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2006/11/18 Sat

スズ・・・おやすみ…。

17日夜8時30分・・・スズを神様の元に送った。

今年はいじめでの自殺だとかあれやこれやと神様の決めた寿命以外で人間界も山ほど天国に行く人が多くてスズみたいなちいさな存在はもう限界ですという事態なのに、見落とされてしまったのだろうと思っている。

それくらいスズはがんばってきたし、苦しくて辛い長い時間を過ごさざるを得ない状況に追い込んでいたのも私なんだと思う。

スズの状態が悪くなるたびに、神様がいるのなら何でここまでこの子を苦しませ迎えには来てくれないのだろうかと呪っていた。

スズは水頭症という大きな問題以外には体は健全で、内蔵も強く丈夫な体に生まれてきた。

そのスズが前回の発作の後には私を認識することも出来ず、眼震も前にもましてひどくなり、立っていることが出来ない長い日々をおくり、食事はすべて流動食を流し込まれるという日常を過ごしてきていた。

工夫を凝らして数ヶ月かけてようやく立つ事ができ、自力でご飯を食べられる日が数日続くときには体中の毛は落ち、傷ができた場所は治らず、食べられるようになったにもかかわらずまったく未消化の状態の排泄物に悩まされ、発作を起こす前の日には消化できない分を経腸食とアミノ酸で補うしかやれることも無くなって来ていた。

抱き上げるときのスズは日増しに軽くなっていき、仔犬たちよりも軽く感じることの方が多い日が続いていた。

立てなくてもがくスズを何とかまっすぐに起こしてやっても物の数分でもがく為に横倒しになる。

次に発作が起きたらもう立て直すことはスズの苦しみを増やすだけだと感じていた恐怖の日が昨日朝・・・突然訪れた。

静かに起こり始めたスズの発作は決してひどく私をおろおろさせるほどの極端な表現ではなかったが時間が立つにつれて治まる痙攣とは裏腹に見開いた目に涙がいっぱいたまり、口元から流れ出るよだれの異常な量と、何時間たっても体を動かせず、そのうえに眠ると言う事ができない自体に私自身が自分でももうどうしていいのかわからなくなっていた。

気持ちのうえでは早く眠らせてやりたいと思うのに、2回もその願いが断たれた経験は病院に足を運ぶべきなのか自然と神様からの迎えが来るまでスズを苦しませ続けているのを見ているべきなのか判断はつかない。

スズの発作がおさまったときに何も手につかない中やはり獣医さんに電話をしている自分がいた。

院長がいなかったら行っても又同じだろう。
心臓が動いているうちは治療するというのが本来・・・
でもきっと院長ならスズがどれほどがんばったか、もう寝かせてあげる事が罪ではないことだと必ず理解してくれるだろうという淡い期待を持って・・・

安易に眠らせていいはずがないことは百も承知しているけれど犬の苦痛を取り除くと言う観点から考えればスズの状態は一緒に暮らす家族でなくても理解してもらえる状態だった。

綺麗なときの数ヶ月前のスズしか知らない先生方もやせこけてもう栄養を吸収できずに骨と皮になりたった3・4キロしかない大柄なダックスをみて声を詰まらせる。

病院についてから約1時間半かかったがスズは苦しみから解放させてもらう事ができた。

自分の意思とは関係なく動く手足が、不規則に乱れる心音が、苦しげに投げ出された舌が、私の抱きしめた腕の中でひとつづつ静かにゆっくりとおだやかな眠りに落ちていくときとまったく同じようにひとつづつ普通になっていった。

彼女の最後の音を聴きとめておこうと置いた私の指先に伝わってくる彼女の骨ばった胸から伝わる乱れた鼓動は少しづつ普通に戻り大きすぎた振動はゆっくりと静かに小さくなっていき、まるで深い眠りに落ちただけのように見えるスズの体の力が抜けたときに大きく見開かれた目は穏やかに閉じられ何事もないかのように心音だけが小さく小さくなっていく。

『スズ・・・おやすみ・・・ゆっくり眠るんだよ』抱きしめたまま涙でぐしゃぐしゃになりながらやっと言葉をかけたときスズの心音は2度と感じられなくなった。

何度も犬の死に目には会って来ている。
毎回亡くなるその寸前に大きくのけぞるようになるあの瞬間がいつも恐かった。
生まれたばかりの赤ちゃんでもおとなの犬でも皆同じだった。

愛ちゃんの時も、ヒカルの時も、苦しかったんだと思っている。

でもスズは本当にただ寝てしまったのだなと思うほどに何事もなく目を閉じた。

生きていることとの違いが心臓の音が聞こえてこないだけで何も変ることなく・・・

朝から長い時間ずっと苦しかっただろうに・・・こんなに安らかにいけるのならもっと早く決断すれば良かったと思うほどスズの最期は穏やかだった。

お世話になった先生方には心から感謝している。通常は決してこうしたことをしない方針だと知っていたが頼る所がココだけだったので嫌な仕事をさせたと申し訳なく思う気持ちが大きい。

生き続けさせていく事が大切なことも知っているし、できる限りのことをしていくと言う事への理解もあるけれど、スズのように余命が続くこと自体がただ苦しみしか残らないときにはこうした選択肢があっても決して間違いではないと思う。

それはスズが私の為に生きているのではなくスズがスズの為に生きているのだからだ。

頭では理解して整理がついてはいても、スズが穏やかに眠ったという事実が残っていても、その反面に私自身が彼女の命を止めたという事実が、殺したのだという事実が心を苦しめ続けていく。

スズに取ってよかったのだという答えがスズから聞く事ができるのはあの子が待つ虹の橋のふもとに私が行く日まで聞く事ができない。

その日が来るまで私の命に対する懺悔が消えることはないだろう・・・

スズ・・・ゆっくりお休み。もう苦しくないね。天国は病気の子はみんな健康な体に戻って暮らしていけると聞いているよ。
きっと何もかもわからなくなってしまってやせこけて毛もなくて傷だらけで・・・ママから見えるのはこんな姿だけれど、もう綺麗な体で何もかもわかるような頭に戻って元気に先に逝っているみんなと跳ね回って遊んでいるよね?

もし神様から又ママの元に生まれていきなさいといわれたら迷わず生まれて来るんだよ。
その時は又一緒に暮らそうね・・・

いろんなことを教えてくれてありがとうねスズ。
いい子でよくがんばったね。花丸の優等生だったよ・・・
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