2014/05/29 Thu

参った。。。そのいち

5月28日午後6時半・・・アスカの様子は急におかしくなった。

洗濯物入れなくちゃとアスカの横を通って庭に出るとアスカはトイレに向かって一緒に歩いてきた。なんかいつもより元気がないなっては思ったけど、子犬のお迎えがあったからナナセやジャイアンを二階にあげたせいかなと思っていた。

部屋に戻ろとしたら珍しくシーツの手前に大量に出てしまっているので思わず『アスカ、ここじゃないでしょ!!』と言ってアスカを見た。すでにアスカの耳は遠くなっていてよほどじゃないと聞こえないけど私の様子から分かったのかとっても神妙な顔になった。その顔を見て、あれ?そんなに凹むほど怒っていないけど変だなと思った。

抱えた洗濯物をベッドにおいて、「アーちゃんそんなに怒っていないよ、失敗しちゃったんだね今拭くからね」と言って頭をなぜ床を掃除した。アスカはその場所に佇んだままだった。もともとアスカは元気印の年相応には決して見えない13歳のおばあちゃんだ。多少叱ったとしてもへの河童という犬なのにおかしい。

掃除が終わってアスカを撫ぜようとしたら急に崩れ落ちるように横倒しになった。
慌てて抱きかかえて名前を呼んで揺り動かしたけど、虚脱状態になっていて焦点が合わない目でぐったりとしたままだった。慌てて病院へ電話を掛けるも今日は休診日だ。それでもバクバクの心臓のまま何度もリダイヤルをし続けた。

何度かけても繋がらない電話を放り出して、緊急用の処置をしていたら葉ちゃんが孫の瞬を連れて降りてきた。ちょうどお風呂の時間だったのだ。いつもとは違う私の様子にどうしたの?の問いにアスカが死んじゃいそう〜と叫んだ。

葉ちゃんも初めてのことでテンパって一緒にどうしようとおたおたしている中裕貴が来てくれたので状況を簡単に説明してどこか病院探していくしかないかと相談する。もう一度先生に連絡してみてからにしたらと言われ、投げ出した電話をリダイヤルしたら繋がったのだ。声を聴いたとき神様の声に聞こえたよ・・・

とりあえず行った緊急処置を報告し、自分の見解としてたぶん閉塞性の子宮蓄膿症か、そうでないなら11月に手術した乳腺腫瘍ががんで転移したかどちらかだと思うと告げた。閉塞性の蓄膿症は見落としが多い。陰部から織物が無いし、顕著に水をがぶ飲みしているとかやたらにおなかが張ってきているとか症状らしきものがあればわかるだろうけど、アスカのように昨夜までバクバクご飯を食べて庭を走り回っていたりしたら、少しづつやばくなっているなんって気が付けるはずもない。

アスカのおなかはとても硬くて熱くなっていた。陰部からの織物は無いけれど、こんな風におなかが張っているのは中がどうにかなっていると思う。大量におしっこをした後だから膀胱や腎臓ではないだろうし、足腰を痛がった感じはない。心拍は異常に早く歯茎は赤っぽい。貧血やアナフラキシーショックとは違い、人で言うなら高熱が出ているといった感じだろうか。

時間を調整して病院へ連れて行く。到着するころには緊急措置が功を奏したようでぐったりと動かなかったアスカは周りを見回すくらいの元気が戻ってきていた。

エコーで子宮を見る、血液検査で白血球4万越え、確認のためレントゲンを撮ると内臓自体が動いていないのか昨夜食べただけでその後食べていないにもかかわらず胃に内容物が残り便も排便できていなかった。つまりアスカは少し前から体調不良だったのにほかの子たちよりはるかに元気だったために異常を見落とすことになってしまったのだ。

点滴を入れて体調を整え明日手術することになった。

おりしも明日はシンノスケの歯の治療の予約を入れてあったのでその時間を当ててもらうことにした。
術後、DICを起こす可能性が無いとは言えないこと等でDICになるかどうかの検査をして次の日に手術を伸ばすかを少し考えた。でも、結局手術後にDICになってしまうことが検査で分かったとしてもすでに問題の子宮や卵巣を取り除かなくてはいつ死んだっておかしくはないわけでDICになったらなったまでの運命だからと自分に言い聞かせてとにかく早く駄目になっている臓器を取ってほしいとお願いした。

昨年の乳腺腫瘍の切除をしたとき避妊しておけばよかったかなと思ってはみたけど、やっぱり避妊していない子全てが子宮蓄膿症にならないまま最後までいられる子もいるし、結局ある一定の年齢になって最後の決断のパターンは変えられないかもしれない。今はアスカの命を取り留められたことに感謝するしかない。

29日午後、アスカの手術は無事に終了。麻酔からもいい感じで覚めていますという連絡だった。今日は絶食だし、年が年だから念のために1週間くらい入院することになっている。明日の朝、アスカの御飯を持っていこう。でも会うと泣くからなぁ…連れて帰ってくれなかったと大きなショックを受けるだろうアスカに明日会っていいものかどうか悩んでいる。。。(T_T)
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2009/10/15 Thu

49日

マリンが逝ってしまってから49日を迎えた。現世にさまよわず仏様になれて、喪が明けるといった意味があるとか・・・。

マリンは思い残すことがなかったのか、私がすがらなかったせいなのか、ミールのようにある日突然目の前に現れる何ってお茶目なこともしないままこの日が来てしまっている。

マリンがシェルティーであったこと、ブルーマールであったこと、両方の目がブルーアイだったこと、そんなことから色んなことを知るようになった。最初に興味を持ったのは彼女のコートの色のブルーマールについて・・・。美しく輝く銀色のコートに見せられて震えるほど感動したあの日を忘れない。ブルーマールを見せる色遺伝子のことを深く追求し始めたのはずっと後のことだったけれど、とても多くを学んだと思う。

目の色が両方ともブルーだったことも、目の色がなぜ違うのかとか、どうしてこの色に出るのかとか興味が尽きることはないままだ。
知ってよかった情報もあるし、知ったがために悩まなければならなかった情報もある。古い文献では予想にしかならなかったことも証明されて、まだまだこの先知りたいことは山ほどある。でもあきらめなければならない部分も大きい。

あきらめなければならない部分は、マリンが犬という人の手を加えられてこそ生きられる家畜であるという事実や、家畜の中の犬であり、犬の中のシェルティーという犬種でありという部分だ。動物愛護の精神から考えていくとどこまでで線引きをすればいいのかわからなくなる自分がいる。それほど人間であることが恨めしくなるときもある。


人はなぜ肉を食べるのか?食べなくても生きられるけれど、自分はベジタリアンにはなれないだろう。人は猿人類から進化しただけの哺乳類に過ぎず、彼らは雑食性で肉を好んで食べてきている。古代人じゃないから、気持ちは生きているものを殺して食べているのだという実感がないだけにごく普通にパック詰めにされた肉を買って調理しておいしいと思いながら食べる。

生き物を可愛いと思っているのに殺してはいけないと思っているのに大きな矛盾だらけだ。。。

犬を飼うことも、犬を作ることも、土台人間のエゴにしか過ぎない。そんなことはわかっていても彼らと暮らしたいと願う。
純血種の作出もいろんな問題をはらんでいる。でも私はマリンのようなシェルティーと人生を共にしたいといつまでも願い続けるだろう。

純血種とは何なのか、犬たちと暮らす人間が本当の真実を知った上で、人間の最良の友といえる彼らとつつがなく暮らせる日が来るように何をしたら良いのか迷いばかり大きくなるけれど、これがマリンから出された大きな宿題なのだと思って自分のできることを続けていこうと思っている。

ねぇマリン、それで良いよね。。。
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2009/09/28 Mon

ひと月たって。。。

マリンが逝ってしまってからもうひと月が過ぎた。

長い間泣きながら看病するような事態じゃなかった分、穏やかに時が過ぎて行く。もういないんだなぁというちょっとだけ切ない気持がよみがえるけれど、慟哭に似たものは起きてはこない。

病気の犬の介護や老犬の世話は大変だろうと思う人もいるだろうけれど、実際は夢中で過ぎて行く時間だからもうこりごりだと思うようなものじゃない。そう思えるのはマリンとの別れで知ったからかなぁとも思う。

後悔がたくさんあって次につなげられる見込みがなかったり、自分自身だけで解決できるものじゃなく、他の力が加わっているものに関してはペットロスに近い状況を引きずるのかもしれない。

今までに亡くなった子たちのページを整理しながらマリンの話を「レインボーブリッジ」に移し替えてみたけれど、今でも涙が止まらなくなるのは不注意で死なせてしまった愛ちゃんだったり、どうしてもっと早く悪くなっている事に気がつかなかったのかという後悔が大きいミールだったりする。

若い時期に思う存分多くの楽しみを分かち合った事や、マリンの子孫がいままだこの手の中にちゃんと残っていることや、やれることが何もなくなった時まで一緒にいられたことや、逝ってしまうその瞬間に立ち会えた事の満足感がマリンから与えられたすべてなんだろうと思う。

それが幸せだったから、満足だったからマリンに対してはペットロスにならない自分がいる。

この先まだたくさんの愛犬たちとの別れがやってくるだろう。その時にまた泣きじゃくることが少しでも減っているように、後悔をすることが少しでも少ないように、マリンから学んだ多くの事を糧として人生を歩いて行くんだろうと思う。

マリン、君に出会えて本当に幸せだったよ。ありがとうね。。。
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2009/09/09 Wed

獣医さん

長い間お世話になったかかりつけの獣医さん。子犬の予防注射にいくのでお礼を言ってきた。

「僕は何もできなかったですよ」というけれど、瀕死のマリンを助けてくれて、ミールの事もあって頭がおかしくなりそうだったあの頃からずいぶん精神的に支えてもらってきた。

やたらにいろいろ知っているから生意気にもこうしたいとかああしたいとか素人のくせにと思われても仕方がないのに、「マリンちゃんの事は菱田さんが一番良く知っているものね」と言ってやりたいように協力してくれた。

そのおかげでマリンはずいぶんと長生きできた。
そうじゃなかったらがんばれなかったと思う。だからとても感謝している。この先まだまだ老犬たちがたくさんいて、また無理難題を言うだろうと思うけれど、よろしくお願いしますと頼んできた。

獣医さんとの付き合いは難しい。飼い主である人間にもいろんな人がいるように、医術を学んで獣医という職業についているからと言って飼い主同様に病気やけがの犬を愛してくれるとは限らない。

どんな獣医さんが良い獣医さんなのか、それは付き合う飼い主自身しか決められない。

でも高名な獣医さんであろうが、無名な獣医さんであろうが、そんなことは関係ない。高名な獣医さんだってスタートは無名だった。その獣医さんの人柄が一番で勉強熱心なら言う事ないと思う。

たまたま獣医さんの事でこんなことを聞かれた。
フィラリアの薬をもらうときに、Aという獣医さんは成犬になっているのに、毎月状態を見てからひと月分出す方法をとっている。
Bという獣医さんは体重が判っているから何もないなら薬だけ取りにくればいいと言ってくれる。

これってどっちが良い獣医さんですか?という質問だった。

答えは難しい。だってそこの部分しか聞いていないから。。。
しつけの相談と同じだ。
吠えるんですけどどうやったら止まりますか?っていう質問と同じね。

本当の答えを出すためには背景を知らなければ難しい。安易に毎月来いというA獣医さんは金とり主義なんじゃないの?と考えてしまう場合もあるだろうし、逆に犬の体を心配してくれる良い獣医さんだねと答えることもできるはずだ。検査を良くする獣医さんは完ぺきを期してくれるんだともいえるけれど、検査数値でしか判断できないのかとも言える。

大方、患者さんと何かトラブルがあったことが過去にあって、慎重を期しているんじゃないかとか推測しちゃうけど…。

B獣医さんは犬を連れてこなくてはならない飼い主さんの負担や毎回来ると発生する費用面を考慮してくれているのだから良い獣医さんだともいえるし、逆に考えれば犬の状態も見ないで投薬しちゃうの?と思うことだってあるだろう。ちなみにフィラリアの薬は前年に間違いなく投与してあればあえて血液検査をするまでもなく体重に変化がなければ前年同様の投与で問題がないといわれている。

こう考えればAもBもどちらも良い獣医さんだし、どちらも悪い獣医さんになってしまうわけで。。。

結局お付き合いする飼い主に選択権があるだけだ。
獣医さんへの考え方は飼い主によって大きく異なる。


病院が大きく綺麗でたくさんのスタッフがいて順番待ちが長い高名な獣医さんなら確実に良いと思う人もいるし、治療するにもいろんな検査をたくさんしてくれて人間並みの高度医療ができるほうが良いに決まっていると思う人もいる。私は昔そうだった。最初に見つけた獣医さんで失敗したと思ったからいろいろ当ってようやく見つけた。10年選手のお付き合いだ。そういう病院も必要な時がある。

我が家の現在は、年寄りが多くなって、犬への負担を考えるようになって、忙しいばかりに順番待ちの長さが堪えるようになって、今の先生がかかりつけになった。もっとも、先生同士つながりもあるし、あっちに行ってきましたと言える間柄なのは助かっている。

あんなにちゃんとした病院が一番と思っていたけれど、知っている獣医さんが様変わりしていなくなり、今は院長先生直々に見てもらえる安心感が先立って個人病院の良さを痛感するようになった。これも経験から学んだことで自分の都合だと思う。

質問された答えには私だったらどちらの病院へ行くかなぁと考える部分がある。今の私ならきっとBの病院を選び、犬たちに何かあって診てほしいと思ったら、連れてこなくてもいいよと言われても見てくださいと連れて行くだろう。。。その行動ができたうえで診断や治療に疑問があるならセカンドを見つける。だって行く先を変える自由は飼い主にあるのだもの。


今は元気な若い犬たちにも必ず老いはやってくる。その日が来る前に良い獣医さんに巡り合えていればきっと穏やかな日が送れるだろう。そのよい獣医さんを見つけるためにはたくさん犬の事を知っていたほうが確率は高いんじゃないかなって思ったりしている。。。犬の体の事や病気の事や治療についてやもろもろをね。。。
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2009/09/08 Tue

まだでした。。。

まだ全員にお返事出せていません。ごめんなさい。。。
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2009/09/05 Sat

1週間たって…

あっという間にマリンが逝ってしまって1週間という時間が過ぎました。
何をしていたかなぁと思うけれどぼんやりと過ごしていた日が多く、マリンがいたときとは何も変わらない日常の繰り返しだったようです。また他には偶然にもマリンがいなかったら出会わなかっただろう人たちとの集まりがあり昔話に花を咲かせてきました。

マリンを見に行ったその日に初めてであった大切な人と、その後に出会えた貴重な友人たちと本当に久しぶりに会えました。


皆様からはたくさんのお花をいただいて、たくさんの思いもかけない人たちからの温かい心のこもったお悔やみのメッセージをいただいて、正直に言ってこんなに反響があるのだと驚かされています。ミールの時も驚きましたがマリンはその何倍もです。ブログのコメントやBBSには反応が少なかったので本当に驚きました。そしてとても心強く感じました。

ちゃんと読んでいてくれるんだ、マリンと私のメッセージが思った通りに届いていたんだ…ひたすら書き続けてきた闘病日記や青い瞳のマリンや大きくなってしまってうまく更新が進まないMAGICWORLDというサイト。

それが伝わっていた喜びはなにものにも変えることができません。昨年、辛いことが続いてもうやめようかなと思いサイトを閉じようかと考えたこともある中で、マリンが最後に私に送ってくれた大きなプレゼントでした。

これから先、私はきっと書き続けて行くでしょう。それをマリンと約束し、インターネットを通じて見知らぬ誰かのために何か一つでも得るものを残せたらと願いながら。

ようやく今日、いただいたメッセージすべての返信が終わりました。遅くなってしまった皆さんには申し訳なく思います。ぼんやりしすぎて日に数通づつしか返せなかったのでごめんなさい。

日本のほとんどの県の方が見てくださっていたことを、温かいメッセージを下さったことをここに感謝しお礼申し述べます。
また美しい香り高いお花をたくさん頂戴し、毎日心を癒してもらえて本当にありがたく思っています。

お花は…ついにテーブルには飾りきれなくなりマリンが長い間陣取っていたベッドにマリンとともに飾っています。前のほうに置くと他の子たちがいたずらをするので詰め込んじゃってこんな感じですが。。。とてもとてもきれいなんですよ…マリンも喜んでいると思います。ありがとうございました。。。

marin_hana.jpg
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2009/08/31 Mon

空いた穴をふさぐために…

マリンが逝ってしまって、それでも普通に毎日が過ぎていく。慟哭はなくてもなんとなく切なくて、胸にぽかりと大きな穴が開いたままだ。

使いかけのベビーのおむつも、開けずに残ったブドウ糖αも、良く食べてくれたからまとめ買いした介護食の缶詰も、薬を粉にするためのすり鉢も、毎日使ったシリンジも、何もかもが見るたびに切なくなる。

ぼんやりと…青い瞳のマリンを読み返しながら書いていなかった老後の事を書こうという気になり始めた。

キャンディーを亡くした後も、ジェニーを亡くした後も、ミールを亡くした後も、いくら立ち直ろうって思ってももうそばにいない辛さが大きすぎて彼らの生涯のすべてを、たどってきた経過を文章にできないでいた。書きたいことは山ほどあって、伝えたかった本音も山ほどあって、でも途中で手が止まっていた。

不思議なものでマリンとの暮らしの中の思い出は辛いことが多かったはずなのに1頭の犬の一生として完成できそうに思う。それほど充実した時間を過ごしたんだと思いたい。

マリンの事だけにならなくなっていた【青い瞳のマリン】は再びマリンの事に話が戻って近々完成できそうだ。日記にはあまり詳しく書いていなかったことも含めて病気に対しての考え方やかかわりあい方や、何度もダメだと言われながら長生きしたマリンに私たち家族がしてきたことのすべてを書き残したい。

そうすればきっと出来上がったとき、マリンに褒めてもらえ、今ぽっかり空いている穴がふさがりそうな気がする。。。
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2009/08/30 Sun

バイバイ、マリン・・・。

今日、慈恵院でマリンの体を天国に帰してきた。

すっかり痩せてしまった彼女の体重は正確には測ってはいないけれどたぶん4・5キロだったと思う。現役時代十分なコートを表現していた時には38・5センチの体高で10キロがベストだった。

受付で犬種や大きさを書く欄にしばし考えて、「シェルティーなんですが痩せてしまったので4・5キロしかないのですが。。。」とポツリとつぶやくと小型と中型の間でしょうねと言われたのでその欄に印をつけた。

犬種の欄にシェルティーと書いて、毛色の欄にブルーマールと書く。かかりつけの獣医さんはシンバ動物病院の志賀先生。飼い主は自分。亡くなった日にちを書いたらポロリと涙がこぼれた。

あり合わせの箱に、友人の母君が持ってきてくださった大きなドライアイスを下にして、昨日買ってきた私の大好きなカサブランカでいっぱいにした上に、子犬の時から知っている友人が持ってきてくれた抱えきれないほどのオリエンタルのユリたちとたくさんの鮮やかな花たちをいっぱいに詰めて、埋もれているマリン。

花がたくさん過ぎてどこにいるのかわからないくらいだねと話しながら顔を撫ぜてしまうとまた涙がこぼれる。休日だからもしお邪魔でなければお別れをさせてくださいとファミリーも来てくれた。綺麗な蘭の花をマリンのうえに供えてくれて、際立つ花の香りにむせかえるようだ。

この暑さの中、多くの人が入れ替わり立ち替わり愛犬や愛猫を携えて来院してくる。泣きじゃくっている人、ずっと話しかけている人、じっと悲しみに耐えている人…さまざまな様子をぼんやりと眺める。私は…何故だか今までになく穏やかで、泣き崩れることもなく家族と、ファミリーとマリンの思い出話をしゃべり続けた。

あんなこともこんなことも、今となってみればマリンが長生きするために必要なことだったかもしれないという話の中で、太ももの付け根にあった大きな脂肪種か腫瘍かヘルニアかわからないままのあの巨大なふくらみが、何も食べられなくなってから少しづつ小さくなっていったことを伝えると、ラクダのこぶみたいにそこに栄養がたまっていて頑張れたのかもしれないねと言う結論に達したりした。

去年見つけた乳腺種は最初こそ小豆くらいの大きさだったけれど、手術することもできないままにカボスかゆずくらいの大きさにまでなっていた。乳腺腫瘍はほおっておけばいつかは爆発して手当てが大変になると聞いていたからひやひやしたけどメディカルAとファクターで温存できた。

寝たきりになって半年。。。栄養状態も悪かったけど、脳の異常のせいか体は定期的に良く動き続けたから床ずれも亡くなる数日前までできなくて済んだし…

いろいろ思い出してみるとマリンは我が家の娘になった日から本当に手のかからない良い娘だったことに気づかされた。子犬時代に育てる苦労らしい苦労が全くなかったし、介護してきたと言っても、最期が近づくに連れて手をかけられること自体すらなくなっていった。

今となっては夜に内職だ!と言ってマリンのためにベビー用の紙おむつに穴をあけてその切り目にぐるっとテープを巻く作業すらやっていたことが懐かしく思える。


マリンは姿は犬だったけれどやっぱり犬じゃなかったよなぁというのが本音だ。もうあんな子には会えないかもしれないなという思いもあるし、いつかきっと瓜二つのあの子が現れるんじゃないかっていう期待もあったり、悲しみを超越した慈恵院での時間が過ぎていく。。。


荼毘に付され、小さくなったマリンを抱えながら16歳7カ月と言う年齢で、モリーに攻撃されて抜けた2本の歯以外のすべての歯がきれいにそろったままだったことは驚きにも似た感があった。

マリンの事で何をどう思いだしても苦労させられたとか大変だったなという思いが一つもないことが不思議だ。実際、私がよりも、マリンのほうがあわて者の飼い主のおかげで痛い目にあわされたりしたことのほうが多かったのかもしれない。ドッグショーにしても訓練にしても出産にしても、すべてが私の望んだことをマリンが受け入れてくれたことばかりだったのだから。。。

身を切られるように辛かった看病の時間も病魔に侵されて苦しむ姿から驚異的に回復し、私を地獄から引きだした。最期の最期に息を引き取るその時には全く苦しまずに、ず〜っと何時間も眠り続けているくせに、わざわざ私を呼びつけてこの手の中で息絶えるなんって・・・なんてすごい子なんだろうって思う。

愛犬を失うことで狂乱してしまう私のことを熟知して、いなくなられる恐怖にあきらめがつくまで一緒にいてくれたことが受け入れられる悲しみと言うこの答えを生み出したのかもしれないと思う。

犬との別れはこんな別れ方が辛くないのだと初めて知った。後ろ髪が引かれるようにどうかもう一度一緒に暮させてくださいと神様に祈りたくなるようなキュンとした気持ちすら起きない。

マリンが私のもとにやってきて長い年月を共に暮らし、役目を終えて天使に帰った今、それはお互いに十分満足した暮らし方で何一つ後悔がない時間だったのだと実感しているからなのかもしれない。

あの美しい青い瞳のまなざしが私の目とは合わなくなった日が来たことも、どんなに話しかけても何も伝わらなくなった日が来たことも、今日のこの日の満足感のためのマリンが計画した序章だったのだろうと思う。
意思が通じあえたまま逝ってしまわれる辛さはたくさん経験してきた。きっとマリンはその辛さを私には与えたくなくてこの状況を選んだのじゃないかって思う。

本当に飼い主思いの素晴らしい名犬だったね…。バイバイマリン…ゆっくりおやすみ・・・。

※コメント以外にもたくさんの皆さまからお悔やみのメッセージをいただいています。直ぐにお返事を出せなくてすみません。また心の安らぐ美しいお花を送ってくださった皆様この場からマリンと家族とともに厚くお礼申し上げます。落ち着きましたらお礼申し上げに参りますのでしばらくの間、無沙汰をお許しください。
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2009/08/28 Fri

ありがとうマリン…

2009年8月28日午前1時30分…。私たちの人生を変えたブルーマールのシェルティー・マリンが16歳と7カ月と4日で・・・亡くなりました。それはとても穏やかで、思わず「マリン、マリン。。。」と呼びかけてしまうくらいあっけなくやってきました。

この闘病日記を通じてマリンの事を心配してくださった皆様、ありがとうございました。もうマリンは辛いこの世から解放されて、愛しいキャンディと一緒に一番輝いていた美しい体に戻って虹の橋のたもとで私たちを待つことになりました。。。




仔犬たちも寝静まり、静かになった部屋の中で私が机に向かっていると背中越しに「ひゃんひゃん!」と泣きだしました。この2日、真夜中の3時から5時の長い時間泣き続けていたことがうそのように終わり、1時過ぎになると私を呼ぶように鳴きました。だから今日も同じように・・・。

いつものように「どうした?お水でも飲んでみる?」と言いながらマリンに近づいて体を撫ぜようとしたときなんとなくいつもの感じが…あれ?っという変化でした。「マリン、マリン!」とゆすってもいつもなら奥に隠れた目が少し時間をおいてくるっと出てくるのに、出てこないのです。今鳴いたでしょ?と問いかけても振り向いたとき動いたおなかがまた動く気配がないのです。

数回呼びかけて体をゆすりました。。。

なんか力が入ったような感じがして尿が少し出ました。

抱き上げても頭がぐらりと落ちたまま、抱えあげてもすべてがだらりとしたままで・・・あぁ天使になるんだとわかった瞬間涙があふれて・・・





マリちゃん、今まで良く頑張ったね。とってもいい子だったね。最期まで苦しまずにいられて良かったね。もうダメだってママを呼んでくれたんだね。その瞬間に立ち会わせてくれてありがとう。ママが言わなかったら部屋にいる誰もが気がつかないほど穏やかで静かな逝き方だったよ。

ねぇ、うちの子になれて幸せだった?ママはマリンと出会えて人生が変わったよ。犬の素晴らしさを知って犬の感性の深さを知って言葉では言い表せないほど多くの事を学んだよ。みんな君が教えてくれたんだね。

今週に入ってマリンが天使になるのはきっと金曜日だろうなってわかっていたよ。だってそこまでがんばれば家族みんなに見送ってもらえるものね。凛とした気位の高いクールなマリンに見えるけど、本当は甘ったれで家族の誰かがいつも一緒にいてほしいそんな子だったものね。
金曜日になってすぐに逝っちゃうなんって本当に限界まで頑張ったんだね。その思いはちゃんと判ってるから安心してネンネしなさいね。神様のもとに送る日は皆で見送ってあげるから。。。




マリの体はやわらかく温かいままで、手足も尻尾も首も何の抵抗もないまま動きます。それがこんなに悲しいことだと気がつきませんでした。力が入って突っ張った手足のほうがずっと嬉しかったなんって。。。

私たちの始まりが、私たちの一番の犬が今日天使になりました。。。
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2009/08/27 Thu

ありがたい友人。。。

今日久しぶりに長年来の友人から電話があった。
子犬決まって良かったねというお祝いのメッセージとともに気になっていたからあちこち声をかけておいたよという話と無料の掲示板サイトにもついでに書いておいたわよという話だった。

。。。無料の掲示板はいいけど、うちのサイトを読みに来たら問い合わせしてこないんじゃないのと笑いつつ、うちの仔犬たちの行く先を一番心配してくれているありがたい存在なのだ。

産ませた子犬の将来を心配して飼い主を探すブリーダーは少ない。手元から離れてしまえばお役御免と思っている多くの繁殖する人たちがいる中に、そうじゃない人もいるんだと知って欲しいのにねと話し合う良き友人だ。彼女も我が家のマリンのように本当に寿命を超えて頑張った愛犬を老衰で看取った経験があるからマリンの事も気にしていてくれる。

今こんな状態なんだと話すとうちの子はやばそうって思ってから1週間頑張ってくれたんだと言っていた。

水を一切受け付けなくなってから1週間の静かな日々の先に穏やかな死があったと。。。それは病気で亡くしてきた子たちとの別れとは違う穏やかな悲しみだったと。。。

彼女はその子が逝ってしまう時やっぱりそのまま見ていられなくて獣医さんに行ったそうだ。皮下点滴しかできなくてそれでも少しでも楽になるのならと連れだした。

獣医さんからの帰り道助手席にいたその子は家に着く前に命の灯が消えたのだそうだ。だから、私の選んだ、お家にいてそのまま静かにその時を一緒に待つことも良いと思うと言ってくれた。

獣医さんに行かない後ろめたさが少しだけ消えた気がする。友達ってありがたい。同じ経験をし同じように犬を思い、同じようにその時を待たなければならなくなった時どんな気持ちでいるのか判ってくれるのだから。。。

私もいつか同じような立場になった他の人にそのことが伝えられたらと思いこうして書きつづっているのだろう。マリンは今も穏やかに眠っている。それが今はもう幸せなヒトコマに変わろうとしているけれど。。。
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