mon

Category: つぶやき

テオがんばれ!

テオ、がんばれ!遠いところから文字書くことしか応援できないけど、もう少しママのそばにいてあげてね。。。

重い病気になったと知ってからそれが少しでも進行が止まっていてくれることをずっと祈っていたよ。

君と出会ったのはもうずいぶん前になるね。初めての出会いは競技会の会場だったっけ。フリスビーを見せたら急にフレンドリーになって、いい子ジャンってすぐにわかったよ。

黒豆の甘納豆食べ過ぎて、ママが心配したことがあったね。競技会仕様に覚えた科目は素晴らしい動きだったね。いろんな問題を克服して、偉かったね。ダーナの良い兄貴になってくれたね。ちょっと頑固で、やきもち焼きで、ママが一番大好きで、笑顔が輝くように可愛かったよ。

きっと君は今、ママを独占していっぱい甘えるだけ甘えて、体はしんどいだろうけど一番幸せな時を過ごしているんじゃないかって思う。君がしてほしい事があるのなら君のママは何をおいてもしてくれるから、もう遠慮することなくいくらでも甘えていいんだから。。。
そのかわりにね、一日でも、一時間でも、一分でも、一秒でも、君を見つめるママのそばにいてあげてね。

頑張れ、テオ!頑張れるだけで良いから。。。
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2010/10/22 Fri

Category: つぶやき

獣医さんの診断は正しかったですか?@ダイエット

数件の相談の中で気がついたことがある。それは獣医さんの診断が正しいか?という疑問が残ることだ。

最近は非常に詳しく説明してくれて的確な検査を行う獣医さんが増えているので昔のようなことは少ないと思っていたけれど。。。どうやらそうでもないらしい。

飼い主さんの立場では専門的な事なんか判らないという固定観念があるうえに、獣医さんにああだこうだと聞くのはいかがなものかという部分もあるようで、疑問を持たないことも多いし、説明されることをそのまま受け入れてしまったりもする。でも・・・。本当は犬が表している【臨床症状】と呼ぶ見た目に見える現象が一番的確な判断材料になることが多い。

優れた獣医さんはそういう部分を見逃さないし、最初に【臨床症状】を確認してから検査を考える。検査結果だけではなく臨床とも照らし合わせて治療方針を決めると思うのだけれど、私が聞く話のほとんどは【臨床】よりも検査結果だけで判断しているようなことが多い。もしくは検査せずに臨床のみとか。。。

ようやく良い方向に向かい始めた小型犬の話を書こう。適切な体重はおおよそ3キロ弱であるはずのその犬は5キロの大台を軽く超えている。当然超肥満体なわけで、それでも若いうちは動くこともできたし問題は特に目だたなかった。人で言うなら50キロで平均的なはずの人が100キロを超えているってことだ。尋常でない太り方の背後には飼い主の過保護が隠されていた。

10歳を超え小型犬といえども体にガタがくる。その犬は歩くたびに悲鳴を上げるようになり、そのうち動いていないのに人が近寄っただけでも悲鳴を上げるようになった。そのうえせき込むし、がたがたと震える。飼い主はダイエットをさせようとはするものの、「かわいそう」という気持ちが働いて、結局は犬を痩せされることができないまま獣医に駆け込むと関節を痛めているからと診断されたそうだ。

状況が変わらない日が続き、ついに私のところに相談に来た。犬を見せてもらって、関節に痛みがあるようには見えなかったけれどダイエットさせるのなら一度ちゃんとした病院でレントゲンを撮ってもらうように頼み関節の状態をすべて確認した。首・背中・腰・足・指先・尻尾・・・おおよその確認をして【炎症】はないと判断される。せき込んだり、震えることについても心臓のエコーを見て問題はなしと判断され特に血液検査にも反応がない。

問題がないのであればダイエットをさせる。

獣医さんには時間をかけてゆっくりと始めるように諭されたが、私的には緊急的だなと思ったのでまずは1週間で良いから頑張ってほしいとフードを変えて毎日の管理を指示させてもらった。

犬は飼い主の管理下でしか生きられない。特に【ダイエット】と【しつけ】だけは他の人の力を借りられることではないのが明白なものだ。

【このままだと一緒にいられる時間が少なくなっちゃいますよ!】と私的にはやんわりと言葉を選んで諭したつもりだったが、直球なら【早死にしますよ!】と同じ意味なので真剣に取り組んでくれたのだろうと思う。

3日で明らかな効果が出て、1週間後にはせき込みも震えもなくなり、500グラムも減った。今まで犬のように食べる事なんか無かったというその犬はご飯の時間を楽しみにするようになり、一粒も残さず食べるようになった。
体が少し軽くなったので散歩も開始できるようになった。運動できるようになれば体重が減るペースはもっと早くなる。贅肉だったものがいつしか筋肉に変化していけば小さな小型犬だってキビキビと動けるし、これから衰えてくる関節を長い時間カバーできるようになるだろう。

先日フードを取りに来た飼い主さんは平身低頭でお礼を述べてくださるので、イヤイヤ頑張ったのはママさんですからいい飼い主さんでワンちゃんも幸せですね】と話した。

最初の獣医さんに言われたまま関節が悪いと思い込んで抱っこする生活ばかりのまま食生活も改めることが出来なかったら今頃どんなふうになっていただろうと思うと、【獣医】の肩書を持っている人が相手でも自分の犬が出す【臨床】を確認して安易に信用しないことだと痛感した。

もちろん素晴らしい獣医さんもたくさんいる。飼い主さんの都合の良い獣医さんはそれなりに大切だけれど、やっぱり獣医さんだから犬の病気に関しては正しく教えてくれる人を選ぶのが一番だと思ってしまうのだよね。犬は飼い主さんのそばにできるだけ長くいてほしいと思うから。。。
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2010/10/21 Thu

Category: つぶやき

猛暑の後遺症

今年の夏はとても暑かった。猛暑という言葉がぴったりくる。月に7万円もの膨大な電気代がのしかかってきたが、幸いにも犬たちが具合が悪くなることはなかった。病院代を考えれば電気代なんか安いものかもと言うとパパに怒られそうだが、こんな暑い季節はやってくるようになろうとは、マリンを連れてきたころは思いもよらなかったし…。

さてこの猛暑のおかげで、うちにはさっぱりと子犬が受胎していない。ページを直さなくちゃと思いながらそろそろ受胎確認できるからそのあとやろうと思っていると残念ながら受胎していないことがはっきりとする。1回目は仕方がないなって思うけど2回目3回目になるともうまた?って思う。

栄養状態が悪いわけもないし運動だって十分入っている。ちなみにキャピキャピのギャル軍団が受胎しないわけで、年令だって問題外だから何が一体どうしちゃったのかって悩む。いつもと違うことはすべて外の犬が父親候補だということくらい。

うちだけかなぁと思っていろいろ聞いてみるとあちらこちらで受胎していないと聞こえてきた。

猛暑のせい?え?夏が暑いと受胎しにくいの?

今まで我が家の男の子たちが父親候補だったことが多いのであんまり気になることじゃなかった。真夏の交配だってはずしたことの無いダッシュをはじめ、ロックも今まで不受胎はない。でもこの2年ほど真夏の交配はたまたましていなかったので、うちの犬だってこの猛暑じゃ難しかったかもなとも考える。

もうじき11月なのにやたらと温かい秋。犬たちにとっては良い季節になったけどうちでかわいい子犬の声はいつ聞こえるかなぁ?。。。来年の夏は平年並みの暑さでお願いしたいもんです(^_^;)
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2010/10/21 Thu

Category: つぶやき

次々と…。

セミナーが終わるのを待っていたかのように次々と病気のフォローについての相談が来る。あの子が?この子が?と飼い主ではないけれど、病状を聞いて深く落ち込んでしまう。

もちろん相談されている側だから相手を落ち込ませないように励ましてはいるけれど、実際はまだ若いのにという思いが募る。うちの犬たちが比較的長生きだからついそう思ってしまうのかもしれないけれど、それでも10歳・12歳という年齢ではやっぱりまだまだ元気で一緒にいてほしいと思う年だからだろう。うちの老犬軍団も14歳半・13歳・12歳・11歳・10歳と二ケタの子が多くなった。ありがたい事にダッシュを筆頭に今のところ誰ひとり余命がこれくらいと限定できてしまうようなことは発覚していないわけで、そうした子と暮らしているからこそなおさらなのだ。

いつも思うけれど、大切な愛犬の命は自分たちよりもずっと短い。いつかは別れる時がやってくるのだとはじめからわかっているけれど、それでもなお、本当に【死】が二人を分かつまで、その事実は受け入れられることはない。

私たち飼い主は、犬が具合が悪くなると病院へ連れて行ってどんな病気なのかを調べてもらえる。でもその病気はいつもいつも簡単な治療ですっかり元通りになるものではないことがある。
大したことがないと高をくくっていて、【治らない病気】だと突きつけられた時その絶望感は途方もないものだ。それでも私たちはその悲しみや大切な愛犬がいなくなる恐怖と闘い続け、犬たちを不安にさせないように最大の注意を払いながら自分たちにできうることを全うしようとする。

立て続けにきた数頭の犬たちの近況と相談は自分には経験はなくとも多くの情報があり状態や今後できることが容易に想定できるものもあれば、最終段階に入っていて残りの時間をどんなふうに過ごすのがベストなのかというものもあるし、つい先週までああだこうだと心配しながらできることを模索していた【ジェイ】と同じ病気もあった。

獣医さんの見解に疑問を持つものもあれば、あとは神に祈るのみと言う時間が経過しなければ良い方向に向くのか最悪な結果を迎えるのかまだ今は解らないものもある。どのケースにしても度の飼い主さんたちも悲しみに暮れ、それでもなお愛犬にできることを探すのだ。

人は一生のうちに多くの犬と暮らすことは少ない。同時期に複数の犬を飼うことが少ないわけで、いくらペットブームとはいえ2・3頭が平均だろうと思う。多くても5.6頭までが一般的な数じゃないかって思う。
だから、どうしたって愛するわが子に降りかかった災難に大きな動揺を起こすはずだし、人によっては鬱っぽくなることもあるだろうし、パニックを起こしそうになることもあるだろうし、半ばあきらめてしまい開き直るような人もいるのだろう。

でもうちに相談してくるような人たちはみんなどんなに大変でも愛犬を見捨てたりはしない人たちだ。だから、犬たちはどんな病気になったとしても、それぞれのお家で暮らしたことを幸せだと思うに違いない。

今は人間の都合で処分対象になる犬たちが少なくなっていない時代だ。年をとっただけで処分場に持ち込まれる犬もいるし、投薬だけでも相応の金額がかかるような病気になったら捨てられたりもする。そんな目の前の現実を先日、レスキューされた犬たちの話を聞いたばかりだったので複雑な思いがよぎる。

犬はみんな同じように幸せになる権利があるのになと…。

病気になったとしても、そのことを嘆いてくれて必死にその病気と闘ってくれる飼い主を持てた犬は幸せな犬だ。私はその幸せな犬を飼っている優しい人とたくさん知り合いたいと思っている。
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2010/05/06 Thu

Category: つぶやき

病気の犬と向き合うとき

犬も人と同じ命ある生き物だから、亡くなるときが必ず老衰で眠るようになんって理想的な終わりを迎えることは数少ない事だ。多かれ少なかれ細胞が劣化する老化が起きたり、毎日食べ続ける食べ物の影響からとか、人が予想できないようなストレスがかかり続けていたりとか、過度な運動をかけ続けていすぎたりとか、何かしらの要因が引き金になって、沈黙を続けていたものが発覚する。それが【病気】という形なんだろうなと思う。

こうした病気に直面することが少ない分、当事者の飼い主は発覚と同時に地獄に突き落とされたような気持ちになるし、そこからいろんな方面へ変化を起こし始める。必死に病気の事を知ろうとするのは愛するパートナーの命を繋ぎとめるために何かできることはないのか?何が原因で起きてしまったのか?そんな疑問が起きるからだ。病気には病気についての専門家【医者】がいるわけで、彼らに対してわらをもすがる思いで神様のようにさえ思い、助けてもらいたい一心ですがりつく。

犬が病気である間中、疑問が消えることはないし、頭では結果が判っているのにその結果を認めようともしなくなっていく。私の愛犬たちがそれぞれの病気と闘ってきた日々も毎回同じような事が続けられている。

でもそれなりの回数を重ねてくると、亡くなっていった犬たちから学ぶことが人生観を持変えることがあるのだなぁと思う。命はいつか失われるもので、その失われるまでに培ってきた愛犬との歴史が何よりも重要だった事。何が何でも病院へ行くことが最良の方法ではないこと。延命するための高度治療が犬のためになるのかとか、どんなに頑張っても彼らの寿命は人の約6分の1だということ。。。

愛犬が病気だとわかったときに重要な事はその診断が正しいのかという確認の上で、病気であることを受け止めることに尽きる。受け止めないことによる飼い主のパニックにも似た無謀な行動が実は犬の命を短くすることにもつながることもあるし、【苦しめたくない】はずの思いが【苦しめてしまっている】事に気がつかせない時がある。

犬たちは病院が病気を治してくれる場所であることを理解できない事が多い。検査の意味もわからない。何故血をとられるのか?なぜ針を刺されるのか?なぜ押さえこまれて変な機械の上に乗せられるのか?何故目を見開かされて強い光を当てられるのか?なぜ耳の中にものを突っ込まれるのか?何故見知らぬ他人が自分の体を抑え込むのか?何故病院に置いていかれてしまうのか?

ブラッシングのような手入れ同様に犬たち自身が気持ち良くなるような体験が何回となく繰り返されるなら理解もつくことは可能だろう。でも痛みが伴うものや恐怖や失望が伴うものは人の様な理解がつかないのが犬たちだ。
馴致して少しでも犬たちが問題がないものなのだと理解するように育てていく事は飼い主の役目だけれど、実際犬は犬でしかなくて人の様な緻密な理解はできない生き物だから。。。



しばらく前友人の愛犬が大きな手術をしたのちたびたび病院のお世話になるようになった。状況は悪くなるばかりで長い入院を余儀なくされた。家でできる事は限られているからなんとしても助けたいと願い。。。でも、入院しても一進一退を繰り返し一時は良くはなったものの、最後は点滴で命を繋ぎでいるような状態まで落ちた。食べ物を食べることはおろか、自己免疫力が低下しきってしまい薬も一切効かない状態までなった。体からはどこもかしこも細菌感染した膿が排出されてその匂いだらけ。。。体は骨と皮になって目だけが異様にギョロギョロしていた。

治療を続けてももう限界。。。病院は最高の治療をしてくれていた。でも病院でできることにも限界はある。そしてこのケースでは何が原因で薬にも反応しなくなっているのか判らず仕舞だった。
【家に連れて帰るのが最善なんじゃないか?】そんな話が医者からも飼い主からも出た。私もそうしてあげるべきだと言った。
家に連れ帰ったら一気に回復した。不思議としか言いようのない回復のし方だった。効かなかった薬が効き始め、食べられなかった食べものを食べ、目に光が戻り体重も少しづつ戻っていった。

ひと月後にはすっかり元の状態に戻った。

何が命を繋ぎとめたのか?【安心】だったのではないかと思う。
愛する人がそばにいて、何の心配もない我が家にいて・・・。犬はそんな生き物だ。

我が家にもたくさんの老犬がいる。このゴールデンウィークはかかりつけの病院が連休中休みだった事もあって、かなりヤバいと思いつつも他の病院に行くのはためらわれたので家庭療法まがいで乗り切った。もしも病院が開いていたら迷わず飛びこむような状態だった。

一通りのことを終えて状態を立て戻した後に思う事は犬は強い生き物だなぁと思う。その強さは家族の愛があってこそで、家庭に対する完璧な安心感があってこそなんだろうと思う。だから彼らの親である私たちは彼らに何があっても動揺をできるだけ隠し平然を装わなければならないのかもしれない。

いろんな形でいろんな病気と向き合わせてもらった経験から学んだ事は、病気の犬の飼い主となったときはその自分を可哀想がり過ぎないことだと思う。誰でも必ずいつかは経験するのだから、自分だけが、自分の犬だけが特別に病気になってしまったわけではないのだと思う事、病気の犬と向き合うときこの心構えがあるとないとでは大きな差が生まれる気がするから。。。
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2009/12/19 Sat

Category: つぶやき

今年も残すところあとわずか・・・

今年も残すところ後わずかとなりました。

我が家の基礎となったマリンが天使になり、その回りに存在した沢山の知り合った犬たちも次々と天使になって行きました。我が家でもまだ自分の中では気持ちの整理をつけられないままの悲しい別れもありました。

同じ世代を生きた犬たちがこの世に存在しなくなった事実は時の流れがあることをはっきりと自覚させられます。今ここにあの笑顔があの優しい感触がないことをどれほど恨めしく思い出すでしょうか。。。

不思議なもので、逝ってしまうときには年相応の、かかった病気なりの、闘病したままの姿かたちになっていたというのに思い出されるのは若く美しく輝いていたときのあの子達の姿ばかり。。。きっと虹の橋の袂ではその姿に戻って待っているのだろうなとぼんやりと考えます。

マリンとは予想していた以上の年月を共に謳歌し、喜びも悲しみも犬と暮らすことの全てに勉強させられた毎日だったように思います。その歴史の重みを肌で感じ続けていくことがあの子との暮らしの意味であり、これからの犬たちに何かしらの効果をもたらすものとなるのだと信じているわけですが、その中には疑問を持たなくてはならないものも沢山あるのだと解った年でもあります。

昔は確かに犬たちは若くして亡くなることも沢山ありました。たいていはフィラリアという寄生虫によってだったり、ワクチンで予防できるはずの感染症であったり・・・。そのために今の犬たちのように老化によって引き起こされる病気が発見されたり、人と同様の大病を患うことは知られていませんでした。

現代のように飼い主が犬たちの体について敏感でなかったことも関係してるだろうなとも思いつつ、その時代でも長生きする犬たちも沢山いました。今のように栄養素を完全に網羅してあるドッグフードがあったわけでもないし、思い出すのは味噌汁かけご飯を食べていた犬たちの姿ばかりです。

3歳のときに祖父に買い与えられた成犬になっていた雑種の犬はワクチンも打たずフィラリアの予防もされず、蚤やダニの予防もなく、食事は人のあまりもので、紐にもつながれずに家を守り、私が14歳のときに祖父の墓参りの帰りに倒れて絶命しました。たぶん12歳だったはずです。。。

当時は獣医さんなども知らなかったし地方の田舎でした。ドッグフードもあるのはありましたがビタワンというものでした。。。主食で使う家はほとんどない時代だったんです。

マリンと暮らしはじめていろんなことを知るようになりました。完全栄養食ののドッグフード。ワクチンを打つこと。フィラリアの予防をすること。蚤やダニですら薬で予防できること。具合が悪ければ獣医さんにかければたいていの病気が治ること、犬には教えなければならないことが沢山あることなどなど・・・

犬の病気は人の病気と同じものがあること、治療もさまざまで人並みの治療が受けられること・・・。

その最後にはいつかは彼らのほうが先に旅立つこと。。。

犬たちと暮らす時間はどんなに永遠を望んでも限りがあって、人間の家族と同じように別れが来ること。悲しいことにそれは必ず彼らのほうが先であること・・・。

決められた時間の枠の中で犬とどんな暮らし方をしていくことはお互いに幸せなのか、今年マリンを送ることでなんとなく解ったように思います。今までしてきたたぶん間違っていたであろうことへの反省と、これから選んでいかなければならないことをがんばって、天国に行ったマリンに【ママ、それでいいのよ】と言ってもらえるように今までを振り返って修正していかなければならないのだなぁと感じています。

犬たちには何が必要で何が必要ではないのか・・・私のためにではなく犬たちのためにナニが最善の方法なのか来年から初心に戻ってまた歩き始めようと思います。。。
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2009/12/10 Thu

Category: つぶやき

理不尽な話

本家の日記で頭に来てちょっと書いちゃった。

日記はこちら。

ニュースを読んでもらえればわかるだろうけど、こうした輩がいるからいろいろ法律も変わるんだけど、それにしたってこのやり方ちょっとひどくないかな?

近所からの苦情で毎年50頭も殺処分してきたって???売れ残っている犬を???はぁ〜???

ナニが命が尊いもんなんだ?

思いっきり血圧が上がりました!
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